Sat
2009.07.11[22:36]
すぐに、騒然とした宮中の光景が飛び込んできた。
至る所で、カシミア兵とキール兵が死闘を繰り広げている。
兵士たちの怒号、悲鳴。
剣と剣がぶつかり合う金属音。
血の臭い。
戦場と化した宮殿の光景に、アイラの心は奇妙に高鳴った。
――これが最後だ。
緊張と昂揚に、きつく唇を噛み締める。
「王子だ! キールの王子が脱走したぞっ!!」
「逃がすなっ!」
目敏くアイラの姿を確認したカシミア兵が、驚愕の叫びをあげる。
瞬く間に、長い回廊をカシミア兵が塞いだ。
「あなたを愛してる」
唇の戒めを解き、アイラは心のからの言葉をファリファナに贈った。
「わたくしもですわ、アイラ様」
軽く微笑み合い、二人は繋いだ手を静かに離した。
「私より前に出ないように――」
アイラはレイピアを鞘から抜き払った。
「アイラ様の負担になるのは嫌ですわ。自分の身は、自分で護ります」
ファリファナが気丈にも短剣を両手に握り締める。その瞳から既に涙は引いていた。
アイラは、それ以上何も言わずに鞘を床に投げ捨てた。
二つのレイピアを、それぞれの手にしっかりと握る。
懐かしい感触がした。
レイピアを持つのは、これが最後になるだろう。
病で衰弱した肉体には限界がある。
精神力だけで、どこまで保つだろうか?
計算しかけて――やめた。
そんな計算など、何の役にも立ちはしない。
実質、一年半以上、剣を持って戦っていないのだから……。
限界が訪れる、その瞬間まで突き進むしかないのだ。
「キールの王子を捕らえろっ!」
「決して逃がすなっ!!」
必死の形相でカシミア兵らが詰め寄ってくる。
アイラは冷静にレイピアを構え直した。
ファリファナを護るために、ここまで乗り込んできたキールの民に応えるために、己れの意志を貫き通すために――鬼と化そう。
ラパスの息の根を止めよう。
残された時間は、僅か。
最後の舞台だ。
アイラは迫り来るカシミア兵に視点を据えた。
蒼い両眼に冴え冴えとした光が輝く。
王子から剣士へと意識が切り替わる瞬間だった。
「うおぉぉぉっっっ!」
カシミア兵の一人が、アイラに向かって大きく剣を振り翳す。
アイラの身体は軽やかに、床を蹴っていた。
振り下ろされる剣の刃をかいくぐり、相手の懐に飛び込む。
同時に、右のレイピアが鮮やかに相手の喉を水平に掻き切っていた。
確かな肉の手応えがあった。喉を切られ、相手は悲鳴をあげられずに一歩後退した。
僅かに遅れて、血の噴水が喉から迸る。
アイラの頬にも返り血が付着した。頬を伝う血が唇に流れ落ち、口内に広がる。
生臭い血の味を感じた刹那、肉体の痛み、気怠さが一気に飛散した。
精神を占めるのは『殺さなければ、殺される』という概念のみ。
ここは紛れもなく戦場。
そして、アイラは紛うことなき剣士だった。
「王子を逃がすなっ!!」
「殺してでも、この宮殿から出すなっ!」
カシミア兵の憤怒と驚愕の入り混じった叫びが飛び交う。
目の前に突き出された刃を見た瞬間、アイラの身体は高く跳躍していた。
左右のレイピアがカシミア兵の両肩を同時に裂く。
態勢を崩した男の頭を踏み台にし、更に跳躍する。
落下地点には、剣を振り上げる新たな敵がいた。
アイラは敵の剣を左のレイピアで払い、残る一方のレイピアの切っ先をその眉間に打ち込んだ。そのまま落下速度を利用して、剣に体重を乗せる。
「ぎゃあぁぁぁっっっ!」
眉間を打ち抜かれた男は、容易に床に倒れた。
「ファリファナ!」
仰向けに倒れた男の頭に足をかけ、一気にレイピアを引き抜く。
ファリファナが隣に並んだのを確認して、アイラは俊敏に床を蹴った。
立ち止まっている暇はない。
目指すは、ラパスだ――
*

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至る所で、カシミア兵とキール兵が死闘を繰り広げている。
