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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Wed
2009.07.08[21:26]
「起きていたのか」
 ラパスは、長身を滑らせるようにして音も無く寝台に歩み寄ったて来た。
 その片手には、何故か薬壺のようなものが握られている。
「……何の用だ?」
 当然のように寝台の端に腰かけるラパスを、アイラは怪訝な面持ちで見遣った。
「眠れなくてな……。表でファリファナと逢った。中に入るのを躊躇っていたので、余が預かってきた」
 淡々と述べ、ラパスは手にした薬壺をアイラに手渡すのだ。
 一瞬の逡巡の後、アイラはそれを受け取り、寝台脇の棚に乗せた。
 ファリファナは昼間の出来事を気に懸けているのだろう。
 こんな真夜中まで起きていて、アイラのために薬を煎じてくれたのも、それが心に引っかかっているからに違いない。
 ――明日にでも、礼を述べておこう。
 密かに胸中でそう考えていると、
「傷はさほど深くはなさそうだな」
 ラパスが唐突に左腕を掴んだ。
「魔術の――匂いがする」
 しげしげと血の滲んだ包帯を見つめ、ラパスは囁いた。
 黒曜石の双眸が、探るようにアイラの顔を覗き込む。
 魔術の匂い――腕に触れたシザハンの残り香を指摘しているのだろう。
 だが、アイラが押し黙っていると、ラパスは意外にもそれ以上の追及を成さなかった。
「薬は確かに渡した。余の用は済んだな」
 衣擦れの音と共にラパスが立ち上がる。
「いつまで、ここに閉じ込めておく気だ?」
 アイラが訊ねると、ラパスはひどく緩慢にアイラを見下ろし、心外そうに眉をひそめた。
「おまえが死ぬまで――未来永劫だ」
 薄い唇がアイラを嘲弄するように残忍に孤を描く。
 アイラの唇から自然と吐息が洩れた。
「それほどまでに私が――いや、アーナスに求婚を断られたことが憎いか?」
「何を言うかと思えば、そんなことか……。下らぬな。余は、おまえの妹を愛していたわけではない。余は誰も愛さぬ。何を憎むことがある?」
 ラパスが再び寝台に腰を下ろす。
 冷たい指先がアイラの額に触れ、次いで銀の髪を一束指に絡めた。
「余がギルバード・アーナスに求婚したのは、いずれ天敵となるであろう奴を支配下におきたかったからに過ぎない。巧く事が運べば、エルロラの名声も余の物になるはずだったからな。もっとも、その目論見は失敗に終わったが……。余がキールに戦を仕掛けたのは、ギルバード・アーナスへの報復からではない。ロレーヌを――世界を手に入れるためだ」
 珍しく多くを語り、ラパスはアイラの髪を引き寄せると静かに口づけた。
「……魔剣ザハークを授かった瞬間から、余の裡には忌まわしき魔物が棲みついている。余の愛する者は全て、ザハークによって滅ぼされるのだ。ゆえに、余は誰も愛さない。誰も要らぬ。余に必要なのは――余が欲するものは、唯一つ『世界』だけだ。余は、いずれ大陸全土をこの手に収めるだろう」
「人としての心を捨ててまで、この世界が欲しいか? 憐れだな、ラパス……」
 アイラは、自分を直視するラパスの黒い瞳を冷ややかに見返した。
「ザハークに魅入られた時から、余は既に人ではないのかもしれぬ」
 自らを嘲るようにラパスは言葉を紡ぐ。
「余は世界の覇者となる。その道を阻止せんとするものは、如何なるものでも容赦なく斬り捨てる。妨げになる存在は作らぬ……」
 いつになく饒舌なラパスを、アイラは不思議な想いで見つめていた。
 これほどまでに自分のことを語るラパスに遭遇するのは、初めてだ。
 眠れない、と言っていた。幾らか酒を呑んでいるのかもしれない。
 腰には魔剣ザハークすら携えていなかった。
 ふと、アイラは寝台の下に剣が隠してあるのを思い出した。
 ――今ならラパスを殺せるかもしれない。
 そんな考えが脳裏をよぎった刹那、
「余は誰も愛さぬ……。だが――」
 冷たい指先がアイラの頬を滑った。
 あまりの冷たさに現実に引き戻される。
「余と手を組まぬか、アイラ? 余のために働かぬか?」
 ラパスの手が、アイラの頬をしっかりと捉える。
 とても冗談や酔狂で言っているとは思えないほど、ラパスの口振りは真摯なものだった。
 ずっと見つめていると吸い込まれてしまいそうな闇の色をした瞳が、アイラだけを映し出している。
「……断る」
 問いかけの内容を把握した途端、アイラは不機嫌に眉根を寄せた。
 家族を殺し、国を滅ぼした相手に力添えするなど、たとえ天変地異が起ころうとも頷けるはずがない。
「気でも狂ったか、ラパス? 私がおまえのために力を貸すことなど、生涯有り得ない」
 突き放すようにアイラはラパスを睨めつけた。
「そうだな……。世迷言を言ったな」
 ラパスの顔に冷笑が刻印される。
 アイラの頬に添えられていた手は、驚くほど容易に離された。
「ギルバード・アーナス同様、余を拒むというわけか。まあ、それが当然だろうな」
 抑揚のない声音で告げ、ラパスは寝台から立ち上がる。
「賊におまえの存在を知られたな」
 数歩進み、振り返ったラパスの顔には、拒絶されたことへの失望の色はない。
 そこに見て取れるのは、冷然とした王の表情だけだ。
「冬が来る前に戦になる――」
 ラパスの唇が呪を紡ぐ。

 それは、新たな戦乱の幕開けだった――



      「4.魔王の刻印」へ続く


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