ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「アイラ様っ!」
「殿下っ!」
 聞き慣れた二つの声が、聴覚を刺激した。
 既に幾多もの人間の血に塗れた剣を休む間もなく振るいながら、アイラは声の発生源を目だけで捜し求めた。
「ルーク・ベイの声ですわ!」
 ファリファナが歓喜の声をあげる。彼女は果敢にも短剣で応戦していた。
 カシミア兵はルフィカスタ伯爵の出現に戸惑っている。
 何故、貴族であるファリファナがアイラに与しているのか、解せないのだろう。
「――つっ……」
 不意に、アイラの視界の端で、ファリファナの短剣が手から弾け飛んだ。
「ファリファナ!」
 アイラは敏捷に身体の位置を移動させた。
 身近にいる敵目がけて、一欠けらの躊躇いもなくレイピアを繰り出す。
 右のレイピアが寸分違わず相手の心臓を貫く。
 喉の奥から掠れたような悲鳴を洩らす男の腹を渾身の力を込めて蹴り、手際よく剣を引き抜いた。
 病魔に蝕まれた身体の何処に、こんな力が残されているのだろう?
 自身でも不思議に思うほど、意のままに身体が動き、剣が流麗な軌跡を描く。
 怖いくらいだ。
 まるで、神が『これが最期なのだから自由になさい』と慈悲を与えているかのように、身体が軽い。
「殿下っ!!」
 突如として、老成した男の声が空気を揺るがした。
 鋭く向けた視線の先に、大剣の輝きが見て取れる――パゼッタだ。
 悟った瞬間、アイラはファリファナを引き寄せ、身を屈めていた。
 間を空けず、ブンッと空が唸る。
 水平に薙ぎられた大剣の刃が頭上を通過した。
 骨を断ち切る不快な音が響いたかと思うと、三つの首が勢いよく宙に飛ぶ。
「殿下、こちらへっ!」
 大剣を両手に構えたパゼッタが叫ぶ。
 アイラはファリファナの手を引いたまま立ち上がり、絶息し傾きかけた兵士の脇を擦り抜けた。
「殿下、よくぞご無事で――」
 威風堂々とした老練の戦士が、アイラの姿を確認して微かに顔を和ませる。
「アイラ様! お姉さん!」
 すぐ傍には、アイラと同じく双剣を操るルークの姿があった。
 顔は見えないが、弾んだ声が彼の喜色を表わしていた。
「すまない。皆に迷惑をかけた」
 ファリファナの腕を離しながら、再びレイピアを構え直す。
「いいえ。殿下がご無事なら、それでよいのです。――この場は、わしにお任せを! 外でシザハン大神官が待っております」
 回廊に雪崩れ込んでくるカシミア兵からアイラを守護するように、パゼッタは大剣を青眼に構えるのだ。
「殿下はキールへお帰り下さい。民は、それをお望みです。ここは、わしが食い止めます――さあ、お早く! ルーク・ベイ、殿下を頼んだぞっ!」
 気迫の籠もった声には、何が何でもここを死守する、という覚悟が溢れ出ていた。
「了解っ! キールで再会しましょう、パゼッタ将軍!」
 ルークが叫び様、向かってくる敵の胴を二つの剣で切り裂く。
「アイラ様、お姉さん、ついてきて下さい!」
 ルークは一度後ろを顧み、アイラとファリファナに合図する。パゼッタの方は、振り向かなかった。事前に、それぞれの役割を決めておいたのだろう。
「パゼッタ将軍、マデンリアで待ってる――」
 アイラは胸を襲う痛みを振り切るように、喉の奥から言葉を絞り出した。
 パゼッタはアイラを逃がすために生命を賭す気だ。
 それが解るからこそ、ここに残り、一緒に戦うことはできない。
 アイラが残ることこそ、彼の行為を無駄にする。彼の足手纏いになる。
 アイラの帰りを民が望んでいる――それが真実なら、アイラにはそうする義務がある。
 民意に応えるのが、王族の運命だ。
「必ず戻ってみせます、殿下……!」
 パゼッタは笑ったようだった。
「王子を逃がすなっ!」
「陛下の名に傷を付けるなっ!」
 広い回廊に、カシミア兵の怒号が鳴り響く。
 同時に、パゼッタの大剣が重い唸りを発した。
「不肖――パゼッタ。この生命ある限り、殿下に指一本触れさせはせんっ!」
 雄叫びをあげ、パゼッタの巨体が漆黒の群れの中に飛び込む。
 その後ろ姿を、アイラは下唇を歯で噛み締めて見届けた。
「アイラ様、早く!」
 ルークの促す声に、アイラは全ての感情を押し殺し、前を見据えた。
「ファリファナはルークと私の間にいろ!」
 ファリファナの肩を押し出し、ルークの後について駆け出す。
 もう、後ろを振り返りはしない。
 それは赦されない。
 立ち止まることは、自分自身の心が赦さない。民が赦さない。
 ラパスの――魔王の黒き翼をもぐまで、この手は血に染まり続けるだろう。
 前後左右から襲いかかってくる敵を、両のレイピアで刻みながらアイラは突き進む。
「――ファラ!」
 相次ぐ敵の攻撃に耐え兼ねたのか、ファリファナが火の精霊を呼び出した。
 直ぐ様、紅蓮の炎が彼女を取り囲む。
 精霊の加護がある限り、彼女は無事だろう。
「アーナス……敵は獲ってやる――」
 誰にも聞こえぬ小声で、アイラは呟いた。
 ラパスの魔剣ザハークに打ち勝つのは、至難の業だろう。
 だが、アイラにはラパスに勝つ、たった一つの手段が残されていた。
 剣だけでは勝てない。
 ならば、もう一つ手を加えればいい。
 それで己が生命を削る結果となっても構わなかった。ラパスを斃すためならば。
 ファリファナが遣う精霊の姿を視ながら、アイラは堅く心に誓った。
 長き間、禁忌として封じていた力の解放を――



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2009.07.11 / Top↑
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