ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「……ファリファナ」
 茫然と呟くアイラの目の前で、ファリファナが軽く一礼した。
 頭の高い位置で一つに束ねられた紅い髪が、軽やかに揺れる。
 身に纏っているのは、先日までの豪奢なドレスではなく、漆黒のマントと男物の軽装着だ。
「この度、アイラ様の護衛を務めさせていただくことになりました」
 アイラの唖然とした視線を受けて、ファリファナは照れたように微笑んだ。
「殿下のことは、全てファリファナ姫にお任せ致します。――では、俺は明日の準備が残ってますので、これで失礼します」
 ルシティナは、ファリファナについての説明を一切行わずにさっさと部屋を出て行く。
「爵位を継いだのか、ファリファナ?」
 アイラはファリファナをしげしげと見つめた。
 彼女の伯爵としての登場が意外でならない。しかも、アイラの護衛を任じられているらしい。驚くな、という方が無理だ。
「はい。おかげでアイラ様のお傍にいることが可能になりましたわ」
 ファリファナはアイラの間近まで来ると、もう一度微笑む。
「そのためだけに、嫌がっていた爵位を?」
 アイラの問いに、ファリファナは静かに首肯した。
 紅い双眸には決意が秘められている。
「こうでもしなければ、お傍でアイラ様を護ることなどできませんもの。マバリタの叛乱に、陛下がアイラ様を伴って御出征なさるとは思ってもみませんでしたけれど。爵位を継ぐことと引き換えに、アイラ様の護衛の任を陛下から強奪しましたのよ」
 真っ向から自分を見つめる眼差しに、アイラは思わず瞼を伏せてしまった。
 ファリファナの強い意志が、胸に突き刺さるようで痛い。
 彼女は、自分を護るためだけに無意味だと考えていた爵位を継いだのだ。
 彼女が心から愛する王太子ザラヴァーン。その傍を離れる決意をさせるほどのものが、自分に在るとは到底思えなかった。
「私は亡国の王子だ。私を護っても何の価値もない。ザラヴァーン様の傍にいた方が賢明だと思うが……?」
「太子は、この白亜宮で護られている限り安全ですわ。ですが、アイラ様は敵陣の只中、お一人で祖国の地を踏まなければなりません。わたくし如きがアイラ様の胸中を慮るなど僭越だとは思いましたけれど――わたくし、もう決めましたの。アイラ様のお傍に参ることを。アイラ様についてゆくことを」
「……私が何を言っても、覆す気はないようだね」
 アイラは溜息混じりに呟き、瞼を上げた。
「当然ですわ。わたくしが自ら選んだ道ですもの。アイラ様がわたくしを嫌いになっても貫き通しますわ」
 ファリファナは誇らしげに宣言する。
 気の強い彼女には、信念を曲げる気など微塵もないのだろう。
「嫌いになどならないよ……。ただ、私に肩入れしても、君には得るものなど何もない」
「何かを得ようなどと考えてはいません。わたくしは、アイラ様をお慕いしているだけですわ」
「ファリファナ――」
 何気なく成された告白に、アイラは驚いて彼女を凝視した。
 どこをどのように辿って、彼女がそんな感情に行き着いたのかは皆目解らない。
 だが彼女の表情は、それが偽りではないことを示すように硬く強張っていた。アイラの反応を恐れているような雰囲気だ。
「……馬鹿なことを。私は、カシミアと相反する国の王子だ」
「想う気持ちに、相手が敵国の人間かどうかなど関係ありませんわ」
 ファリファナは床に跪くと、そっとアイラの手に自分の手を重ね合わせる。
 その白い手を、アイラは無表情に見つめた。
「わたくし、決意しましたの。わたくしは生涯、アイラ様のために生きますわ」
 燃えるような真紅の瞳がアイラを直視した。
「私のためなどではなく、自分のために生きた方がいい」
 アイラは静かに手を引いた。
 だが、すぐにファリファナが手を掴み直す。
「自分のためでもありますわ。わたくしは己れの心に正直に生きようと決めました。その結果、アイラ様の存在を否めませんでした。わたくしの心はアイラ様に惹きつけられ、魅せられ――留まることを知らないのです」
 ファリファナは無反応なアイラの手を強く握り締め、真摯な眼差しで見上げてくる。
「わたくしの気持ちなどは、どうでもよいのです。ですが、これだけは覚えておいて下さい。わたくしは、貴方の敵ではありませんわ。何時如何なる時でも、わたくしはアイラ様の味方ですわ」
 断言し、ファリファナは重ね合わせたアイラの手に額を押し当てる。
 素直に感情をぶつけてくるファリファナに対し、アイラは何の言葉を返すこともできずにいた。
 決して、彼女を疎んじているわけではない。
 寧ろ、好意を抱いている。
 だが、彼女の想いに応えるには、あまりにも多くの枷がぶら下がっていた。
 民の叛乱に、ラパス本人が出向く。
 ラパスは、自分に牙を剥くことの愚かさを大々的に見せつける気構えでいるのだろう。
 制裁が下される、その時――自分がキールの民の前に引きずり出されるのは火を見るより明らかだ。
 遅かれ早かれ、アイラは自分の生命がラパスの手でもぎ取られることを知っていた。
 いつのことになるのかは解らないが、そう遠くはない未来に《死》が待ち受けていることだけは確実だった……。
 ファリファナとて、それを知悉していないわけではないだろう。
 ラパスによる生命の断絶――それを少しでも引き延ばすために、彼女はアイラを護ろうと決心したに違いないのだろうから。
 ――この身には、死臭が纏わりついている。
 それでもなお、ファリファナは自分を愛するというのだろうか?
 結末を解っていながら、それでも……。
 アイラは、一方的に繋がれた手に昏い視線を注いだ。
 彼女の手を握り返すことも、突き放すことも、アイラにはできなかった――


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2009.07.09 / Top↑
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