ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「感動の対面はどうだ、アイラ? 祖国の人間に逢うのは一年振りだろう?」
 玉座の上から、ラパスが冷ややかな声を投げてくる。
 アイラは眉をひそめた。
 懐かしい人々との邂逅に、嬉しさよりも驚愕が勝っている。
 まさか、この国で祖国の人間――それも臣下に出逢うとは、想像だにしていなかった。
 次にアイラがキールの民の前に姿を現すのは、断頭台。もしくは、他の処刑台のはずだった。
 ラパスはキール国民に己れの強大さを見せつけるために、より効果的、劇的に、そして残酷に――王子であるアイラを民の前で引き裂くだろう。
 その日が訪れるよりも先にキールの民が眼前にいる事実が、しばし時を忘れさせた。
「――殿下、よくぞ御無事で」
 パゼッタ将軍が感極まった声音で告げる。
「お赦し下さい。わしは、あの戦場で殿下をお助けすることができませんでした」
「……いや。皆、無事で何よりだ」
 パゼッタの声に我に返る。喉から絞り出されたのは、低く震えた声だった。
 久々に耳にする王子の声に感嘆したのか、五人は更に頭を垂れる。

 パゼッタ将軍。
 レンボス副宰相。
 リーシェンタ公爵マロイ。
 宮廷魔術師フェノナイゼ。
 エルロラ大神殿シザハン神官。

 順に視線を馳せ、確認する。
 あのおぞましい戦火の中、よくこれだけの高官が生き残ったものだ。
 キール落城が、一二八五年晩春。
 アイラはこの時、カシミアの囚われ人となった。
 イタールのレイ城が陥落し、ロレーヌ戦争が終焉を迎えたのが、今年の晩夏。
 今、パゼッタたちがここにいるということは、キール滅亡後もカシミアと戦い抜いてきた証だ。
 アイラが幽閉されていた一年――彼らは戦っていた。
 惨々たる戦場を駆けていた。
 幽閉の身より、辛酸で過酷なものだったに違いない。
 アイラは震える唇を噛み締め、毅然と宙を見据えた。
 胸中に、キールの王族であるという、自覚と責務がまざまざと甦ってくる。
 ――この五人に跪かれるだけのことを、自分は成していない。

「皆、面を上げてくれ。今の私は、そんな身分ではない」
 アイラの言葉に躊躇いながらも一同は顔を上げる。
「――殿下?」
 パゼッタとレンボスが怪訝な顔でアイラを見上げる。
 マロイの涙に濡れた双眸が、不思議そうにアイラに眺めた。
 フェノナイゼとシザハンは、互いに顔を見合わせている。
「立つがいい、諸卿ら」
 ラパスが冷笑を浮かべたまま言い渡す。
 五人はラパスにも言い添えられ、釈然としない面持ちのまま立ち上がった。
「卿らの大切な王子は、余が鄭重に預かっている。――アイラ」
 ラパスに名を呼ばれ、アイラは彼に視線を転じた。
『傍に寄れ』というように、ラパスが軽く手で招く。
 アイラは、ラパスに負けず劣らずの冷ややかな眼差しで彼を睨めつけ、一歩彼の方へ踏み出した。
 ジャラ……と、重い鎖が音を立てる。
「ラパス王、何ということですかっ! 殿下は我がキールの貴き王子ですぞ! それを……それを枷をかけるなど――」
 その音に素早く反応したのはパゼッタだった。彼は、信じ難いものを見るように、アイラの両手首の枷を凝視している。
「殿下を囚人扱いするなど、言語道断っ!」
 次に彼は、憤然とした形相で駆け出した。
「控えろっ! ラパス王の御前だ!」
 転瞬、室内に控える衛兵たちがパゼッタを包囲し、アイラに近づくことを阻止した。
「殿下をそのようにお扱いすることは赦せませんぞ、ラパス王!」
 足を止められ、パゼッタは憤りをぶつけるように玉座のラパスを見上げた。
 座上のラパスが口を開くより早く、
「やめよ、将軍」
 アイラはパゼッタに制止の声を投げかけた。
「しかし、殿下――」
「ここでは、私は罪人。虜囚であり咎人だ」
 アイラは感情を表さずに淡々と述べた。
「殿下……なんと御労しい……」
 マロイが涙声で呟く。
 彼の声に触発されたように、他の四人も何とも言えぬ複雑な表情を湛え、アイラを痛ましげに見つめるのだ。
 ――今の私には、彼らの嘆きが鋭利な刃物のように胸に突き刺さる。
 アイラは唇の端を歪め、自嘲した。
 罵られた方がまだましだ。
 自分の不甲斐なさを指摘され、責め立てられる方が、気は楽だ。
 悲嘆され、身を案じられるほど、胸が締めつけられるように痛くなる。
 情けない己が身を呪いたくなる。
「アイラの身は、余が預かっている」
 ラパスが短く告げる。
 同時に漆黒の影は玉座を離れ、滑るような足取りでアイラに接近してきた。
「ゆえに、アイラは――余の物だ」
 ラパスの薄い唇が残忍な微笑みを象る。
 その手が流れるような動きで、アイラの隣に立つルシティナの腰から剣を抜き取った。
「陛下」
 主を咎めるルシティナの声。
 アイラは、自分に向けられた白刃の切っ先を瞬きもせずに見つめた。
「殿下っ!」
「アイラ殿下――!」
 悲鳴が室内に谺する。
 刹那、シュッと小気味よい音を立てて刃がアイラの頬を掠めた。
 アイラは、目前で愉しげに微笑むラパスをゆるりと見上げる。
 直後、頬に熱い痛みが走った。
 生温かい液体が頬を伝い落ちる。
 生臭い血の匂いに、アイラは微かに顔をしかめた。
「陛下、殿下は体調も気分も優れぬのですよ」
『悪戯にしては程が過ぎる』と、ルシティナが主人を嗜める。
「……平気だ。大した傷ではない」
 アイラは苦々しく呟いた。
 アイラも剣士だから解る。ラパスが繰り出した剣は、頬の皮一枚を切り裂いたに過ぎないのだ。強烈な痛みはない。
 ただ、血の匂いだけが不快だ。
 ――気持ち悪い。
 そう思った途端、眩暈を感じた。
「殿下!?」
 よろめいた身体をルシティナが素早く支えてくれる。
「ラ、ラパス王。我らの眼前で殿下を傷つけるとは、どういうことですかっ?」
 レンボスが狼狽しながらも、一同を代表するように問う。
「余は言ったはずだ。卿らには、是が非でも余の臣になってもらうと」
 ラパスは悠然と笑んだ。
 ゆっくりと剣が持ち上げられ、刃がアイラの首筋に当てられる。
「この首を斬り落とされたくはないであろう? 聡い卿らなら、余の言わんとすることが理解できるはずだ」
 ラバスの言葉に、アイラは眉をはね上げた。
 自分の身がパゼッタたちの足枷となっていることが腹立たしい。
 アイラが生きていたがために、彼らは意に添わぬのにラパスに従わなければならないのだ。
 アイラの身を第一に考え、彼らはラパスの足許に平伏すことを選ぶだろう。
 それが解るから歯痒い。
 もどかしい。
 ――この身など滅びてしまえばよかったのに……!

