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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sat
2009.07.11[22:23]
6.真冬の狂宴



 大陸暦一二八六年・晩冬――


 冬が己が栄華を誇示するようにカシミアを極寒の大地へと変貌させた、ある日――
 アイラは、ファリファナとザラヴァーンと共に自室で談話を楽しんでいた。
「今日は冷えましたわね」
 窓から外を眺めながら、ファリファナが告げる。
「雪が降らないだけ、ましだよ」
 膝に乗せたザラヴァーンの髪を手で撫でながら、アイラは相槌を打った。
 格子の填められた窓から見える外界は、一面の雪で覆われている。
 黄昏時のせいか、雪は沈み行く陽光を浴びて赤紫色に輝いていた。
「明日も晴れたら、外に遊びに行きましょうね、アイラ様」
 ザラヴァーンが無邪気に笑う。
 ファリファナと一夜を共にして以来、不思議とアイラの体調は安定していた。決して芳しくはないが、それ以上良くも悪くもならない、という平行線を辿っているのだ。肌に刺さる冬の寒さにも耐えられそうな気がする。
「ええ、晴れたらいいですね」
 笑顔で返答を述べ、アイラはザラヴァーンの髪を指で梳いた。
「――アイラ様」
 不意に、ファリファナが窓外に視線を向けたまま硬い声をあげる。
「どうした?」
 ザラヴァーンを膝から降ろし、アイラは寝台を抜け出した。
「何か……庭の中で動いていますわ」
 強張った声を不審に思い、彼女に倣って窓外の景色に目を馳せる。
 一瞥しただけでは異変は察知できなかった。
「……人間?」
 だが、よくよく目を凝らしてみると、確かに雪に埋もれた庭で何かが蠢いていた。
 雪と同化するような白装束を纏った人間――
「こんな真冬に、襲撃でもするつもりですの?」
「冬に戦を仕掛けるのは、地形が不鮮明なことや補給が困難なことから常識的には避けられている。だが、その盲点を突き、奇襲をかけるのならば、成功する可能性はある。もっとも、緻密な計画を立てねばならないけれどね」
 アイラは庭を徘徊する人影を胡乱げに見つめた。
 冬の景色は、巧妙に侵入者の姿を隠蔽していた。白装束を着ていることから、彼らが計画に基づいて行動していることが窺える。
 突発的ではなく、狙った犯行なのだ。
「冬は、白亜宮の警備も疎かになりますわ。用意周到に準備を行え……ば――」
 独白めいた呟きを洩らした後、ファリファナは何かに勘づいたように目を瞠った。
「ルシティナに報せなくていいのか?」
「――はい」
 アイラの問いに、ファリファナははっきりと頷いた。
「……ファリファナ?」
 ファリファナの返答を怪訝に思い、アイラは両手で彼女の肩を掴み、自分の方へと向かせた。
「わたくし……シザハン様にルーク・ベイ宛ての書簡を託しましたわ。この白亜宮の細密な見取り図を差し上げましたの」
 淡々と告げるファリファナの顔には、希望に満ちた笑みが浮かんでいる。
 聡いアイラには、彼女のその言葉だけで充分だった。
「ルークに? では、あれは――」
 ファリファナから手紙を受け取ったルークは、白亜宮襲撃の計画を練ったのだろう。
 そして今、それを実現しようとしている。
「はい。おそらく、アイラ様の祖国――キールの兵士たちですわ」
「キールの……」
 アイラは茫然と窓に視線を戻した。
 刹那、
 ドォォォォォォォォォンッッッ!!
 大地を鳴動させるような爆発音が、耳をつんざいた。
 次いで、白亜宮の何処かが多大な損傷を受けたことを証明するように、建物自体が縦横に激しく揺れる。
「――太子!」
 地震のような揺れに、ファリファナがザラヴァーンの元へ駆け寄る。すかさずザラヴァーンを腕に抱き上げた。
「敵襲だ!」
「奇襲だぞ! 急ぎ、配置につけっ!」
 俄かに宮中が騒然となる。
