ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「副宰相殿は、キールを――殿下を見捨てた」
 フェノナイゼの声に、ハッと現実に引き戻される。
 視界の中で、シザハンとパゼッタが咎めるような視線をフェノナイゼに送っていた。レンボスがアイラの教育係であったことは、皆知っているのだ……。
「……レンボスのことは、頭に入れておく。今は、おまえたちが『ここにいる』ということが問題だ」
 アイラは、胸に芽生えたレンボスへの疑心を払拭するように、眼前に立つ三人に意識を集中させた。
「殿下には、我々と一緒に来ていただきます」
 パゼッタが真摯な口調で告げる。
「何をする気だ?」
「無論、ラパス王に叛旗を翻すのですよ。キールを取り戻すのです」
「……駄目だ。時期が早過ぎる」
 アイラは秀麗な顔に翳りを落とした。
 パゼッタの言うことは、よく解る。キールを取り戻すためには、ラパスを斃さなければならない。
 それは熟知している。だが――
「殿下は、キールの民のためにお起ちになられないというのですか?」
 心外そうにパゼッタが言及してくる。
「今のところ、ラパスが悪政を強いているという話は聞かない。それに、おまえたちは、キールが今現在、どうゆう状況下に置かれているか、解っているのか?」
「解っているからこそ、殿下にこうして――」
「パゼッタ」
 アイラは幾分語調を強めて、パゼッタの言葉を遮った。
「キールの大地は、先の戦禍により復旧困難なほどに荒れ果てている。民は戦の傷が深く、疲弊しきっている。そんな惨状の時に、私に――新たな戦を起こせというのか?」
 蒼い双眸に微かな怒気を漲らせ、アイラはパゼッタを睨めつけた。
「民の心も大地も荒び、荒廃寸前だ。そんな時に、追い打ちをかけるようにラパスに挑めと? 民に再び流血を迫れと? 住む大地も家も失った人々に、剣を取れ、と――?」
 アイラは傷を負った左腕を右手で強く握った。怒りを抑えるように、鎮めるように。
「戦とは、そんなに安易に起こして良いものではない。どんな戦でも、間違いなく人々の生命が削られ、消えて行く……。それを承知で、私に民の生命を貪り取る戦を起こせと? ラパスを討つための旗揚げをしろ、と……そう、おまえたちは私に強いるのか?」
 一息に胸の裡を吐露した後、アイラは唇を引き結んだ。
 無意識に右手に力が加わる。立てた爪が、鋭く傷を抉った。
「――殿下……」
 白い包帯から滲み出た血に目敏く気づいたシザハンが、そっとアイラの右手をそこから引き離す。
「殿下の言いたいことは解りますけどね」
 フェノナイゼがヒョイと肩を聳やかす。
「何の抵抗も示さずにラパス王の支配下に置かれるのは嫌だ! ――っていう、一般庶民も確かに存在しているわけですよ」
「ですが、アイラ殿下の生存を知らぬ民は、何を拠り所としてラパスに対抗して良いのか解らずに戸惑っています。殿下の息災を知れば、民の心は一つに固まり、ラパスへの叛乱を決するでしょう」
「駄目だ。民の中に、ラパスの支配を受けたくない者がいるのは解っている。――今日、ルーク・ベイに逢った。あれも、おまえたちに荷担しているのか?」
 パゼッタの言葉に、アイラは頑なに首を横に振った。
「ルーク・ベイは我が神殿で身を預かっています。勿論、アーナス殿下とイタールのミロ殿下の御首も――」
 シザハンがアイラを慰めるように優しく手を握ってくる。
 その言葉に多少の安堵を感じた。
 神殿は不可侵の聖域。
 基本的には、どの国にも属さない機関だ。
 ただ、キールのエルロラ大神殿だけは特殊だった。王女アーナスがエルロラの寵童であったために、国と神殿は懇意であり、シザハンらは王家に力添えをしてくれるのである。
 どんな国の王でも、神殿を攻撃することは赦されていない。
 アーナスとミロの首がそこで安らかに眠っているのなら、安心だ。その眠りを妨げる存在はない。
「ルークは、先の戦で生き残った兵士の統率に努めております。まだ、その数は多くありませんが……。国に帰ったリーシェンタ公爵が、彼らを影ながら支援しています」
 パゼッタが話の先を続ける。
 アイラの唇から自然と重い吐息が洩れた。
「ルークは、まだ十六、七の少年だ。それに、そんな危険な真似をさせるとは……」
「ルーク・ベイが望んだことですよ。アーナス殿下の傍近くに遣えていた彼は、心底カシミアを――ラパス王を憎んでいる。アイラ殿下の生存を知ったのなら、あなたを助けようともっと躍起になるでしょう」
 フェノナイゼがアイラの言葉を打ち消すように口を挟む。
 アイラは心中で舌打ちを鳴らした。
 そんなことは言われなくても解っている。ルークが誰よりもアーナスを慕っていたこと。それと同じくらい、自分のことを思慕してくれていることも……。
「ローラは、ルークが持っているのか?」
 フェノナイゼの言葉を受け流すように、アイラは話題を転じた。
「いえ。ルーク・ベイの話では、ローラはアーナス殿下の教育係――魔術師アガシャ様の手に委ねられたそうです。ですが、アガシャ様の行方は知れておりません……」
 アイラの問いにシザハンが応じる。
 アガシャと言うのは、シザハンの言葉通り、アーナスが生まれた時よりその世話をしていた老魔術師のことだ。
「そうか……。アーナスとミロの間には、王子が一人いると聞いた」
 ローラの行方が知れないことに、アイラは微かな落胆を感じた。
 だが、嘆いてなどいられない。ローラの他にも気に懸かることがある。愛する妹の子供、その消息も追わなければならないのだ。
