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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.07.06[21:44]
 青年の名はシザハン。
 二十代後半の若い男だが、キール王都マデンリアに聳えるエルロラ大神殿の最高権威――大神官の尊称を与えられた人物である。
「余が、そなたらの女神――エルロラの寵童であるギルバード・アーナス・エルロラを亡き者としたからか?」
 ラパスはシザハンの返答を予期していたのか、特別驚いた様子もなく平然と訊き返す。
「当然です。我らエルロラ神殿にとって、アーナス王女は正しく神でした。ラパス陛下、貴方は私たちが崇拝するエルロラの分身を、その手で殺めてしまったのです。その報いは受けねばなりません」
 シザハンはラパスから視線を背けることなく断言した。

 元来、マデンリアにあったエルロラ神殿は、大陸各処に点在する神殿と同じく、ごく普通の神殿だった。
 だが、十九年前、王女の誕生と共に大きく変容した。
 王女誕生の際、天空から稲妻が迸り、王妃リネミリアの枕許に一振りの宝剣を突き刺した。
 透明な刀身には『我、エルロラ、汝を祝福す』と銘が刻まれていた。
 王女は、エルロラ神の名を戴き『ギルバード・アーナス・エルロラ』と命名され、神の剣は『ローラ』と名付けられた。
 王女がエルロラ神に祝福を与えられたことにより、マデンリアは聖地と化したのだ。
 大陸の創世神であり全知全能の神エルロラ。
 その神から、恩恵と加護を賜った王女アーナス。
 王女を讃えるために神殿は新築された。
 完成と同時に、神殿は『エルロラ大神殿』と名を改め、大陸全土のエルロラ神殿の総本山となったのである。
 エルロラを信仰する人々にとって、かの神の天恵を賜った王女は、正しく『神』だった。
 眩い黄金の髪と澄んだ碧眼を持つ王女の姿は、神々しいとしか言い様がなく、人々は神の降臨を王女に夢見た……。
 そのエルロラの申し子である王女を、漆黒の魔王ラパスは殺したのだ。
 エルロラ大神殿は、決してラパスを赦さない。
 聖地を血と殺戮で穢し、彼らの手から烈光の女神を永遠に奪い取った罪は重い。
 史上例をみない大罪として、永劫に歴史に刻み込まれるだろう。

「なるほどな」
 シザハンの拒絶に、ラパスは軽く頷く。その顔には余裕の笑みさえ浮かんでいた。
 シザハンは怪訝な面持ちで見遣った。
 エルロラ大神殿がラパスの庇護下に入らないということは、大陸全土に散らばるエルロラ神殿もラパスのロレーヌ三国統治を認めない、ということだ。
 それなのに、当の本人は平静を保っている。
 ――何か、神殿を懐柔する秘策でもあるのだろうか?
 そう疑心を抱かずにはいられない。
「それに、ラパス陛下は――シリア神の天意を受けていらっしゃる」
 シザハンは意味深な視線を、ラパスの帯剣――魔剣ザハークに投じた。
 ラパスも神から宝剣を授かった人物だ。
 アーナスのローラが《神剣》と呼ばれるに対し、ラパスのザハークは《魔剣》と呼ばれている。
 これは、ラパスに恩寵を与えた神が、闇の女神シリアであることに由来していた。
 闇の女神――即ちシリアは邪神なのだ。
 シリアはエルロラの妹であり、元来は光の女神であったと伝えられている。
 たが、ある時、エルロラの不興と激怒をかい、天上界を追放され闇世界へと堕とされた。彼女は光の神力を失ったが、代償として闇の力を得た。
 その瞬間、光の女神は闇の女神へと転身したのである。
 邪悪と暗黒を司る女神シリア。
 彼女は、エルロラにとって最愛の妹であると同時に、最も赦しがたく憎い邪神だと神話に残されている……。
 先々代のカシミア王――ラパスの父親は、王子が邪神の祝福を受けたことを公表しなかった。
 大陸の大半が創世神エルロラを奉っている。そして、シリアはエルロラに相反する神だ。王子が、邪神の申し子として人々から忌み嫌われることを不憫に思っての隠蔽だったのだろう。
 ラパスが魔剣ザハークの主人であることは、先のロレーヌ戦争で大陸全土に知れたばかりである。
「シリアとエルロラは、相容れぬ神同士。私たちエルロラ神に遣える者は、女神シリアの恩恵ある陛下の統治は受けられません」
 再度、シザハンはラパスを拒んだ。静穏な物言いだが、内容はラパスがエルロラ大神殿に介入することを明確に忌避していた。
「当然だろうな。だが――マデンリアのエルロラ大神殿には、余の味方になってもらう」
 ラパスは命令に近い口調で言い切った。
「先ほど余に与しないと表明した、パゼッタ将軍とフェノナイゼ殿にもな」
 次の一言には、シザハンのみならずパゼッタとフェノナイゼも驚愕の表情を浮かべた。
 ラパスは余裕綽々の笑みを口許に刻み、一同を眺め回す。
「諸卿らには是が非でも余の臣になってもらう。――素晴らしいものを見せてやろう。衛兵、ルシティナにあれを連れて来るように伝えろ」
 ラパスは手近にいた兵士に簡潔に命を下す。
 兵士はラパスに一礼し、敏捷な動作で部屋を出て行った。
「ラパス王、わたしたちに一体何を見せようと?」
 一同を代表するように質問を繰り出したのは、レンボスだった。
 五対の視線がラパスに集中する。
「直に判る。卿らを喜ばせる類のものだ。安心しろ」
 酷薄に笑い、ラパスは『待ち遠しくてならない』というように扉に視線を馳せた。
 釣られるように、五対の視線も移動する。
 固唾を呑むような雰囲気が室内に漂った。



 数分後、注目の扉が開かれた。
 刹那、旧キールの要職たちはあまりの衝撃に目を丸め、次いで一斉に椅子から立ち上がっていた。
「殿下……!」
 囁くような呟きは、誰のものであったのか定かではない。
「……王子!」
「アイラ殿下――」
 掠れるような声が口々から出ずる。
 彼らの目の前で、長い銀の髪が揺れた。
 深い海の色をした双眸が一同を認識し、僅かに見瞠られる。
 昨年の晩春、戦場で姿を消し、そのまま行方知れずとなっていた彼らの主――貴き第二王子の姿が確かにそこに在った。


     *


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