ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「私を――殺せっ!」
 繰り返される魂の叫びが、天王の胸を鋭く射抜いた。
 己が結論を出すのを引き延ばした結果が――《今》なのだ。
 どんなに辛くとも、天王はそけを認識しなければならなかった。
 救いを求める紫姫魅の手を振り払ったことの結末が、目の前に在る。
 三人の七天を死なせ、友を狂わせてしまった。
 妖魔の餌食にさせてしまったのだ――
 唐突に、紫姫魅が地を蹴る。
 剣を構え、天王目がけて疾駆してくる。
「死ねっ、天王っっ!!」
 妖魔の嬌笑が、紫姫魅の唇を割って出る。
「あの時、私が……おまえの願いを聞き入れていれば――殺していれば、こんなことにはならなかったのだな……」
 ずっと握り締めていた拳を緩め、天王は再び愛刀へと手を伸ばした。
 迷いのない手が剣の柄を握る。
「我らが妖魔の恨み――その身に受けるがいい!」
 紫姫魅の口から妖魔の怨嗟が迸る。
 黒曜石を思わせる美しかった双眸は、今や爛々と赤光を放っていた――紛れもない妖魔の眼だ。
 天王の数メートル手前で、紫姫魅は力強く跳躍した。
 振り翳した剣が光を受けて輝く。
 天王は、動じることなく紫姫魅を見上げた。
「――赦せ、紫姫魅」
 優麗な顔に翳りが射し、一瞬の後に消え去る。
 天王は剣を鞘から抜き払った。
「消えろっ、天王っっ!!」
 紫姫魅が狂乱の叫びをあげ、剣を振り下ろしてくる。
 ガシャンッ!
 よく磨かれた水晶の如き透明な刃が、紫姫魅の剣を受け止めた。
「――くっ!」
 天王は紫姫魅の剣の重さに耐えながら、神力を己の剣に集中し始める。
 すぐに黄金色の光が刀身に集結した。
 紫姫魅の剣も同様に神力を発揮し、紫光を纏っている。
 光と光がぶつかり合う。
 黄金と紫の眩い光が、互いの力を誇示するように一気に膨れ上がった。
 交差された剣と剣の隙間で、二人の視線が絡まり合う。
 天王は黄昏色の瞳で紫姫魅を捉え、微かに失望の色を滲ませた。
 目の前にいるのは、紫姫魅であって紫姫魅ではない。妖魔の蠱惑的な紅い双眼が、殺意と憎悪を孕んで天王を睨めつけている。
 ――これは妖魔。紫姫魅ではなく、最早妖魔なのだ!
 天王は強く己に言い聞かせた。
「紫姫魅、私は、おまえを救うために……おまえを――殺す!」
 天王の黄昏色の双眸がカッと見開かれる。
 転瞬、力の均衡が崩れた。
 天王が渾身の力を込めて紫姫魅の剣を弾き飛ばしたのだ。
 紫姫魅の手を離れた剣が、遠く離れた地面にガツッと突き刺さる。
 次いで、黄金色の光の波が紫姫魅を襲った。
「――ぐはっっ……!!」
 膨大な光の塊が紫姫魅を跳ね飛ばす。
 光が鋭い刃と化し、紫姫魅の身体を斬り割いた。
 閃光の洪水に翻弄され、紫姫魅の身体が宙を舞う。
 数十メートルも吹き飛ばされた後、紫姫魅は庭園の巨木に叩き付けられた。衝撃のままに身体が地面に向かって跳ねる。
 そのまま彼は、力なく地に伏せった。
「――紫姫魅!」
 天王の足は無意識に地を蹴っていた。
 倒れた友を見て、身体が反射的に動いたのだ。
「……る……なっ……久…那沙――」
 ゆるりと紫姫魅の顔が上がる。
 彼の声は確かに耳に届いたが、天王は構わずに駆け寄った。
「――つっ……」
 紫姫魅が身体を痙攣させながらも、両腕を突っぱねて上体を起こす。
 胸の中央にかなりの出血が見られた。
「うっ――ぐぅっ!」
 不意に、口から血の塊が溢れ出す。
 それは青に近い紫色をしていた。
 ゴボゴボと温泉のように湧き出す鮮血が、地面に不吉な血溜まりを造る。
 折れた肋骨が肺を突き破ったのだろう……。
 苦しむ紫姫魅の姿は、天王の胸に鋭い楔を打ち込んだ。心が痛切な悲鳴をあげ、見えない血を流す。
「……久那沙――」
 紫姫魅が弱々しく天王を呼ぶ。
 天王を見上げる眼差しには確かな懇願が含まれていた。
 美しい黒曜石の瞳――その晴眼に時折チラと真紅の光が走る。妖魔が再び紫姫魅の表へ出て来ようと藻掻いているのだ。
「赦せ、紫姫魅」
 掠れる声で呟き、天王は意を決して剣の柄を握り直した。
 紫姫魅の傍らに膝を着き、彼の肩に手をかける。
 素早く身体を仰向けに返すと、剣の切っ先を紫姫魅の心臓へと定めた。
