ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「お静かに」
 ルシティナの使者――いや、それを騙った若い男は、俊敏に部屋の中に入り込むと不敵に微笑んだ。
 鮮やかな手つきで扉を閉ざし、施錠する。
「……何者ですの?」
 騙されたことを察知しても、ファリファナは取り乱したりはしなかった。
 鋭い視線を若い男に据え、見分する。
 男は、青年というよりも少年に近い年頃のようだ。
 褐色の肌に、黒い髪と瞳。身につけているのはカシミアの軍服だが、ファリファナに短剣を突きつけているあたり、カシミア兵士ではないらしい。
「賊が、自分の身分を明かすわけないでしょう」
 少年は再び破顔した。
「無礼者が。ここにおられる御方を知っていての所業ですの?」
「当然! キールの第二王子ギルバード・アイラ様でしょ?」
 屈託なく少年は告げる。
 その言葉で、少年がキール側の人間であることが判明した。
 昨日の戦闘の際、カシミア兵を斃し、衣服をもぎ取ったのだろう。そして、何食わぬ顔をしてカシミア軍に紛れ込んでいたに違いない。
「キールの者ですのね。……この剣を離しなさい。わたくしは逃げも喚きもしませんわ」
 ファリファナは気丈にも剣を突きつけている相手を睨めつけた。
「そう言われても、ねぇ……」
「信用しないと言うのですか? 失礼にもほどがありますわ。わたくしは、カシミアのルフィカスタ伯爵ファリファナですわよ」
 ファリファナの尊大な物言いに、少年は一瞬呆気にとられたようだった。
「それは失礼を――」
 まじまじとファリファナの顔を見つめた後、少年は軽く笑い、短剣を引いた。
「わたくしは名乗りましたわよ。次は、あなたがそうするべきですわ」
 両手を腰に当て、ファリファナは厳しく少年を睨み据えた。
「……なんか、昔の誰かさんを思い出すなぁ。気の強いところ、そっくり」
 少年が苦笑混じりに言葉を吐き出す。
 ファリファナを見つめる眼差しには、懐古と哀惜の念が滲み出ていた。
「わたくしが誰に似ていると言うのです?」
「僕のご主人様――ギルバード・アーナス・エルロラだよ」
 片手で短剣を弄びながら少年が笑う。
 予期せぬ人物の名に、ファリファナは瞠目した。
 ギルバード・アーナスに似ていると言われたことに驚いたが、それ以上に、この少年がかの英雄に近しい人物だという事実が、ファリファナの驚愕を誘った。
「まっ、そのご主人様も、もういないけどね。あっ、僕の名前はルーク・ベイ――って言っても、お姉さんには解らないよね」
「ルーク・ベイ……」
 ファリファナは少年の名を復誦した。
 耳にしたことがある名前だ。最近ではなく、少し昔――ロレーヌ戦争の真っ只中のことだ。
『ギルバード・アーナスの傍には、中々侮れない剣士がいる。ルーク・ベイという子供だが……その子供に、この前してやられた』
 などと、兵士たちが噂話をしていた。
 その時、『子供が戦場にいるの? それも凄腕だなんて』と半信半疑に聞いていたのを思い出した。
 噂の子供――それが、目の前にいるこの少年らしかった。
「女神の片腕、ですわね」
「あれ? 凄いなぁ。お姉さんにまで知られてるなんて、僕も結構有名人なんだ」
 少年――ルークは呑気な口調で告げる。
「それで、その有名人が何の御用ですの?」
「アイラ様を返してもらいに来ただけだよ」 
 サラリと告げ、ルークは得意げに笑う。彼には、敵陣に一人で乗り込んでいる、という危機感や緊迫感が欠けているようである。
「相変わらず、綺麗だなぁ。お姫様みたいだ」
 寝台の傍まで移動し、ルークがしげしげとアイラの顔を覗き込む。
「アイラ様に危害を加えると――わたくしが赦しませんわよ」
 アイラの寝顔に見入っているルークを、ファリファナは剣呑な眼差しで眺めた。
「信用ないんだね、僕? 僕がアイラ様を傷つけるなんて、絶対有り得ないんだけどね」
「絶対などという言葉、わたくしは信じませんわよ。だから、あなたが妙な素振りを見せれば、即座に殺しますわ」
 紅い両眼に気迫を籠め、ファリファナはルークを睨む。
「怖い、怖い。お姉さん――アイラ様のことが好きなんだね」
「――なっ、何を……? わたくしは……」
 唐突に図星を指されて、ファリファナは焦燥した。
 初対面の子供に心情を見抜かれたことが、妙に気恥ずかしかった。
「アイラ様のことを好きな人は、敵じゃない」
 ファリファナの狼狽振りなど気にも留めていない様子で、ルークはアイラの銀の髪を優しく撫でている。
「わたくしは、アイラ様のことはお好きですけれど――陛下を……ラパス陛下を尊敬致してもおりますわ」
「ふ~ん……ラパス王を、ねぇ。――と、あれ? お姉さん、前に逢ったことがあるね?」
 ルークがアイラから視線を外し、改めてファリファナを見つめる。その双眸が、驚きに見舞われたように大きく丸められた。
「ああ! 精霊遣いのお姉さんだっ!」
