ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 目を開けた瞬間、心配そうに顔を覗き込む紅い双眸と出合った。
「アイラ様……」
 今にも泣き出しそうな顔で、ファリファナが自分を見つめている。
 アイラは、その頬にそっと手を伸ばした。
 中庭で倒れた後の記憶がない。
 誰かが自分を寝台に運び、ファリファナはずっと傍についていたくれたのだろう。
「――私は……?」
「血を……少しお吐きになっただけですわ。医師が、心身の疲労が吐血を招いたのだと言っておりました」
 語るファリファナの表情はどこか狼狽え、青ざめてさえ見えた。
「本当に……?」
「ええ。一時的なもので、すぐによくなりますわ」
 ファリファナの白い手が、アイラの手を優しく包み込む。
 微かな震えが伝わってきた。
「すぐに……よくなりますわ。ただの疲労ですもの」
 震えを隠すかのように、ファリファナの手に力が加わる。
 アイラは、彼女の些細な言動の中に、己れを蝕む病魔が『ただの疲労』ではないことを見出した。
 肺の辺りが呼吸する度に苦しく、重い。
 ただの吐血ではなく――喀血なのだろう。
 魔物は既に根づいている。
 払拭できぬほど強く、深く……。
 長い地下牢生活が元凶であることは、間違いない。
 自分はあまりにも長く、あの閉塞された空間で微睡み過ぎたのだ。
「わたくしのせいですわ。わたくしがファラを使って、驚かせてしまったから……」
「貴女のせいではないよ」
 アイラは、悔やみを紡ぐファリファナの手を静かに握り返した。
「貴女のせいではない――」
 否定の言葉を繰り返し、アイラは瞼が重くなるに任せて瞳を閉ざした。
 すぐに、闇が舞い降りてくる。

 漆黒の闇に浮かび上がるのは、真紅の花群。
 死者に捧げる紅蝶だった……。
 死の国が忍び寄っている。

 だが、その前に成し遂げなければならない。

 ――何を、兄上……?
 不意に、真紅の花群の中に、黄金に輝く妹の姿が出現した。
 片手に血に塗られた神剣ローラ、もう一方の手には鮮血を迸らせる夫の生首を抱えている。
 ――兄上にはラパスを討つことはできぬ。愚かな考えは捨てて、私と共に行こう。
 妹の真紅の手が差し出される。
 アイラは悲しげに首を横に振った。苦い笑みが顔に広がる。
 本物のアーナスは、決してそんなことなど言わない。
『どうせ死ぬのなら、何がなんでもラパスを道連れにしろ。行き着く先が、たとえ地獄であろうとも――』
 これくらいのことを平気で言う、激しい気性の持ち主だった。
 闇の中のアーナスは淋しそうな顔をしたが、それでも手を引こうとはしなかった。
「まだ……迎えに来るな、アーナス」
「アイラ様……?」
 自分の手を握るファリファナの手に力が加えられた。
 闇の中で紅蝶が激しく乱舞し始める。
 真紅の花弁に、アーナスの姿は隠された。

 闇が全てを支配する。

 繋がれたファリファナの手を離さずに、アイラは再び眠りに落ちた――


                                        
     「3.邂逅――胎動」へ続く



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2009.07.07 / Top↑
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