「アイラ」
 ふと、ラパスがアイラの耳に唇を寄せる。
「殺しはせぬ。おまえには、死ぬまで余のために尽くしてもらう」
 アイラにしか聞こえぬような小声で告げ、ラパスは嘲笑った。
 心中を見透かされたような気がして、アイラは険のある眼差しでラパスを睨みつけた。
 ラパスはそれを歯牙にもかけず、平然と旧キールの臣下を振り返った。
「殿下を……人質になさるか――」
 ぐうっ、と奇怪な呻き声を発し、レンボスが押し黙る。
「なんと下劣な……」
 パゼッタとマロイが、忘我したように掠れた声を吐き出す。
「卑怯だが有効な手だ」
 揶揄するように述べ、フェノナイゼは『お手上げだ』というように肩を聳やかした。
「惨いことを――」
 シザハンの唇からは嘆息が洩れる。
 どの顔にも諦めに似た翳りが漂っていた。
 それを確認して、ラパスはほくそ笑んだ。
「ルシティナ、アイラを連れて行け」
 ルシティナに指示を与え、ラパスは身を翻した。
 闇の色をしたマントが黒鳥の翼のように広がる。

 ――魔王の翼をもがなければ。

 ラパスの後ろ姿を見つめながら、アイラは漠然と思った。
 あの、闇の王が羽ばたくための翼をもがなければ、自分に、キールの民に――このロレーヌに、安息の日々が訪れることはない。
 ――ロレーヌの大地をラパスに蹂躙させてはならない。
 優雅な動作で玉座に腰を据える魔王を、アイラは苛烈な眼差しで射抜いた。
 ――君臨してしまったのなら、引き摺り下ろすまで。
 胸に暗澹たる憎悪と烈火の如き決意を秘め、アイラはラパスから視線を外した。
「アイラ殿下、行きましょう」
 ルシティナが、片手でアイラの身体を支えるようにして促す。
 アイラは無言で頷き、ルシティナに従った。
 退出する間際、五人の臣下を顧み、安堵させるように微笑む。
 ――忘れたわけではない。

 キールの王族としての誇りや重責。
 所以なく国土を荒らされ、侵略され、首を斬られた両親と兄。
 最期まで一貫してラパスに牙を剥き、憤死した妹。
 燃え盛る炎の中、苦悶の叫びをあげ、死にゆく人々……。
 焼ける家屋、町――大地、人間。
 決して忘れたわけではない。
 あの殺戮と血の日々を――

 ――私は、生きている。

 生きているからには――生きている限り、やらなければならないことがある。
 キール・ギルバード王朝唯一の生存者となった時点で、残されたキールの民の生命は、アイラ一人の肩に重く圧しかかっているのだ。

 ――この身は、全てキールの民のものだ。

 長い地下牢生活で萎えていた気力が、徐々に蘇生されてゆくのをアイラは実感した。
 まだ、天に、神に、民に――見放されたわけではない。


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2009.07.06 / Top↑
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