 納得したように、ルークがポンと両手を合わせる。
 その一言で、ファリファナは少年と何処で出会ったのか、すぐに思い出すことができた。
 キール人の前でファリファナが火の精霊ファラを遣ったのは、ただ一度だけ。王太子ザラヴァーン暗殺未遂事件の時だけだ。
「ルーク・ベイ……あなた、太子を狙った賊の一味ですの?」
 自然と口調に険が籠もってしまう。ファリファナにとって、ザラヴァーンは我が子にも等しい存在なのだ。その生命を奪おうとした者など、赦せるはずもなかった……。
「まっ、そういうことになるね」
「何故、太子の御生命を?」
「ラパス王が憎いから。単純な理由だよ」
 ルークの両肩がヒョイと竦められた。
「確かに陛下は……キールとイタールを併合致しましたわ。でも――」
「併合――なんて生易しいものじゃないよ、お姉さん。あれは、略奪。強奪。僕らの国は、ラパス王に乗っ取られた。滅ぼされたんだよ」
 黒い二つの目が、じっとファリファナに注がれる。彼の言葉が真実を衝いているから、押し黙るより他はなかった。
 ラパスにとって、それが良かれと思ってしたことでも、相反する者にとってはそうではないのだ。
 彼らはきっと、以前の暮らしに満足していたし、幸せだったのだろう。
 望まない変革――併合は、その幸せな生活を海の藻屑へと帰してしまったのだ。
 彼らにとってラパスは異端者。
 彼らはラパスの統治など微塵も望んではいないのだ。戦争が終結した、今も……。
「それだけじゃないよ。個人的には、ラパス王への憎悪は尽きない……。ミロ様を失った。アーナス様を殺された。恋人を奪われた。アイラ様は今、ラパス王に奪われ、囚われの身となっている。その他にも、たくさん大切な人を失った。失われた愛すべき人たちが、僕の許へ還ってくることは、もう二度とないんだよ……。だから、僕は――生きている限りラパスを赦さない」
 確固たる意志を秘めた眼差しが、ファリファナを直視する。
「じゃあ、アイラ様は貰って行くよ」
 押し黙ったままのファリファナに背を向け、ルークは横たわるアイラを両手に抱き上げようとした。
「お待ちなさい、ルーク・ベイ。本当にアイラ様の身を案じているのならば、今、そうするのは得策ではありませんわよ」
 ファリファナはルークを思い留まらせるように、その手を握った。
 驚いたように、ルークがファリファナを顧みる。
「明日、門が開きますわ。そんな時にアイラ様のお姿が消えてしまえば、陛下は……生き残っているキールの民を皆殺しに致しますわ。わたくしには、アイラ様がそれをお喜びになるとは到底思えません。陛下が民の虐殺を行うのを阻止するために、アイラ様はここに留まっているのですわよ」
「……確かに、お姉さんの言う通りかもね。アイラ様は優しいから、自分のせいで民が殺されるなんて、きっと耐えられない。……じゃ、今日は帰ろうかな。アイラ様の顔を見れたから、それだけでもよしとしなきゃね」
 独り言のように言葉を紡ぎ、ルークはアイラへと伸ばした手をアッサリと引き戻した。
「随分と諦めが早いのですわね?」
 幾分拍子抜けしたような調子で、ファリファナはルークを見遣った。
「お姉さん、いい人そうだし。敵の僕に開門のことを教えてくれるなんて、普通しないでしょ? それにお姉さんの言葉を聞いてると、アイラ様のこと本当に大切に想ってるみたいだから。これでも人を見る目はあるんだ、僕」
 屈託なく微笑み、ルークは軽やかに身を翻すのだ。
 唖然とするファリファナを尻目に、彼は闊達な足取りで扉へと向かう。
「アイラ様のこと、よろしくね。――じゃ、僕、まだしばらくカシミア兵の振りしてるから、悪いけど内緒にしといてね」
 ヒラヒラと片手を振り、ルークは何事もなかったかのように部屋を出て行ってしまった。
「……なっ、何ですの、あの少年?」
 残されたファリファナは、釈然としない面持ちで閉ざされた扉を見つめていた。
 突然現れて、突然去って行く。単身で敵の巣窟に侵入してくるほど、突拍子もない人物だ。
「妙な子供ですわね。でも……アイラ様の敵ではありませんわ」
 無意識に唇から安堵の吐息が洩れる。
 アイラのことを心から慕っている人物が、自分の他にもいる。その事実が、ひどく嬉しかった。
 アイラを護ろうとしているのは、自分一人だけではないのだ。
 もし、ファリファナがアイラを護り切ることができなくても、彼らがきっと護ってくれるだろう。
「わたくしは、この方と共に生きますわ――」
 アイラの寝顔を見つめながら、ファリファナは自己に対する確認のように囁いた。
 今夜のことは、自分の胸の裡だけに留めておこう。
 アイラの寝顔に見入りながら、密やかにそう決心した――


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2009.07.09 / Top↑
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