ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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2.火の女神の娘



 アリトラの白亜宮――その城下に広がるアリトラの都は、森閑とした朝を迎えていた。
 朝靄が垂れ込める秋の早朝。
 都でも高級な部類に入る宿屋の一室では、五人の男たちが神妙な面持ちで顔を突き合わせていた。
 カシミアの統治下に与従うしか術のなかった、旧キール・ギルバード王朝の家臣たちだ。
 彼らは、それぞれに眠れぬ夜を過ごし、この一室へと集まってきたのだった。
「監視の兵士たちには、魔術で眠っていただきました。念のために精霊に周囲の見張りをお願いしましたので、もう大丈夫です。何を喋っても構いませんよ」
 部屋の主――シザハン大神官は、静穏な口調で一同に告げた。
 皆が重々しく頷く。
「まさか……まさか殿下が生きておられたとは、な」
 最初に口を開いたのは、副宰相レンボスだった。
 彼は、難しい顔つきで床のある一点だけを見つめている。
「副宰相殿は、殿下が生きておられたことが気に食わないらしい」
 レンボスの声に焦燥が混ざっているのを察知し、フェノナイゼが露骨に嫌味を放った。
「フェノナイゼ! わたしを侮辱する気か?」
 レンボスが険のある眼差しでフェノナイゼを睨み据える。
「……殿下の出現により、予定されていた台本に何か不都合が生じたようですな」
 フェノナイゼに代わりレンボスに言葉を返したのは、リーシェンタ公爵マロイだった。
「やはり、副宰相殿には席を外していただかなければなるまい」
 重々しい口調で告げたのは、パゼッタ将軍だ。
「わたしには、元よりこのような話し合いに参加する意志はない!」
 ガタッと音を立てて、レンボスが椅子から立ち上がる。
「卿らが何を企てようと、何を実行しようと構わないが、わたしは一切関わりがないからな!」
 憤然とした口調で断言し、レンボスは不快さを隠しもせずに身を反転させるのだ。
「では、わしらが何をしようとも、それを邪魔しないでいただきたい」
「勝手にするがいい」
 パゼッタの言葉をはね除け、レンボスは荒い足取りで扉へと向っていく。
 レンボスが扉の把手に手を伸ばした時、
「ラパス王が恐ろしいですか?」
 シザハンが静穏に問いかけた。
 返答に詰まったのか、その質問の意図することに驚いたのか、レンボスがピクリと全身を強張らせる。
「……卿らは、わたしが城にカシミア兵を招いたと勘繰っているようだが、それだけは断じて違う。わたしとて、私利私欲だけでラパス王の許に下ったわけではないのだ」
 レンボスはシザハンの問いには答えなかった。
 代わりに、力強く把手を握り締める。
「アイラ様では駄目なのだ……。生きておられたのがアーナス様なら、わたしも卿らの考えに賛同しよう。だが、アイラ様ではラパス王には勝てぬ。ラパス王の首は獲れぬのだよ」
「何が言いたいのですかな、副宰相殿?」
 訝しげにパゼッタが訊ねる。
「アイラ様にローラは使えぬ。ラパス王を斃す唯一の武器は、アーナス様にしか使えぬのだ……。卿らがアイラ様を担ぎ出したい気持ちは解らぬでもない。しかし、卿らが行おうとしていることは、アイラ様のお生命を確実に縮める。――パゼッタ将軍、一年前、戦場でアイラ様を救出できなかったことを悔いているのは、卿だけではないのだよ」
 感情を押し殺したような声で告げ、レンボスは静かに部屋を出て行く……。
 残された四人は、困惑したように顔を見合わせた。
 いつになく、レンボスの言葉には真実味があった。
 それがひどく意外であり、戸惑わずにはいられなかったのだ。
「良心の呵責――ってヤツですかね? 国を売っといて、今更、って感じですけどね」
 フェノナイゼが相変わらずの毒舌を放ち、フンと鼻を鳴らす。
「しかし、副宰相殿の言われることにも理がある」
