ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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5.死の誘い



 大陸暦一二八六年・仲冬――


 ロレーヌの大地は、真白な雪で覆われていた。
 カシミアの王都アリトラも例外ではない。
 一面に広がる雪原――その小高い丘の上で、白亜宮は雪に紛れるようにして聳えていた。
 白亜宮の二階、奥まった一室は、冬の静けさに同調するように物寂しい雰囲気を漂わせていた。
 天蓋付きの寝台の中では、銀の髪の青年が昏々と眠っている。
 旧キール第二王子――ギルバード・アイラ。
 冬の初めに倒れて以来、彼は床に臥すことを余儀なくされていた。喀血が相次ぎ、起きているのさえ困難なほど、身体が衰弱し始めたのである。
 今では、目を醒ましている時間よりも、意識を失っている時の方が長い……。
 最後に喀血したのは、三日前。
 以後、アイラは一度も意識を取り戻していなかった。
「……アイラ様」
 ファリファナは、死んだように眠り続けるアイラの蒼白な顔に不安げな眼差しを注いでいた。
 ファリファナの隣には、国王ラパスと彼の親衛隊長であるルシティナが立っている。彼らも、アイラだけを見つめていた。
「容態はどうだ、シザハン大神官」
 ラパスがアイラから視線を外さずに、反対側の寝台脇に立つ青年に言葉を投げた。
 先ほどから、じっとアイラの片手を手に取っている青年――エルロラ神殿・大神官シザハンは、瞼を伏せ、哀しげに首を横に振った。
 マバリタの叛乱後、アリトラに帰還し、既に一ヶ月以上の月日が流れている。
 アイラの身体の変調を癒すために、ラパスは宮廷医師からカシミアの名だたる医師まで、数多くの医師を治療に当たらせていた。
 だが、結果は芳しくない。
 アイラの身を侵すのは、肺病。それも既に末期だという。
 ラパスは、医師や薬師による治療は功を奏さないものと見限った。
 そして今回、マデンリアの神殿に籠もっていたシザハンを呼び寄せたのである。アイラの異変を聞き、シザハンは直ぐ様駆けつけてきた。
「貴殿の魔術でも、どうにもならぬのか?」
「残念ながら……。私の魔術も及ばぬようです。アイラ殿下を患わせる病魔は、肺だけではなく腸や腎臓――他の臓器にも飛散しております。殿下の御身体は、既に魔物に支配された魔窟と成り果てておられです。如何なる魔術でも、その病魔を追い払うことはできないでしょう」
 シザハンは、アイラの手を握り締めながら報告した。哀しみに打ちひしがれる顔は、アイラと同じぐらい蒼白だ。
「嘘……ですわ」
 ファリファナは、泣き出したい衝動を堪えるようにきつく唇を引き結んだ。
「助からぬのか?」
 ラパスが無感情な声を紡ぎ出す。
 ラパスの声はいつものように冷たい。
 だが、その言葉の内容にファリファナは驚かずにはいられなかった。
 ラパスはアイラの生命を助けたいと考えているのだ。
 あれほど酷な扱いと残忍な仕打ちをしておいてなお、アイラに生きてほしい――と。
 何とも奇妙で歪んだ思考だ。
「長くても、あと半年でしょう」
 告げるシザハンの表情は沈鬱としていた。
「ラパス王、無理を承知でお願い致します。殿下は最早、余命幾ばくもございません。どうか最期に我々にお返しを――祖国の地で眠りに就かせてはいただけないでしょうか?」
 シザハンが嘆願する。
 愛する王子にキールの大地で生命を全うさせてあげたい。
 そんな強い想いが、彼の全身から醸し出さていた。
「聞けぬ願いだな」
 だが、ラパスはシザハンの意見を一蹴した。
「まだ快気せぬと決まったわけではない。余は、あらゆる手を尽くしてみせる」
 アイラを手放す気はない――ラパスはそう断言したのだ。
 シザハンの唇から嘆息が洩れる。
「あなたは我々からアーナス王女を奪いました。今度は――アイラ殿下を奪おうとなさるのですね」
 シザハンの双眸が、静かな怒りを湛えるように鋭利な光を宿す。
 それさえも、ラパスはぞんざいに無視した。
「遠路ご苦労だった、大神官。レンボスに部屋を用意させている。今日はゆるりと休み、明日キールへと発つがよい」
 ラパスは冷ややかに告げると、ルシティナを伴い部屋を出て行ってしまうのだ。
 残されたファリファナとシザハンは、短い沈黙の後、どちらからともなく顔を見合わせた。
「副宰相殿はアリトラに留まっているのですね?」
 アイラの話題を避けるように、シザハンはレンボスのことを訊ねてくる。
「ええ。レンボス様は、カシミアにお留まりになるご様子ですわ」
「そうですか……。殿下のお傍にいられる、という点では、副宰相殿は恵まれているのかもしれません」
 アイラを人質として取られ、シザハンらは形だけでもラパスに服従していた。
 レンボスを除く四人――シザハン、マロイ、パゼッタ、フェノナイゼは、既にカシミアを離れ、キールの復興に務めている。レンボスだけが、頑なにカシミア残留を主張したのである。
「つまらないことを言ってしまいましたね」
 ファリファナには関係のない話題だと気づいたのか、シザハンは自嘲めいた微笑みを浮かべた。
「では、私は下がらせていただきます」
 名残惜しそうにアイラの手を離し、シザハンは踵を返そうとする。
「あっ、シザハン様。もう少し、アイラ様のお傍にいて下さいませ」
 ファリファナは咄嗟にシザハンを呼び止めていた。不思議そうにファリファナを顧みるシザハンに、笑ってみせる。
「わたくし、シザハン様にお願いしたいことがありますの。用意ができるまで、アイラ様のお傍でお待ちになって下さらないでしょうか?」
「私は構いませんが……。殿下と二人きりにさせて、よろしいのですか?」
「シザハン様は、アイラ様の御身を大切に考えて下さる御方ですわ。わたくしがいなくなった隙に、アイラ様を何処かへお連れしてしまうような方ではありませんもの」
 ファリファナの言葉に、シザハンが困惑気味に微笑する。
 ファリファナはもう一度微笑むと、部屋を出て自室へと向かった。
『シザハンにお願いがある』というのは、決して嘘ではない。もっとも、つい先ほど思いついたものだが。
 アイラを祖国の地で眠らせてあげたい――そんなシザハンの言葉が、ファリファナを衝き動かしたのだ。
 自室に戻ったファリファナは、脇目も振らずに文机の上の紙に筆を走らせた。
 迅速に一通の手紙を書き上げる。
 ルーク・ベイに宛てた密書だった――



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2009.07.11 / Top↑
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