ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「アイラ殿下、これをお探しでしょう?」
 唇の端に憐れむような笑みを刻み、ルシティナがアイラを見つめる。
「おまえ、か……」
 運が悪い。剣を発見したのは、ラパス腹心――ルシティナだったのだ。彼が剣を返してくれるとは、到底考えられなかった。
「ルシティナ様、どうかお見逃し下さいませ」
 予期せぬ闖入者の出現に驚きながらも、ファリファナが懇願する。
 この機を失すれば、アイラがキールの大地に足を踏み入れることは、二度とないだろう。
「冬だから奇襲など有り得ない、と高を括っていました。迂闊でしたね。アイラ殿下を救うために、キールの残兵がここまで結集するとは……。宮殿内に侵入した者もかなりいる様子ですよ」
 ファリファナを一瞥した後、悠長にもルシティナは語る。宮殿が侵略されている最中だというのに、余裕を窺わせる態度だった。
「こんなところで寄り道をしていていいのか? 大切なご主人様を護らなければならないんじゃないのか?」
 鋭利な視線をルシティナから外さずに、アイラは言及した。
「すぐに陛下のもとへ行きますよ。でも、途中で《これ》のことを思い出しましたので。剣がないとお困りになるでしょう」
 ルシティナはにこやかに微笑み、二つの剣を揺らしてみせる。
 銀細工の鞘に納められた剣を、アイラは歯痒い思いで見つめた。
 力ずくでも剣をルシティナから奪い返したいが、体力で劣るのは目に見えていた。
 あれのどちらか一本でも手許にあれば、ルシティナに勝つ算段がないわけではないのだが……。
「――どうぞ」
 アイラの胸中を見透かしたように、ルシティナが苦笑を浮かべる。
 直後、彼の手から二つの剣が放り出されたのだ。
 綺麗な放物線を描き、レイピアがアイラへと向かって宙を舞う。
 反射的に、アイラは片手で二つの柄を受け取っていた。
「……何の真似だ?」
 予期せずして手中に戻ってきたレイピアを見、眉をひそめる。次に、猜疑の眼差しをルシティナに注いだ。
「俺にも陛下の酔狂さが伝染ったようで……」
 アイラの問いに、ルシティナは自嘲するように肩を聳やかす。
「アイラ殿下の剣技を、もう一度見てみたいという欲求に駆られただけです。滅多に――いえ、これが最後の機会かもしれませんから」

 ――遅かれ早かれ、あなたは死んでしまうのだから。

 ルシティナの双眸はそう語っていた。
 アイラの未来に待ち受けているのは、《死》のみ。
 剣を手に取り、キール軍と合流したとしても、《死》からは逃れられない。
 ほんの少し、生きる時が伸びるだけだ……。
「お節介な感傷かもしれませんが、俺は殿下に最期だけでも自由に生きてほしいのです。同じ剣士として――」
「……後悔するぞ」
「しませんよ。自分で決めたことですから」
 ルシティナの顔に、再び明るい笑みが浮かび上がる。
 残り僅かな時間を思うがままに生きろ――ルシティナはそう告げているのだ。
「アイラ様、お急ぎ下さい――」
 ファリファナが懇願の眼差しを向けてくる。
「姫の言う通りです。見逃すのはこれきりです。次に顔を合わせた時、俺は容赦なくあなたを切り刻みますよ」
 双眸に昏い光を宿らせ、ルシティナが微笑む。ラパスに酷似した冷笑だった。
「それから、姫――あなたも行かれた方が良いのではないでしょうか」
「ルシティナ様?」
「姫がそうしたいのならば、ですけれど。『ルフィカスタ』の名は棄てたのでしょう?」
「ですが、わたくしは――」
「ただし、王太子殿下は返していただきます」
「わたくしは……わたくしは――」
 ファリファナの視線がザラヴァーンからアイラへ、アイラからルシティナへと忙しなく泳ぐ。
「ファリファナ――」
 躊躇するファリファナに向け、アイラは片手を差し出した。

 ――共に生きてほしい。

「わたくしは……。太子――」
 ファリファナが、今にも泣き出しそうな顔で腕の中のザラヴァーンに視線を落とす。
「ファリファナが幸せだと、僕も嬉しいな」
 ザラヴァーンの顔には、とても子供とは思えない達観した笑みが浮かんでいた。
「太子、太子――!」
「ファリファナはアイラ様と一緒じゃなきゃだめだよ」
 言い終えないうちに、ザラヴァーンはファリファナの手からスルリと抜け出し、床に降り立っていた。
「僕は、平気」
 自らルシティナのもとへ歩み寄り、その足にしがみ付く。
「太子……お赦し下さい。わたくしは、太子と同じくらいアイラ様が大切なのですわ」
「うん。知ってるよ」
「わたくし――アイラ様と共に参りますわ」
 ファリファナがザラヴァーンに笑顔を向ける。
 その紅い瞳からは、透明な液体が静かに流れ落ちていた。
「姫、お元気で――と、言うのも変ですね。王太子殿下は必ず大切に御護り致します」
 そう言って、ルシティナは腰に携えた短剣を鞘ごと外し、ファリファナに放り投げた。
「ルシティナ様……。ありがとうございます」
 両手で短剣を受け取り、ファリファナが頭を下げる。
「ファリファナ」
 アイラは、ファリファナに向かって再度手を差し伸べる。
 ファリファナが顔を上げ、しっかりとアイラを見返した。
 決意を秘めた眼差しが重なり合う。
「お供致しますわ、アイラ様」
 ファリファナの手が、今度は迷うことなくアイラの手を握った。
「ファリファナ。僕、きっとファリファナに恥じないような王様になるよ。そうしたら、その時は、また僕に逢いに来てくれるよね?」
「太子……。ええ、勿論ですわ、太子!」
 ザラヴァーンのもとへ駆け寄りたいのを堪えるように、アイラの手を握るファリファナの手に力が加わる。
「いつか、また逢いましょう、ザラヴァーン様」
 アイラも強くファリファナの手を握り返した。
 そのまま足早に扉へと向かう。
「ファリファナ――!」
 別れを惜しむようなザラヴァーンの声に、ファリファナの全身が震えた。
「太子……」
「ファリファナッ!」
 痛切な子供の叫びは、アイラの胸にも痛いほど突き刺さる……。
「……太子。強くおなりなさい」
 ファリファナがゆっくりと首だけを捻じ曲げ、ザラヴァーンを顧みる。
「太子にとって、何が大切なのか、何が真実なのか、その目で――心で、しっかりと見定めるのですわよ。いずれ、道を――未来を選択する時がやってきますわ。その時は……迷わず、御自分の御心のままに生きなさいませ」
「うん……約束するよ、ファリファナ!」
 ザラヴァーンの返事を聞き、ファリファナは満足したように微笑んだ。
 その瞳からは、涙が止めどなく溢れ続けている。
「愛してますわ、太子――」
 その一言を残し、ファリファナは、この宮殿での全てを断ち切るような激しさで扉を押し開いた。
「行こう」
 アイラは、素早くファリファナと視線を交差させると扉の外側へと飛び出した。



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2009.07.11 / Top↑
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