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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.07.06[22:32]
 ファリファナはザラヴァーンと連れ立って、宮殿内を当てもなく歩いていた。
 ザラヴァーンが自室に戻るのを拒んだので、しばらく散策することに決めたのである。
 宮殿一階――中央にある中庭で小一時間ほど遊んだ後、二人は手と手を繋いで宮中に戻った。
「ねえ、ファリファナ。奥の宮殿には誰が住んでるの?」
 ザラヴァーンがそう訊ねてきたのは、二階へと続く階段を昇っていた時のことだった。
「さあ……? わたくしにも解りませんわ」
 ファリファナは困惑気味に首を傾げた。
 ザラヴァーンの言う『奥の宮殿』とは、二階最深部の一室のことを指しているのだろう。
 あの部屋に近づくことは禁じられている。
 時折、食事や衣類などが運び込まれているのを目撃するが、部屋の主人にお目にかかったことはない。
 ラパスの親衛隊長であるルシティナが足繁くあの部屋へ通っていることから、相当の貴人が住んでいることだけは想像できる。
 だが、それ以外は全て謎だった。
「興味がおありですか、太子?」
「うん! だって、僕と遊んでくる人かもしれないでしょ」
 ザラヴァーンは無邪気に微笑む。
 釣られるように、ファリファナも微笑み返した。
「そうですわね。今度、ルシティナ様に訊いてみましょうね」
 微笑み、最後の階段を昇り切る。
 直後、
「あら? 噂をすればルシティナ様ですわ」
 ファリファナは近くに黒ずくめの青年を発見した。
 ルシティナは、宮殿の奥へと続く廊下に入るところだった。
 その両腕には、意識を失っているらしい人間が一人――大事そうに抱えられている。
 床に届きそうなほどの長い銀髪が、妙にファリファナの目を引いた。
 アリトラの白亜宮に、あれほど見事な銀髪の持ち主はいなかったはずだ。
「あれ、奥の宮殿の人かな?」
 ファリファナの心中を汲み取ったかのように、ザラヴァーンが素朴な質問を繰り出す。
「行ってみましょうか、太子」
「うん!」
 ザラヴァーンはファリファナを見上げ、力強く頷く。
 転瞬、少年はファリファナの手を離し、敏捷に駆け出した。


「ルシティナ!」
「ルシティナ様」
 ザラヴァーンの後をファリファナが追う。
 二人の呼びかけにルシティナが足を止め、振り返った。接近する二人の姿を認識して、困ったように苦笑する。
「王太子殿下。ファリファナ姫」
 ルシティナは腕に銀髪の人物を抱いたまま、二人に向って恭しく頭を下げた。
「ルシティナ様、わたくしに《姫》は無用ですわ。わたくしは、疾うの昔に爵位を返上しているのですから」
 ファリファナは白い頬を膨らませて、ルシティナに柔らかく抗議した。
 ルシティナはラパスの親衛隊長だが、貴族の出自ではない。伯爵家の家督を放棄したといえども、身分はファリファナの方が上である。
 王太子付きの侍女ではあるが、ラパスの客人に等しい存在だ。
 それを考慮してか、ルシティナはファリファナのことを尊称で呼ぶ。何度ファリファナが注意しても、一向に改める気はないようだった。
 ルシティナはファリファナの言葉に苦笑し、次に何かに感銘したように目を見開いた。
「姫は――この方と同じことを言われる」
 ルシティナの視線が腕の中で眠る人物に注がれる。
「この人、女の人?」
 不思議そうにザラヴァーンが訊ねる。
 ザラヴァーンが、そんな質問を繰り出したのも無理はない。
 女のファリファナから見ても、その人物は頗る端麗な顔立ちをしていた。
 閉ざされた瞼も、鼻梁も、唇も、繊細な造りで美しい。
「残念ながら男性ですよ、王太子殿下」
「まあ……! わたくしより綺麗ですのに、殿方なんですの!?」
 ファリファナは目を丸めた。
 嫉妬心が首を擡げなかったと言えば嘘になる。
 ファリファナは敢えてそれを言葉に成した。
 これほどの美貌の持ち主だ。女性に生まれていれば、さぞかし男性から持て囃されたことだろう。
 ――わたくしにこの美貌があれば、陛下はわたくしを振り向いてくれたかもしれない。
 妙なことを考えている自分に気づき、ファリファナは慌てて己れを戒めた。
 考えても仕方のないことだ。
 自分は、ラパス王に選ばれなかったのだから……。
「姫は充分にお綺麗ですよ」
 純粋な讃辞だと解っていても、ルシティナのその言葉はファリファナの胸を針のようにチクリと刺した。
「ファリファナは綺麗だよ」
 ザラヴァーンがファリファナのドレスをギュッと握り、必死に伝えてくる。
 ファリファナは、そんなザラヴァーンに優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、太子。――でも、この方は本当にお綺麗ですわ。先ほど『この方』と言われましたわね、ルシティナ様。貴きご身分の御方ですの?」
 ルシティナは、この青年に対して敬意を払っているようだった。それは、青年がそれ相応の身分の持ち主だということだろう。
「陛下の客人ですよ」
「でも、頬から血が出てるし、枷がかけられてるよ?」
 ザラヴァーンが子供の純朴さで問いかける。
 ルシティナの顔に苦い笑みが広がった。
「これは……少し手違いがありまして――」
「気を失ってるけど、大丈夫なの?」
「ええ。慣れぬ外出で疲れが出ただけだと思います」
 ルシティナが申し訳なさそうに目を伏せる。
「この方、奥の間の住人ですわね? ――それで、誰なのです?」
「いずれ知れてしまうことですし……御二方には先にお伝えしておきましょう。この方は、ギルバード・アイラ様です」
「――――!?」
 ファリファナはその名の持つ意味を知り、驚愕した。
 固唾身を呑み、恐る恐る銀髪の青年を注視する。
「キールの第二王子……。地下牢に幽閉されているという噂は本当でしたのね」
 乾いた声が咽喉の奥から洩れる。
 愕然としながらも青年から目が離せない。