「ロレーヌ様のことですか?」
 シザハンが訊き返してくる。
 初めて耳にする甥の名に、アイラは僅かに目を瞠った。
「ロレーヌ、か……。アーナスらしいな」
 ロレーヌ――即ち、キール・イタール・カシミア三国を合わせた大地の呼称だ。
 アーナスは、生まれた子供にロレーヌの未来と希望を託したかったのだろう。
「アーナスの子供が生きている。……では、ローラとロレーヌを急ぎ捜し出せ」
「殿下……?」
「私ではラパスの首は獲れない。ローラでなければ、ザハークには勝てない。私ができることは、ロレーヌがローラを操れるほど成長するのを待つこと。その間、ラパスがロレーヌとローラを発見するのを阻止することぐらいだ」
「しかし、殿下の生存を知った民は、殿下の意志とは関わりなく事を起こしますぞ。殿下を救出するために――ラパスを討つために起ちますぞ!」
 パゼッタが決断を迫るような口調でアイラに詰め寄ってくる。
「では、私が生きていることを民に知らせるな――流すな」
「ルーク・ベイに知れたからには、そりゃ無理でしょうね」
 フェノナイゼが決まり悪げにこめかみの辺りを指で掻く。
「……私ではラパスは討てぬ。それを解っていながら、民に戦を強要することもできぬ。もう一度、おまえたちに命じる。ローラとロレーヌを捜し出せ。私のことよりもそちらを優先しろ。何としても護り通せ」
 アイラは冷厳と告げた。人を従えることに慣れている王族の凛然とした口調だった。
 命を受けた三人に沈黙が訪れる。
 命を下されれば、三人にそれを拒否することなどできない。
 己れが敬愛し遣える王子の真意なのだ。それに逆らうことなど不可能だ。
「……殿下の心意はしかと解りました。ですが、民は動きますぞ」
 沈黙を打ち破るようにして、パゼッタが重い口を開く。
 転瞬、
「――殿下、誰か来ます」
 シザハンとフェノナイゼがハッと顔を見合わせ、部屋の入り口の方を振り返った。
「誰かこの部屋に向かっています」
 シザハンが感覚を研ぎ澄ますように瞳を細める。彼の言葉に、フェノナイゼが首肯した。魔術に長けた二人には、目に見えぬ者の気配でもまざまざと感じられるのだろう。
「こんな夜更けに誰ですかねぇ? まっ、俺たちも他人のことは言えませんけどね」
「殿下、これを」
 唇を歪めて笑うフェノナイゼを無視するように、パゼッタがアイラの足許に進み出た。
 恭しく傅き、手に持った青い包みを差し出す。
「これは――」
 アイラはそれを受け取り、眉をひそめた。
 天鵞絨の青い布には、銀の刺繍で天昇する龍の姿が描かれている。
 青は、キールの国色。
 天翔ける龍は、キールの聖獣だ。
 パゼッタが手渡したそれは、キールの国旗――王旗だった。
「今宵、殿下を我々の元へお連れすることは、断念致します。ですが、これだけでもお受け取り願いたい」
 パゼッタが神妙に述べると、シザハンとフェノナイゼもアイラに向かって頷くのだ。
 アイラは、王旗の中に何かが収まっているのを感じ、ゆっくりと包みを解いた。
 カシャリ、と金属の触れ合う音がする。
 中から出てきたのは、黄金細工の腕輪と銀細工の柄が美しい二本の細身の剣――レイピアだった。
 腕輪には旗と同じく龍の姿が施されている。内側には、アイラの名が刻み込まれていた。キールの王族の証しだ。
 二振りの剣は、一見してアイラのために特別に造られたものだと解った。
 両腕利きのアイラのために造られた双子の剣。おそらくアイラの体型に合わせて、左右別々に精緻に造られているのだろう……。
「私に……?」
 アイラは、それらをしげしげと見つめながら躊躇うような声音を発した。
「殿下のために急ぎ造らせたものです。王家の紋。つがいの剣。王旗。どれも、一生涯殿下の御身に付き従うものです」
 その言葉の重みを承知の上で、パゼッタは言ったのだろう。
 アイラは寡黙に頷き、再び王旗でそれらを包んだ。
『ギルバード王家』の名を生涯捨てられぬことは、よく身に染みている。
 自分には、その名を背負って生きてゆくことしかできない――赦されないのだから。
「……おまえたちの心中も汲んでおく」
 苦々しく気休めの言葉を吐き出し、アイラは目を瞑った。
 転機を迫られていることは解っている。
 だが自分の行動次第では、キールに妖災が降りかかる。血の雨が降ることは否めない。
 自分が動くべきか否か――アイラは、まだ判断し兼ねていた……。
「人が来ます」
 シザハンの簡素な言葉にパゼッタが立ち上がり、フェノナイゼが何かの呪言を紡ぎ始める。
「我々はこれで失礼します。再び相俟みれる、その日まで――どうか御健在なれ、殿下」
 パゼッタの言葉が終わるか終わらないかの内に、三人の身体は来た時と同じように黄金色の淡い光に包まれ、瞬く間に消え失せた。
 それと同時に、扉の把手が動かされる鈍い音が耳に届く。
 アイラは急いで青い包みを寝台の下に押し入れ、隠匿した。
 この部屋に声をかけずに出入りする人物は、唯一人しかいない。
 宮殿の主――カシミア王ラパスだ。
 彼が真夜中に自分のもとを訪れる理由は知らないが、扉を開けて入室してきたのは紛うことなきラパスの姿だった。
 漆黒の影がアイラを認識し、冷ややかに微笑んだ。



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2009.07.08 / Top↑
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