ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ファリファナとの長い抱擁の後、アイラはしばし一人だけの世界に浸っていた。
 隣では、彼女が微睡んでいる。
「ラパス……」
 自然と、目が胸に刻印された紋章へと吸い寄せられる。
 今の自分が、カシミアに――ラパスに属していることを明示する忌まわしい傷痕だ。
 だが、自分は決してラパスの物ではない。
 烙印を押されようと、幽閉されようと、キールの第二王子ギルバード・アイラに他ならないのだ。
「アーナス……」
 アイラは、無意識に胸に垂れる首飾りを握り締めていた。
 神剣ローラを手放し、それでもラパスに果敢に立ち向かったという妹。
 死に際して、その瞳に映ったものは何だろうか?
 心を占めたものは何だろうか?

 愛する夫と子供のこと。
 ラパスへの憎悪。
 死への恐怖。
 そして、未来への希望――

 妹は、避けられぬ己れの死を予期していた。
 だから、ローラを手放したのだろう。
 未来を託したのだ。己れの子供とローラに……。
「私には、未来に託すものなど何もない……。だから、生きるよ。この身体の限界がくるまで、己が意志を貫き通し――」
 誰に告げるでもなく宣言し、アイラは首飾りから手を離した。
 病に侵された身体は、情事の余韻を引きずり、いつにも増して重く気怠かった。
 身体に負担をかけぬよう緩やかな動作で夜着を着込むと、寝台を降りた。
 寝台の下に片手を滑り込ませ、以前パゼッタから受け取った包みを引き寄せる。
 そこからギルバード王家の紋章が刻まれた腕輪を取り出す。剣は元の場所に戻し、再び寝台に身を潜り込ませた。
「……アイラ様?」
 ふと、ファリファナの真紅の眼差しがアイラに注がれた。
 アイラの動く気配に目を醒ましたのだろう。
「おはよう。もうじき夜明けだよ」
 軽く微笑み、ファリファナの額に口づける。
 唇を離した途端、ファリファナは急に現実に立ち返ったように飛び起きた。
 驚愕の表情でアイラを見返した後、己れの身体に視線を下げる。そして、一糸纏わぬ裸身を確認し、慌てて毛布を肩まで引き上げるのだ。
「夢では……ありませんのね?」
 頬を薔薇色に染め、ファリファナが恐る恐るアイラに視線を戻す。
「夢ではないよ」
「……後悔してるのではないですか?」
「何故?」
「わたくしは……気が強いだけで、何の取り柄もない女ですわ。アイラ様には、その……もっと相応しい女性がいるのでは、と――」
 恥じ入るようにファリファナは顔を俯ける。
 アイラは苦笑を浮かべた。
「馬鹿なことを。……後悔しているのは、あなたの方じゃないのか? 死にゆく男と――」
「そんなことはありませんわ!」
 アイラの言葉は、ファリファナの声に遮られた。
 ファリファナが顔を上げ、真摯な眼差しをアイラに向けてくる。
「わたくしは、アイラ様が好きですもの。愛する人と結ばれたいと望み、願い――今、それが成就されました。こんなに幸せなことは他にありませんわ」
「そうだね……。私はずっとあなたの強さに励まされ、惹かれていた」
 アイラはファリファナの髪を指で掬い、そっと口づける。
「ファリファナ、これをあなたに――」
 手にした腕輪をファリファナの掌に乗せる。
 ファリファナは、しばし見事な金細工の腕輪に見入っていた。
「これは――キールの紋章では……?」
 ようやくその腕輪の意味を知り、目を瞠るファリファナ。
「あなたに持っていてほしい」
 アイラは、腕輪を乗せたファリファナの手に自分の手を重ね合わせた。
「わたくし……わたくし――もう、ファリファナ・ルフィカスタではありませんのね」
 信じられない、というようにファリファナが呟く。
「ギルバード・ファリファナ。何だか少し語呂が悪いですわね」
 冗談混じりに告げながら、ファリファナは心からの微笑みをアイラに向けるのだ。
「ファリファナ。あなたは、私のたった一人の妻だ。生涯――未来永劫……」
 アイラはファリファナを抱き寄せると、その柔らかい唇に口づける。
 互いの心を貪るように、二人はきつく抱き締め合った。
 赦された幸せな時間は、残り僅かしかない。互いにそれを知悉していた。
 触れ合う唇を――繋がった心を離したくはない。
 今生の別れが二人を引き裂く、その日まで……。



     「6.真冬の狂宴」へ続く



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2009.07.11 / Top↑
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