 ギルバード・アイラ。

 烈光の女神と名高い王女ギルバード・アーナス・エルロラの実兄。
 ギルバード・アーナスと相似する容貌を持つと云われている王子。
「この人、僕と遊んでくれるかな?」
 幼いザラヴァーンには、『キール』とか『ギルバード』という語の真意が解せないのだろう。無邪気に問うてくる。
「え、ええ……」
 ファリファナは半ば上の空で応えた。
 胸中で黒い影が渦巻く。
 ポッカリと空いた穴に、寒々しい風が吹き荒ぶようだった。
 ――陛下が求婚したという姫と似た容姿。
 美貌の青年を、ファリファナは暗鬱とした眼差しで見つめた。
 何度見直しても、それは己れより美しいとしか言い様がない。
「……ファリファナ?」
 ザラヴァーンが不安げに見上げてくる。
 ファリファナは小さな王子に言葉を返すことができなかった。
「王太子殿下、アイラ殿下は御優しい方です。体調が優れれば、きっと殿下の相手をなさって下さいますよ」
 茫然自失としているファリファナに代わり、ルシティナがザラヴァーンに告げる。
 その声もひどく遠くに聞こえた。
 ファリファナの目は、吸い寄せられたように青年から離れない。
 ラパスは即位して数ヶ月後、キールの王女であるアーナスに求婚した。
 ラパスの心はアーナスにあり、ファリファナが入り込む余地などなかったのだ。
 ラパスに恋焦がれていたわけではないが、それはファリファナの女としての矜持――自尊心を深く傷つけた。
 あれから二年、傷を覆い隠すかのように小さな王子と戯れて過ごしてきた。
 ようやく『ファリファナ伯爵姫は、ラパス王に見向きもされなかった』という宮中の嫌な囁きも鎮まり、楽しく暮らしていたのに……。
 今になって、アーナスに似ている王子が目の前に姿を現した。
 何という皮肉な巡り合わせだろうか。
 ――死してなお、アーナス王女はわたくしに陛下を譲っては下さらない。
 悄然とした想いが、ファリファナの心に芽生える。
 ――この美貌が陛下を虜にしたのだわ。
 そう感じた瞬間、悔しいほどの羨望と挫折感が生じた。
 ――わたくしは負けたのだ。
 敗北を認めることは、同時に小さな王子と二人だけの幸福な時の終わりだった。
 ファリファナは青ざめた表情で唇をきつく引き結んだ。
 ――良くも悪くも、わたくしはアイラ王子を無視できない。
 自己の世界が変革を迎えようとしてるのを、ファリファナは痛烈に実感した。
 ――わたくしは、きっとアイラ王子に惹きつけられる。魅せられる。



     「2.火の女神の娘」へ続く



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