ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 幾人のカシミア兵の生命を奪ったのか解らない。
 気がつくと、アイラはファリファナとルークと共に混戦地帯を抜け出していた。
 手薄になった回廊を疾駆し、角を右に折れたところで、青い影が視野に飛び込んでくる。
「フェノナイゼ殿!」
 ルークが驚愕と嬉々を表わし、足を止める。
「おっと、ルーク・ベイに――殿下。ご無事でなにより」
 フェノナイゼはアイラたちに視線を流し、唇を歪めて笑った。
 この回廊には、奇妙なことにフェノナイゼの姿しか見えない。
 カシミア兵の姿は一人も見当たらなかった。
「フェノナイゼ……」
「ちょっと魔術で細工しただけですよ」
 アイラの疑問を察したように、フェノナイゼは先回りする形で応える。
「脱出口は確保してます。さっ、行きましょう、殿下」
 頷き、一歩前に出ようとしたところで、ファリファナがアイラの腕をそっと引いた。
「……わたくし、あの方、嫌ですわ」
 ファリファナの真紅の眼差しは、射るようにフェノナイゼを睨んでいる。
「ファラが警戒してます」
「彼は宮廷魔術師だが――」
 アイラは胡乱げにファリファナを見下ろした。
 ファリファナの顔は真剣そのもので、蒼ざめてさえ見える。フェノナイゼを警戒している、というよりも恐れているようだ。
「どうしました、殿下?」
 動かないアイラに、フェノナイゼが不思議そうに小首を傾げる。
「いけませんわ、アイラ様」
 絡み付くファリファナの手に力が加えられる。
 ほぼ同時に――
「殿下――アイラ様!」
 背後から、焦燥し切った叫びが追いすがってきた。
 驚いて振り返る。
 余ほど慌てているのか、足を縺れさせながら走り寄ってくる痩身の男の姿があった。
「……レンボス」
 アイラは懸命に駆けてくる元副宰相の姿を見出し、軽く瞠目した。
 レンボスは、真摯な面持ちでアイラの前に立ちはだかるのだ。
「アイラ様、フェノナイゼに近寄ってはなりませぬっ!」
 レンボスの顔は硬く強張っている。
「殿下。逆臣の言うことなど、聞かない方がいいですよ」
 フェノナイゼが嘲るような笑みをレンボスへと向ける。
「黙れ! そのような戯言をまだ言うかっ! 逆臣はおまえだろう、フェノナイゼ!」
 フェノナイゼの愚弄の笑みを、レンボスは厳しい視線と声音ではね除けた。
 小さな舌打ちが、フェノナイゼの唇から打ち出される。
 その些細な仕種に、皆の視線が彼に集中した。
「どういうことです?」
 アイラよりも早く、ルークが不審な眼差しでフェノナイゼを見つめた。
「私も説明がほしいな」
 アイラは、レンボスとフェノナイゼを交互に見比べた。
「フェノナイゼは初めから我がキールの敵だったのです。疑念は抱いておりましたが証拠もなく……。ですが、この白亜宮で情報を収集したところ、十年ほど昔、フェノナイゼという魔術師が宮廷に存在していたことが判明しました。宮廷を追放された魔術師ということで、覚えている者は殆どいませんでしたが……。フェノナイゼがキール城に召されたのも、丁度十年前。辻褄が合うのですよ」
 レンボスは、哀しみと軽蔑の相俟った眼差しでフェノナイゼを見遣る。
 アイラは、明かされた事実に、やはり哀切と怒りを覚えた。
 フェノナイゼは忠実な臣下の振りをして、裏でラパスと通じていたのだ。
 それがいつからのことかは解らない。
 だが、今現在、ラパスに加担していることは間違いなさそうだ。
 アイラに対し、執拗にレンボスを糾弾してみせたのは、自分に向けられる猜疑の目を逸らすためだろう……。
「フェノナイゼ殿がラパスの間者――」
 ルークが驚愕に目を見開く。
「去年の春――フェノナイゼは密かに城門を開け、カシミア軍を手引きしたのですよ。そのせいで、陛下や妃陛下は……」