 長く苦悶せぬように、迅速かつ的確に最期の一撃を繰り出す。
 肉を突き抜ける重い感触。
「――うっ……!」
 紫姫魅の口から溢れる血の量が一気に増す。
 天王の剣は、紫姫魅の心臓と肉と骨を貫き、彼の背へと姿を現した。
「あっ……ぐっ……!」
 紫姫魅の唇から血液とともに小さな呻きが洩れる。
 彼は震える手で己の身体に刺さっている剣を掴むと、自らの手でそれを思い切り引き抜いた。
「――はっ……!」
 刀身を握り締めた片手と傷口から鮮血が噴き出す。
 飛沫が天王の髪や顔を打った。
「……久那……沙……」
 弱々しく天王を見つめる紫姫魅の瞳は、妖魔の赤光ではなくいつもの凛然とした光を湛えていた。
 ズルッと紫姫魅の手から天王の剣が零れ落ちる。
 紫姫魅の背が苦痛を訴えるように大きく仰け反った。
「――紫姫魅っ!?」
 天王は慌てて紫姫魅の身体を両手で抱き直した。
「すまない……私に天王としての力量がなかったために――」
 天王は徐々に力を失ってゆく紫姫魅をひしと抱き寄せた。最大限の愛情を込めて――
「あの時、私がおまえの手を振り払ったから――結果として、追い詰めてしまったのだな……」
「違う……久那沙……私は――本当に悧魄を……助けてあげたかっただけだ……」
 紫姫魅の震える手が天王へと伸ばされる。
 紫姫魅の指先から滴る青紫の体液が、つと天王の頬を伝った。
「初めて逢った時……彼は死を望んでいた……。天と人の混血でありながら、そのどちらにもなれず――どちらからも見放され、自ら生命を絶とうとしていた……。記憶を封じ、傍に置いたものの……中々心を許してはくれなかった。ゆっくりと……長い年月をかけて、ようやく……ようやく、私を慕ってくれるようになったというのに――」
 苦しげに言葉を紡ぐ紫姫魅の瞳からは、いつしか涙が零れ落ちていた。
 気位の高い紫姫魅が初めて他人に見せる涙だった……。
「久那沙……悧魄は殺さないでくれ……あれに……罪はない」
「……解っている。何も咎めはしない。だから――泣かないでくれ、紫姫魅」
「泣いているのは……おまえの方だろう」
 紫姫魅の美貌に微かな笑みが広がる。
 紫姫魅の血塗れの指が、天王の双眸から零れ落ちる透明な滴を静かに拭う。
「久那沙……私の――光……」
 紫姫魅が眩しげに目を細める。
「おまえに出逢い、おまえの手で逝けることに――感謝する……。私は……おまえを――」
 ふと、紫姫魅の手が天王の頬から離れ、地面へと落下する。
「紫姫魅っ!?」
 天王は恟然と腕の中の友を見遣った。
 虚ろな眼差しが天王を見返している。
 天王は慌てて片手を紫姫魅の唇に当てた。
 微かに触れる吐息――
 天王の指先を感じたのか、端麗な顔にもう一度笑みが花開く。
「――――」
 紫姫魅の唇が音を成さずに何事かを紡ぐ。
 スーッと閉ざされる瞼。
 それきり紫姫魅は微動だにしなくなった……。
「紫姫魅っ!? 紫姫魅――!」
 天王は急激にぐったりとした紫姫魅の身体を激しく揺さぶった。
 だが、紫姫魅が再び目を開けることも、応えを返すこともない。
 腕の中の紫姫魅は既に事切れている。
 その現実を認識した瞬間、天王の心を目に見えぬ鋭利な刃が貫いた。
 胸を抉った疵が癒えることはないだろう……。
「……全ての咎を忘れて、ゆっくり眠るがいい、紫姫魅」
 己の手で殺めた紫姫魅の亡骸を、天王は強く抱き締めた。
 微笑んだまま逝った紫姫魅の額に、そっと右手を当てる。
 掌から黄金色の光が放出され、瞬く間に紫姫魅の身体を包み込んだ。
 柔らかく、温かな光の中で、紫姫魅の輪郭は徐々に薄れ始め――最後には黄金色の輝きの中に融け込んだ。
 紫姫魅であった片鱗は、もう何処にもない。
 天王の腕の中で紫姫魅は光と化した。 
 光は無数の小さな球体へと変化し、一つ――また一つと天王の腕から離れてゆく。
「この罪、生涯忘れはせぬ――」
 天高く舞い上がる荘厳な光の群れを、天王はいつまでも見つめていた――



     「終章」へ続く



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2009.07.11 / Top↑
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