ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 アイラの姿が処刑台の上に現われた刹那、人々の怒号は波が引くようにしてに収まった。
 奇妙な静寂が広場一帯を支配する。
 誰もが固唾を呑み、驚嘆の眼差しでアイラを見つめていた。
 アイラは冷然とその場に臨む。
 両脇の親衛隊が枷を外し、両手を左右に高く掲げるのも――全て従順に受け入れる。
 両の手首には、新たな鉛の枷が付けられた。枷は、頭上の横木から伸びる太い鎖に繋がっている。両足には固定のために鎖が巻き付けられた。
 必然的に、アイラの身体は十字架に磔にされたような形となった。
 晒されたアイラの姿に、再び民の悲嘆と憤怒の叫びがあがる。中には、啜り泣いている者もいた。
 アイラは全身に民の悲鳴と視線を浴びながらも、毅然とした態度を崩さなかった。
 やがて、ルシティナに伴われて、ラパスがその漆黒の姿を台上に現わす。
 魔王の出現に、広場の喧騒が水を打ったように静まり返った。
「民と対面した気分はどうだ、アイラ?」
 ラパスは氷のような冷笑を刻み、アイラの傍らへ歩み寄ってくる。
 アイラは彼を無視し、頑なに前方だけを見据えていた。
「強情だな」
 ラパスの冷たい指が顎にかけられる。力任せに、ラパスの方へ顔を引き寄せられた。
「殺しはせぬが、轡は用意してあるぞ?」
 闇を想起させる二つの黒い瞳が、愉しげにアイラを覗き込む。
 アイラは躊躇わずにラパスの手を振り切り、拒絶を示すように首を背けた。
 処罰に際し、猿轡を施されるなど、自尊心が赦さなかった。
 民の前に、不様な姿を晒すわけにはいかないのだ。
「では、そのまま耐えるがいい。長くはかからぬ」
 クックッと喉の奥から押し殺した笑いを零し、ラパスはアイラに背を向けた。
 広場に集まった民に見せつけるように、ゆっくりとした動作で腰に携えた魔剣ザハークを鞘から抜き払う。
 広場に、息を押し殺す、緊迫した空気が張り詰めた。
 ラパスは民に対して一言も発せずに、踵を返す。
 愉悦に満ちた黒い双眸が、ひたとアイラに向けられた。
 アイラは目を逸らさずに、大きく息を吸い込んだ。
 幾万もの人の血を吸い、不吉に黒光りするザハークの切っ先が迫り来る。
 ラパスはアイラの胸に刃先を軽く押し付けると、一気にそれを振り下ろした。
 ズサッ、と衣服の裂ける音がする。
 だが、痛みは襲ってはこなかった。ザハークの刃は、アイラの肌に傷一つ付けることなく、衣服だけを切り裂いたのである。
 アイラが不審の眼差しを向ける中、ラパスは冷笑を湛えたままザハークを鞘に納めた。
 傍に控えていたルシティナがアイラに歩み寄り、裂けた上着を丁寧に剥ぎ取る。白い素肌の上半身が、外気に晒された。
「……耐えて下さい、アイラ殿下」
 耳元で囁き、ルシティナが背後に控える。
 ――何をする気だ?
 怪訝に思った瞬間、兵士が火鉢の中から棒状のものを取り出すのが見えた。
 鉄の棒の先端は、掌ほどの大きさの四角形を作っている。火に炙られた鉄が真っ赤に変色していた……。
 直ぐさま、アイラはそれが何であるかを悟った――焼き印だ。
 灼熱に焼かれた鉄の棒が、兵士の手からラパスの手へと移される。
 ラパスが残忍な笑みを浮かべた刹那――
「――くっ……!」
 胸の中央で、言い表しようのない熱と痛みが炸裂した。
 煙を吐き出す焼き印が、ラパスの手でしっかりと胸に押し付けられている。
 すぐに、肉の焦げる臭いが鼻をくすぐった。
 アイラは、喉から迸りそうになる叫びを押し留めるように唇を噛み締めた。
 目を大きく見開き、唇が切れるほど強く歯を食いしばる。
 全身から冷たい汗が噴き出した。
 凄まじい熱と痛みが、アイラの全身を侵す。
 叫びをあげているだろう民の声は、耳には届かない。
 それほどの衝撃だった。
 意識が弾け飛びそうになるのを懸命に堪える。
 失神することも、呻くことも――赦されない。
 こんな痛みは、失われた幾千幾万の民の生命に比べれば塵のようなものだ。
 アイラは気力を振り絞り、自身を侵す屈辱に耐えた。
「泣きも叫びもしないとは、見上げた心懸けだな」 
 しばらくして、ようやく焼き印が胸から離される。
 薄く笑い、ラパスは用済みになった焼き印を傍の兵士へと無造作に渡した。
 胸に、心に――酷い痛みを感じる。
 アイラは汗の滴る顔を下向け、己れの胸に刻まれたものを確認した。
 直後、痛みとは別の衝撃が全身を駆け抜ける。
 驚愕よりも怒りに目を瞠らずにはいられなかった。
 胸に捺された、生涯消えることのない烙印。
 双頭の竜。四隅に散りばめられた紅蝶――カシミアの紋章だ。
 アイラは自国の民が見守る中、敵国カシミアの――ラパスの所有物だという証を身に刻み込まれたのだ。
 これ以上の屈辱――陵辱はなかった。
「おまえは余の物だ。――日没まで、このまま晒しておけ」
 ラパスが酷薄に笑う。兵士に指示を与えると、彼は颯爽と台を降りて行った。
 アイラは、胸に残された紋章を厳しい眼差しで見据えた。
 胸の痛みよりも何よりも、矜持を打ち砕かれたことに腹が立つ。
 アイラが完全に己が掌中にあることを、ラパスはキールの民の前で見せつけたのだ。
 唯一生き残った王子を眼前で苛まれた民が、嘆きと憤怒の叫びをあげている。
 嗚咽混じりの悲痛な叫びは、永遠に続くかのように思われた……。


   

 処刑台から降りてくるラパスの姿に、ファリファナは無意識に鋭い視線を注いでいた。
 愛するアイラが穢される一部始終を見ていた。
 ラパスに対する怒りと哀しみが、嵐のように胸を吹き荒れている。
「怖い顔をするな、ファリファナ」
 ファリファナの視線に気づいたラパスが足を止め、苦笑を放つ。
「……惨いですわ、陛下」
 ファリファナは臆することなくラパスの視線を受け止めた。
「あのような仕打ち――わたくしでしたら、殺された方がまだましですわ」
「それでは、余の愉しみがなくなってしまう。アレは、生かしておいてこそ利用価値がある」
 唇に形だけの笑みを浮かべ、ラパスは悠然とファリファナの前を過ぎて行く。
 漆黒のマントを翻す後ろ姿を、ファリファナは昏い眼差しで見つめた。

 ――いつか、アイラ様は陛下に殺されてしまう。

「今、決めましたわ。わたくし――陛下と闘います」
 人知れず呟き、両の拳をきつく握り締める。
 炎のような双眸は、長い間、ラパスの消えた方角を睨み据えていた。
 

     *


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2009.07.09 / Top↑
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