「そうですね。開城の際の真実は定かではありませんが、確かにローラはアイラ殿下には扱えません。あれは、エルロラ神がアーナス王女に授けた物ですから……。エルロラ神の恩恵がなければ、何の役にも立たないでしょう。もっとも、問題のローラは未だ行方不明ですけれど……」
 マロイの言葉を引き継ぎ、シザハンが静かに事実を述べる。
「それに、殿下がラパス王に勝てぬ――とは断定できないのですよ。殿下には、私と同種の能力が備わっております」
 シザハンは、双眸に理知的な輝きを閃かせながら一同を見回した。
 その一言に、皆がハッと顔を上げる。
 彼らは知っていた。アイラがシザハンと同種の特殊能力――神秘の力をその身に宿していることを。
 だが、その類い稀な力は、アイラ本人の意志により長き間封印されている。
 それは、禁呪なのだ。
 ゆえに、アイラがその秘められた力を解き放つ可能性が無に等しいことも、彼らは熟知していた……。
「殿下が自らの封印を解かれれば、ラパス王に勝てるかもしれません。殿下の最大時の能力は、私をも凌ぐでしょうから」
「だが、今はそれを考慮に入れぬ方が賢明だろう。あれは、殿下自らの生命を犠牲に――」
 最後まで言い通さずにマロイが言葉を絶やす。
 先の言葉まで聞かずとも、他の者にも彼の言いたいことは伝わったようだった。
 皆、一様に渋面を造り、押し黙ってしまう。
「何にせよ……我々は殿下を取り戻さねばならぬ。殿下をあの悪魔の手許に置いておくなど、狂気の沙汰だ」
 しばらくの空白の後、パゼッタが沈痛な顔で口を開いた。
「それに、キールを再興させるには、王家の存在――殿下が必要ですらね。まっ、俺たちが殿下を救い出さなければ始まらない話ですけどね」
 フェノナイゼが唇をへの字に結ぶ。
「問題は、殿下がそれを望んでいるか、ということです」
 シザハンが再び一同に視線を流した。
「殿下がそれをお望みでないなら、私たちの行おうとしていることは、副宰相殿が言ったように――殿下の身を危険に晒すだけになってしまいます」
「ですが、民が動けば、殿下も動かざるを得なくなるでしょう」
「そりゃそうですね。民が動いたら、王族として放っておくわけにはいかないでしょう」
 マロイの発言に、フェノナイゼが一人納得したようにうんうんと頷く。
「フェノナイゼ殿、戦とは人の生命が奪われるものです。幾千幾万の生命が散るものです。殿下は、それをお望みにならないかもしれません」
 シザハンが嗜めるような眼差しでフェノナイゼを見遣る。
「しかし……カシミアには終わった戦でも、我らキールの民にとっては、未だ終わりを告げていない戦なのだ」 
 苦渋に満ちた表情でパゼッタが呟く。
「殿下は、終わりにしたいと考えているかもしれません……」
 シザハンは憂いを帯びた菫色の瞳を軽く閉ざした。
「私たちが『キール再興』を名目にラパス王に牙を剥くことは――全ての責任をアイラ殿下に押しつける、ということです。私たちは、それを忘れてはなりません。副宰相の述べたように、私たちは殿下を犠牲に国を取り戻そうとしているのですから……。それが『王家に生まれた者の運命だ』と言ってしまえば、それで終わりですけれど――」
 重苦しい空気が室内に漂う。
 囚われの身であるアイラをラパスの手から救出する――それだけで、ラパスに対する大逆なのだ。
「わしは、純粋に殿下をお救いしたいのだ」
 低く暗く、パゼッタが呟く。
「まっ、今、思い詰めても、しょーがないでしょう!」
 張り詰めた空気をほぐすように、唐突にフェノナイゼが立ち上がる。
 彼は一同を見回し、安堵させるように大仰な笑顔を取り繕った。
「とりあえず、ラパス王に隠れて殿下に逢いに行かないとね」


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2009.07.07 / Top↑
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