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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Tue
2009.07.07[22:43]
    *


 秋の草花が風に揺られている。
 無秩序に並べられている花々は、淋しげな秋の抒情をより一層際立てていた。
 気紛れに吹く冷たい風が、肌に心地好い。
 閉塞生活から一瞬でも解き放たれている、という純粋な喜びが、アイラの胸中には芽生えていた。
 外の世界は、こんなにも鮮やかで美しかったのか、と改めて実感させられる。
 自分を外界へと連れ出してくれたファリファナとザラヴァーンに、感謝したい気分だった。
「この白いのが星花(ユイカ)だよ、アイラ様」
 ザラヴァーンが小さな白い花の一群を得意げに指差す。
 アイラはその場に屈み、花を覗き込んだ。
 花は、純潔を護るようにピタリと花弁を閉ざしている。
「星花は夜に咲く花ですわ、アイラ様」
 ファリファナが素早く説明を添える。
「この辺でも珍しい花で、星の綺麗な夜だけに花開くのです。それで、星の神ユーリリカの名を冠して《ユイカ》と呼ぶのですわ」
「星神の花、か」
「星花が咲くと、辺り一面が輝いて幻想的な光景を創り出しますのよ。星空の美しい夜に、咲いたところをお見せしますわ」
 ファリファナが柔らかく微笑む。
 彼女はザラヴァーンの手を引くと、再び歩き始めた。
 噴水の脇を擦り抜け、庭園の奥へ行くと、眼前が鮮烈な緋色に染められた。
 背の高い植物が群生している。個々の天辺には、大輪の紅い花が勝ち誇ったように咲いていた。
「これは?」
 アイラは八重咲きの花を物珍しそうに眺めた。星花同様、見たことのない植物だ。
 細い八枚の花弁は、一枚おきに外に向かって巻かれている。他の四枚は、翼を広げるようにして大きく開いていた。
 ――蝶のようだ。
 アイラの目に、紅い花は変種の蝶のように映った。
「紅蝶(フレイア)だよ。僕は『ファリファナ』って呼んでるけど」
 ザラヴァーンがファリファナを見上げる。釣られるように、アイラも彼女に視線を移した。
 真紅の容貌を持つファリファナは、確かに紅蝶の化身と言えないこともない。
「嫌ですわ、太子。紅蝶は『弔い花』の一種ですわよ」
 ファリファナが苦笑を浮かべる。
「トムライバナって、何?」
「亡くなった方に捧げる花ですよ」
「じゃあ、大切な花なんだね」
 アイラが答えると、ザラヴァーンは納得したように大きく頷いた。
「やっぱり、ファリファナに似合うね。赤はファリファナの象徴だもん」
「わたくしの容姿は奇異ですものね」
 ファリファナは拗ねたように唇を尖らせる。
 大陸広しといえども、真紅の髪と瞳――両方を兼ね備える人物は少ない。その稀少な容姿を、ファリファナは喜ぶよりも持て余しているようだった。
「私は……美しいと思うよ」
 アイラは率直な感想を口に出した。
 途端、ファリファナの双眸が、驚愕を示すように大きく見開かれる。
「まあ! お世辞は結構ですわよ、アイラ様」
「本当のことだよ、ファリファナ。君の髪も瞳も綺麗な緋色をしている。まるで、揺らめく炎を見ているような気分だ」
 更にアイラが言を連ねると、ファリファナは白い頬をパッと薔薇色に染めた。
「僕もアイラ様に賛成だよ。だって、ファリファナは火の女神の化身だもん。――ねえ、あれ見せてよ?」
 ザラヴァーンがせがむようにファリファナを見上げる。
 黒い瞳は子供特有の好奇心に満ち溢れていた。
「お願い! やってよ、ファリファナ!」
「……少しだけですわよ、太子」
 ファリファナは、ねだるザラヴァーンに根負けしたように苦い笑みを浮かべた。
 彼女の白い両手が持ち上がり、掌が優美に開く。
「わたくしの許へおいでなさい――ファラ」
 ファリファナが告げた直後、唐突に彼女の掌にボウッと紅い光が灯った――炎だ。
 小さな二つの炎がファリファナの掌を離れ、彼女の周囲を旋回し始める。
 それは、喚び出されたことを喜んでいるように煌々とした輝きを放っていた。
「魔法……?」
 アイラは浮遊する炎を凝視した。
 アイラの目の前で二つの炎は分裂を繰り返し、瞬く間に数え切れないほどの炎と化す。
 炎のヴェールがファリファナの全身を包み込んでいた。
「どうぞ、太子。――ファラ、悪戯してはいけませんわよ」
 ファリファナは何事もなかったかのように炎の一つを手で掬い、ザラヴァーンに手渡す。
 ザラヴァーンも平然とそれを受け取っていた。
「きれいでしょう、アイラ様!」
 ザラヴァーンの手の中で、炎は彼を焼くことなく赤々と燃えている。
「……魔術師なのか?」
 アイラは驚愕を孕んだ声音でファリファナに問いかけた。
 魔法を見るのは慣れている。
 アイラの母――王妃リネミリアが魔術師だったので、馴染みは深い。
 母の血を受け継ぎ、アイラ自身、精霊が視える体質でもある。
 魔術自体に驚いたのではなく、ファリファナが魔術師だという事実が意外だったのだ。
 王宮の侍女が魔術師だとは想像し難い。
 魔術師ならば、戦力としてラパスが放っておくわけがないのだ。
「そんな大層なものではありませんわよ。わたくしにも、少しはファリファナ神の加護があるようで……物好きな精霊が一人、生まれた時から傍にいるだけですわ」
 ファリファナは、炎の衣を身に纏わせたまま自嘲気味に微笑む。
「わたくしが視て、言葉を交わすことができるのは、この火の精霊ファラ一人だけですわ。他の精霊は視えもしませんのよ」
「貴女は――烈火の女神か」
 低く呟き、唇を噛み締める。
 言い知れぬ不安が、アイラの胸には去来していた。
 かつて、彼女と同じように神の恩恵を受けた人物が、この世には存在していた。
 烈光の女神――ギルバード・アーナス・エルロラ。
 実の妹は、エルロラ神の名を戴いたばかりに、ロレーヌの大地のために生命を賭し、大地に還った。
 数多の生命を道連れにし……。
 妹を責めることはできない。
 妹を担ぎ出した民を責めることもできない。
 ただ、この世に神の加護など存在しない――そう痛感した。
 アイラは、無意識に片手で胸元の首飾りを握り締めていた。
 この首飾りの中には、ラパスが持ち帰った妹の髪が埋め込まれている。
「その神の炎は……いつか貴女自身を焼く尽くす」
 アーナスがそうであったように。
「アイラ様……?」
 凍りついたように動かなくなったアイラを、不安げにファリファナが見つめ返す。
 転瞬、揺れる無数の炎がアイラを虜にした。

