ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 紫姫魅は、動かなくなった悧魄を両腕に抱き直し、寝台へと運んだ。
 意識のない悧魄の白い顔に目を落とすと、胸が切実な痛みを発する。
「……私の小さな神人。おまえは……おまえだけは、死なせはしない」
 低く呟き、悧魄の髪を愛おしげに撫でる。
 遙かな昔、《妖魔の森》で彼を拾った時から、我が子のように大切に養ってきた。彼を死なせることは、あの時、全てを決意した己に対する裏切りだ。
 紫姫魅は、ただ一度だけ悧魄の額に口づけを捧げる。
 もう二度と悧魄に逢うことはないだろう……。
 紫姫魅は悧魄の顔を網膜に焼きつけるようにじっと見つめた。
『殺せ!』
 不意に、頭の中で別の声が叫ぶ。
「――痛っっ……!?」
 頭に激痛が走る。
『殺せ! 殺してしまえっ!』
 自分を占拠しつつあるモノが、殺戮を望んでいる。
 血を渇望している。
「やめっ……ろっ……」
 紫姫魅は痛みに顔をしかめ、呻いた。
 自分の意志を無視して、震える両手が悧魄の首へと伸びる。
 全く意図していないのに、十本の指は悧魄の首筋に絡んでいた。
『殺せっ! 息の根を止め、八つ裂きにし、ソレを喰らうのだ!』
 魔人が、悪鬼の如く呪わしい言葉を連発する。
「……ぐうっ……!」
 紫姫魅は、魔人の誘惑を遮るように激しくかぶりを振った。
 魔人の挑発に乗ってはいけない。
 ――悧魄を殺めるなど……言語道断……。
 紫姫魅本人の意識は間違いなくそう思っているのに、身体は儘ならない。
 じわりじわりと両手が悧魄の首を締めつけ始める。
『殺せ! 殺せ、殺せ殺せ殺せ――!!』
 嘲笑混じりの魔人の声が脳内に響く。
 あと少し力を加えれば、意識のない悧魄など簡単に生命を奪える。
 だが、決してそれだけはしてはならないのだ。
「つっ……おまえの……好きにはさせない――!」
 己の理性を取り戻そうと、紫姫魅は懸命に魔人に抵抗した。形の良い額に玉のような冷や汗が浮かび上がる。
「よ……せ……私……は、後悔など――――してはいない!」
 渾身の力を込めて、己の下唇を歯で噛み切る。
 刹那、魔人の声はピタリと聞こえなくなり、自分を操る不可思議な力も消え失せた。
 紫姫魅は悧魄の首から手を離し、粘つく液体が流れる唇へと片手を伸ばした。
 指で拭った血液を一瞥して、驚愕に捕らわれる。
 指に付着したそれは、赤というよりも青みがかった紫であったのだ。
 確実に妖魔に近づいている。
「……同化が……終わる――?」
 紫姫魅は愕然と己が体液を凝視した。
「私は……もう既に妖魔なのか? 早く……早く殺してくれ、天王……。天王――久那沙」
 自然と唇が友の真名を口ずさむ。
 同時に、
 ――紫姫魅。
 誰かが自分の名を呼んだ。
「――――!?」
 紫姫魅は弾かれように面を上げ、視線を虚空に彷徨わせた。
「久那沙……? 近くに……来ているのか?」
 紫姫魅は青ざめた顔に、喜悦の笑みを浮かべた。
 自分に残された最後の希望。
 妖魔に全てを略奪される前に、彼の元へ辿り着かなくては――
「……久那沙――」
 夢見るように呟き、紫姫魅は気怠い身体を引き摺るようにして歩き始めた。


 目の前に巨大な扉が迫っている。
 城外へと続く扉だ。
 紫姫魅は、朦朧としてきた意識を閉ざしてしまわぬように気力を振り絞った。
 次に意識を乗っ取られた時、再び表へ出て来られる確信は――ない。
 両手に全体重を預けるようにして扉を押し開く。
 ギギギギギィィィ……。
 重々しい軋みを立てて、扉は開かれた。
 外界の光が、視界を埋め尽くす。
 溢れる光の中で、何かが更なる光輝を放つ。
 紫姫魅は、その輝きを眩しげに見つめた。
 黄金色――いや、太陽の光に透けて輝く橙色の髪だ。
 どうやら、待ち人は既に到着していたらしい。
 紫姫魅は口の端に薄い笑みを刻んだ。
「ようやく、私を殺める気になったか、天王?」
 紫姫魅はゆっくりと光の世界へと足を踏み出した。
 向かい合った相手――天王は、久し振りに顔を合わせる友に痛ましげな眼差しを注いでいる。
「おまえを――待ち焦がれていたよ、天王」
「紫姫魅、おまえは――」
「……私を救ってくれるのだろう?」
 紫姫魅は、もの言いたげな天王の視線を真っ向から受け止めた。
「では、何も訊かないで私を殺してくれ、久那沙――」
「紫姫魅……」
 哀願にも似た言葉を紡ぐと、天王は黄昏色の双眸に哀しげな色を湛えた。
 それに対して、紫姫魅は艶然と微笑んだ。
 限りなく優しく、そして、穏やかな笑みだった――


     「五の章」へ続く



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2009.07.06 / Top↑
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