兵士たちの怒号、悲鳴。
剣と剣がぶつかり合う金属音。
血の臭い。
戦場と化した宮殿の光景に、アイラの心は奇妙に高鳴った。
――これが最後だ。
緊張と昂揚に、きつく唇を噛み締める。
「王子だ! キールの王子が脱走したぞっ!!」
「逃がすなっ!」
目敏くアイラの姿を確認したカシミア兵が、驚愕の叫びをあげる。
瞬く間に、長い回廊をカシミア兵が塞いだ。
「あなたを愛してる」
唇の戒めを解き、アイラは心のからの言葉をファリファナに贈った。
「わたくしもですわ、アイラ様」
軽く微笑み合い、二人は繋いだ手を静かに離した。
「私より前に出ないように――」
アイラはレイピアを鞘から抜き払った。
「アイラ様の負担になるのは嫌ですわ。自分の身は、自分で護ります」
ファリファナが気丈にも短剣を両手に握り締める。その瞳から既に涙は引いていた。
アイラは、それ以上何も言わずに鞘を床に投げ捨てた。
二つのレイピアを、それぞれの手にしっかりと握る。
懐かしい感触がした。
レイピアを持つのは、これが最後になるだろう。
病で衰弱した肉体には限界がある。
精神力だけで、どこまで保つだろうか?
計算しかけて――やめた。
そんな計算など、何の役にも立ちはしない。
実質、一年半以上、剣を持って戦っていないのだから……。
限界が訪れる、その瞬間まで突き進むしかないのだ。
「キールの王子を捕らえろっ!」
「決して逃がすなっ!!」
必死の形相でカシミア兵らが詰め寄ってくる。
アイラは冷静にレイピアを構え直した。
ファリファナを護るために、ここまで乗り込んできたキールの民に応えるために、己れの意志を貫き通すために――鬼と化そう。
ラパスの息の根を止めよう。
残された時間は、僅か。
最後の舞台だ。
アイラは迫り来るカシミア兵に視点を据えた。
蒼い両眼に冴え冴えとした光が輝く。
王子から剣士へと意識が切り替わる瞬間だった。
「うおぉぉぉっっっ!」
カシミア兵の一人が、アイラに向かって大きく剣を振り翳す。
アイラの身体は軽やかに、床を蹴っていた。
振り下ろされる剣の刃をかいくぐり、相手の懐に飛び込む。
同時に、右のレイピアが鮮やかに相手の喉を水平に掻き切っていた。
確かな肉の手応えがあった。喉を切られ、相手は悲鳴をあげられずに一歩後退した。
僅かに遅れて、血の噴水が喉から迸る。
アイラの頬にも返り血が付着した。頬を伝う血が唇に流れ落ち、口内に広がる。
生臭い血の味を感じた刹那、肉体の痛み、気怠さが一気に飛散した。
精神を占めるのは『殺さなければ、殺される』という概念のみ。
ここは紛れもなく戦場。
そして、アイラは紛うことなき剣士だった。
「王子を逃がすなっ!!」
「殺してでも、この宮殿から出すなっ!」
カシミア兵の憤怒と驚愕の入り混じった叫びが飛び交う。
目の前に突き出された刃を見た瞬間、アイラの身体は高く跳躍していた。
左右のレイピアがカシミア兵の両肩を同時に裂く。
態勢を崩した男の頭を踏み台にし、更に跳躍する。
落下地点には、剣を振り上げる新たな敵がいた。
アイラは敵の剣を左のレイピアで払い、残る一方のレイピアの切っ先をその眉間に打ち込んだ。そのまま落下速度を利用して、剣に体重を乗せる。
「ぎゃあぁぁぁっっっ!」
眉間を打ち抜かれた男は、容易に床に倒れた。
「ファリファナ!」
仰向けに倒れた男の頭に足をかけ、一気にレイピアを引き抜く。
ファリファナが隣に並んだのを確認して、アイラは俊敏に床を蹴った。
立ち止まっている暇はない。
目指すは、ラパスだ――
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テーマ * 自作小説(ファンタジー)
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Category * 紅蓮の大地