 目の前が、朱に染まる。

 炎の中に幻影を見た。

 華々しく炎上する王都と城。
 燃え盛る炎の中、漆黒の甲冑を纏ったカシミア兵に殺されてゆく、キールの民。
 炎を避ける手立てもなく、生きたまま焼かれてゆく人々……。

 どれも真実。
 実際に起こり、アイラ自身が網膜に焼きつけてきた地獄だ。
 ファリファナの炎の中に、アイラは過去を視た。
 ――何故?
 呟いた言葉は、震える唇のせいで音を成さない。
 ――何故、私にそれを視せる……?
 キールが炎に包まれたのはアイラのせいだ、と言わんばかりに幻影の炎は勢いを増した。
 戦慄が全身を駆け抜ける。
 血肉が焦げる嫌な匂いを幻に感じた途端、視界が闇に囚われた。
 急激な嘔吐感が咽喉の奥からせり上がってくる。
 口腔に血の味が広がった――

「アイラ様っ!」
 ファリファナの悲鳴が耳をつんざく。
 咄嗟に手で口許を覆うと、ねっとりとした生温かい液体が指の隙間から溢れ出した。
 自分が吐血したという事実を悟るのに、長い時間は要しなかった。
 血に塗れた己が手を、アイラは愕然と見つめた。

 ――胎内に魔物が棲んでいる。

 ラパスとは別の魔物が巣食っている。


 肉体の腐蝕の始まりだった……。


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Category * 紅蓮の大地
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