 廊下を幾多もの兵士の忙しない足音が往来する。
 遠くから、鬨の声が地響きのように聞こえてきた。
「キールの残兵だ!」
「陛下を御守りしろっ!」
 次から次へと兵士たちの間を言葉が飛び交っている。
「ファリファナ――」
 廊下から聞こえてくる慌てふためいた声に、アイラはファリファナの告白が真実であることを悟った。
 間違いなく、この白亜宮にルークたちが襲撃をかけているのだ。
「部屋の鍵は開いていますわ。キールへお帰り下さいませ、アイラ様」
 ファリファナがザラヴァーンを抱いたまま、アイラに歩み寄ってくる。その顔には、何かを達観したような――諦めたような、哀しげな表情が浮かんでいた。
「ファリファナ……」
「わたくしは、ここに残りますわ。太子を一人にはできませんもの」
「だめだよ、ファリファナ」
 弱々しくザラヴァーンが首を横に振る。
「アイラ様、時間がございませんわ。警護の者が来る前に――」
「ファリファナ……」
 アイラには、彼女の名前以外、他に言葉を見つけることができなかった。
 機会が到来したことは重々承知している。
 だが、アイラは逡巡していた。
 ファリファナを置いてゆくことが偲びない。
 愛する者を犠牲にしてまで、祖国に帰ってもよいのだろうか?
 アイラは困惑していた。
 多分、これが自分に与えられた最期の機会だ。
 祖国には帰りたい。切に願う。
 同時に、ファリファナと離れたくない、とも――
「ファリファナ……」
 アイラは、片手をファリファナに向けて差し出しかけた。
 即座に、ファリファナの首が横に振られる。
「アイラ様は、ここにいるべき人間ではありませんわ。わたくしの……いえ、シザハン様やルーク・ベイ。そして、アイラ様を救出したい一心でここまでやってきた民の心を無駄にはしないで下さいませ」
 子供を諭す母親のような口調で、ファリファナは凛然と告げるのだ。
「民のことを考えるのなら、この騒ぎに乗じてキールの者と合流すべきですわ。民は、それを望んでいるはずです。どうか、その足でキールの大地をお踏みになって下さい」
 ファリファナの言葉は核心を衝いていた。
 民は、アイラを祖国に連れ帰りたいからこそ、カシミアの王都にまで乗り込んできたのだろう。
 民は、象徴を――王子としてのアイラを求めている。
 パゼッタやフェノナイゼらが、密かに面会に訪れた時とは訳が違う。
 アイラが救出と帰還を拒めば拒むだけ、民の生命が削られてゆくのだ。
 民は、その目的を果たせぬまま、ラパスに殺戮されるのだ……。
 アイラはファリファナに視線を据えたまま、両の拳をきつく握り締めた。
「あなたは誰です?」
「私は……キールの第二王子――ギルバード・アイラだ」
 アイラは毅然と断言する。
 途端に、ファリファナの顔が満足げな微笑みに彩られた。
「それでは、お行き下さいませ」
 ファリファナの言葉に大きく頷き、アイラは寝台へと急いだ。
 一度決断してしまえば、心はアイラを急き立てる。駆り立てる。
 ――戦え。
 剣を取って、民と共に戦え、と。
 アイラは、隠しておいた剣を取り出そうと寝台の下へ手を伸ばした。
 直後、不審に強く眉根を寄せる。
 あるはずの包みの感触が無かった。慌てて、寝台を覆う布をはね上げる。
 そこにあるのは、薄暗い空間だけだった。
 ――誰かが気づいた……!
 包みは、何者かに持ち去られたのだ。
 悔しさに、アイラは下唇を歯で噛み締める。
 転瞬、静かに扉が開閉する音が耳を掠めた。
「ルシティナ様……!」
 ファリファナの息を呑む気配。
 アイラは立ち上がり、厳しい眼差しで扉の方を顧みた。
 黒衣の青年が悠然と佇んでいる。
「探し物は、これですか?」
 ルシティナの手には、アイラ専用に造られた二振りのレイピアが握られていた。



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