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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.07.11[10:19]
 ザラヴァーンを他の侍女に預けたのか、ファリファナはすぐに室内に舞い戻ってきた。
「お目醒めになられて、嬉しいですわ。このままアイラ様が消えてしまうのではないかと、とても心配致しましたのよ」
 弱々しい笑みを浮かべながら、ファリファナは寝台に歩み寄ってくる。彼女はアイラを直視するのを避けるように、寝台の脇にある花瓶に星花を飾り始めた。
「私は……どれくらい昏睡していた?」
 ザラヴァーンから貰った星花をファリファナに差し出しながら、アイラは訊ねる。今回の病臥はいつもより長く感じられた。
「四日ですわ」
 受け取った星花も花瓶に挿しながら、ファリファナが答える。
「昨日まで、シザハン様がお見えになっていましたわ。アイラ様のことを甚く心配していらっしゃいました」
「そう。シザハン大神官が……」
 シザハンが来たということは、それだけ病状が芳しくない証拠だ。それに、アイラが目醒めるのも待たずに帰ってしまうということは、既に手の施しようがない――そういうことなのだろう。
「私の生命は、どの程度保つのかな?」
「アイラ様――」
 突然の質問にファリファナが息を呑む。
「私の身を侵す病魔は――もう、払拭できぬのだろう? この身体は確実に死へと向かっている。違うか?」
 アイラは真摯な眼差しでファリファナを見返した。
 もう、目を逸らすことのできない真実――現実だ。
「アイラ様……」
 ファリファナは観念したように寝台の端に腰かけた。
 柔らかい手が、アイラの手に重ねられる。
「もって……あと半年だと――」
 告げるファリファナの声は震えていた。
「半年、か……」
 アイラの声も自然と震える。
 死は、もう間近に迫っていた。
 僅か半年で何ができるだろう?
 キールの民のために、何ができるだろうか?
「アイラ様」
 ファリファナの手が、強くアイラの手を握った。全身の震えを――心の慄きを止めようとするように……。
 不意に、その懸命なファリファナの仕種が愛おしく想えた。
 繋がれた手から、ファリファナの温もりが伝わってくる。
 その温もりを感じられることだけが、『まだ生きている』ということの証のようだった。
「ファリファナ――」
 唐突に、アイラは繋いだファリファナの手を自分の方へ引き寄せた。
 予期せぬ強い力に引かれて、ファリファナが不思議そうにアイラを見上げる。
 生命の活力に溢れた、美しい顔が間近にあった。
 強く輝く、烈々の魂――
 アイラは重い両腕に力を込め、ファリファナを抱き寄せた。
 驚愕に声も出せずにいる彼女の唇に、己れの唇を重ね合わせる。抵抗はなかった。
 逆に、ファリファナの両手が背中に回される。深く口づけるほどに、その手はアイラのことを必死に抱き締めた。

 身体が熱い。
 心が哭いていた――叫んでいた。
 まだ……まだ――

「死にたくない」

 唇を離した瞬間、本音が滑り出た。
「……アイラ様」
「まだ死にたくない――まだ、死ねない……」
 ラパスを斃すまでは死ぬわけにはいかない。
 ロレーヌの大地に、魔王を残すわけにはいかないのだ。
「アイラ様、愛していますわ」
 ファリファナが限りなく優しい笑みを浮かべ、口づけてくる。
 再び、身体の奥底から欲望が鎌首を擡げてくるのをアイラは感じた。
 死の影に囚われていながら、それでも肉体と魂は切望する。
 ファリファナに対する欲望。それは、紛れもなく生への執着だった。
 彼女に対する想いと突き上げてくる欲情は――生きていることの証明だった。
「私は……卑劣だ。今更ながら、あなたを欲しいと想う――」
「構いませんわ。だって、わたくし、ずっとそれを望んでいましたもの」
 艶冶に微笑み、ファリファナは躊躇うことなくドレスを脱ぎ捨てた。
 完璧な美を保つ若い肉体が、惜しげもなくアイラの眼前に晒け出される。
 生気に満ちた、美しい躰だった。
「……綺麗だ」
 アイラは純粋な感想をそのまま唇に乗せる。
 ファリファナは微笑みながらアイラに身を寄せてきた。
 唇が重なり合う。
「死なせませんわ。わたくしが、死なせませんわ」
 アイラの頬に両手を添え、ファリファナは強く言い切った。
 炎のように燃える眼差しが、アイラに注がれている。
 ――これも、運命の環に組み込まれたものなのだろうか?
 死にゆくアイラの希望は、目の前にいる、この美しいファリファナだ。
 紅い髪と瞳――死者に捧げられる紅蝶(フレイア)。
 これは、神からのせめてもの手向け――慈悲なのだろうか?

「アイラ様――」
 しなやかな手がアイラの夜着を脱がす。
 柔らかい唇が、ラパスの刻印の上を労わるように滑った。
「愛してる、ファリファナ――」
 アイラはファリファナの首筋を引き寄せ、その紅い髪に指を絡ませた。
 濃密な口づけが交わされる。
 アイラは、病に侵された肉体のことを念頭から締め出すように、無我夢中でファリファナの柔らかい躰を抱き締めた。

 まだ死にたくない――まだ死ねない。

 ――私は、生きている。



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