 ――キールは滅んだのだ。
 レンボスの瞳は、フェノナイゼを責め立てるように憎悪に燃えていた。
「まっ、見抜かれちゃったものは、しょうがないね」
 フェノナイゼは臆する様子もなく、ヒョイと肩を竦める。
 その顔には、愉しげな笑みが浮かんでいた。
「フェノナイゼ……。父上や母上、兄上、アーナスや私――キールの民まで、おまえは謀っていたというのか? 何故だ?」
 アイラは胸の裡に渦巻き始めた憤怒を抑えるように、強く剣の柄を握り締めた。
「謀るつもりはなかったんですけどね。大戦前に、ラパス王から密使が来まして……うまくやればカシミアに呼び戻してくれる、というのでアッサリ鞍替えしちゃいました」
 屈託なく、フェノナイゼは言葉を口にする。
 悪びれた様子は微塵も見受けられなかった。
「フェノナイゼ、貴様――」
「ラパス王についた方が賢明だと思ったんですよ。事実――キールもイタールも、ラパス王の前に脆く崩れた」
 フェノナイゼの酷薄な言葉に、アイラの怒りは沸点に達した。
 どう足掻いても、過去は塗り替えられない。それは重々承知している。
 だが、どうしても『もし、あの時、キール城が陥落していなければ――』と思わずにはいられなかった。
 フェノナイゼがラパスのために城門を開かなければ、未来は――今は、別の道を辿っていたかもしれないのだ。
「フェノナイゼ……!」
 アイラの喉から憎しみを孕んだ低い声が出ずる
「殿下の剣は怖いけど――殺したら、ラパス王に怒られますからね。先に、邪魔者を始末させてもらいますよ」
 フェノナイゼが薄く笑う。
 その左の掌には、いつの間にか黒い靄のようなものが渦巻いていた――魔術だ。
「ファラ!」
 アイラが気づくのと同時に、隣でファリファナが火の精霊を召喚していた。
 炎の塊が唸りをあげ、フェノナイゼに襲いかかる。
 だが、フェノナイゼは笑みを絶やさなかった。
「残念。俺、炎系の魔術得意なんですよね」
 フェノナイゼが事も無げに言い、空いている右手を押し出す。
 転瞬、フェノナイゼの掌に弾かれたように、ファリファナ目がけて精霊が跳ね返って来たのだ。
「ファラ――!?」
 精霊は主人を傷つける寸前で、その姿を虚空に消した。
 しかし、空を揺るがす余波は消失しない。
 風圧に押され、ファリファナの身体が後ろへよろめく。
「ファリファナ!」
 アイラは咄嗟に彼女の身体を片手で支えていた。
「だ……大丈夫ですわ」
 外傷はない。精霊を弾かれたことに、精神的衝撃を受けているだけのようだった。
 アイラの腕に支えられ、ファリファナが態勢を立て直す。
「――アイラ様!」
 その真紅の瞳が急に大きく見開かれた。
 二人とは別の方向に青い影が走る。
 アイラがファリファナに注意を奪われた、その一瞬をフェノナイゼは見逃さなかったのだ。
「あなたには裏切り者の汚名を被ったまま、死んでほしかったんですけどね、副宰相殿」
 フェノナイゼがレンボスの懐深く飛び込んでいた。
 黒い塊を発するフェノナイゼの左手が、迅速にレンボスの胸に当てられる――心臓の位置だった。
「うっ……ぐっ……!」
 レンボスの顔が苦痛に歪む。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっっっっっ!!」
 けたたましい叫びが、全ての者の耳をつんざく。
 次の瞬間、レンボスの胸は鮮血の飛沫を華々しく放出させていた。



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2009.07.11 / Top↑
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