ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 ドンッ!
 と、彼の背後の壁に朱に濡れる物体が衝突する。
 奇怪な物体は、壁に太い血の筋を刻印し、床に転がった。
 ピクピクと痙攣するように脈打つ、拳ほどの物体――心臓だ。
 フェノナイゼは魔術でレンボスの心臓を吹き飛ばしたのだ。
 肉体の生――その中枢部を失ったレンボスの胸には、毒々しい穴が穿っていた……。
「きゃあぁぁっっっ!!」
 レンボスの凄惨な姿を見て、ファリファナが悲鳴を迸らせる。
 アイラとルークは、驚愕の眼差しで恐ろしい光景を凝視していた。
「う……あっ……アイ……ラ……様――」
 レンボスの唇から弱々しい声が洩れる。
 虚ろな眼差しが、アイラの姿を捜し求めるように宙を彷徨った。
 グラリと、その身体が全ての力を失ったように床に倒れ込む。
「レンボスッ!」
 アイラは俊敏に駆け寄っていた。
 床に崩れ落ちたレンボスの上半身を優しく抱き起こす。
「アイラ……さま……」
 レンボスの口からは夥しい量の血液が吐き出されている。
 心蔵を強奪された肉体は、急速に死へと突き進んでいた。
「……あなたに……逢えて……幸せでした。……アイラ様……わたしの――王子……」
「レンボス。もう……喋るな――」
 アイラはレンボスの手を握り締めた。
 レンボスの顔に満足げな笑みが浮かび上がる。
「……どうか……キール……へ――」
 その言葉を最後に、レンボスの瞼が閉ざされた。
 アイラの手から、生命を奪われた彼の手が音もなく滑り落ちる。
「レンボス……? レンボス!?」
 必死に呼びかけるが応えはない。
 死という静寂だけが、レンボスを包み込んでいた。
 遙かな昔――差し出した手を快く握り返してくれたのが、彼だった。
 いつも温かい眼差しで自分を見守り、教えを説いてくれたのも、彼だった……。
 その彼が今、自分の目の前で死んだ――殺された。
 逆臣の刃によって。
 哀しいのは無論のことだ。だか、それよりも怒りが勝る。
 アイラは血が滲み出るほど強く唇を噛み締めた。
「殿下にはラパス王のもとへ戻ってもらいます。あとの二人は――抹殺ですけどね」
 やけに明るい口調でフェノナイゼが告げる。
 彼の言葉が神経を逆撫でした。
 フェノナイゼは、レンボスの死を明らかに軽視している。それどころか、残るファリファナとルークの殺害をも目論み――愉しんでさえいる。
 凄まじい怒りがアイラの胸中を支配した。
「……おまえの好きなようにはさせない」
 レンボスの亡骸を静かに床に横たえ、アイラは立ち上がる。
 両手は、素早くレイピアを握り直していた。
 冷光を湛えた眼差しでフェノナイゼを捕らえる。
「ルーク、ファリファナを護れ」
「は、はいっ!」
 アイラの指示に、ルークが軽捷にファリファナの傍らへ移動する。
 アイラはそれを確認するなり床を蹴っていた。
 フェノナイゼ目がけて疾駆し、右のレイピアを突き出す。
「おっと! 風の精霊シルファン――我の前に姿を現し、我を護れ!」
 軽い身のこなしでアイラの剣から逃れながら、フェノナイゼが呪を紡ぐ。
 突如として、フェノナイゼの周囲で突風が巻き起こった。風の防御壁がフェノナイゼを守護したのだ。
「俺が魔術師だってこと、忘れないで下さいよ、殿下。剣での攻撃は効きませんよ」
 フェノナイゼがニヤリと嫌な笑みを送ってくる。
 アイラはレイピアの構えを解かず、フェノナイゼを見返した。その顔は、全ての感情を押し殺し、人形のように無機質なものと化していた。
「おまえも一つ忘れていることがある。今、思い出させてやろう――」
 低く告げ、アイラは左のレイピアを逆手に持ち直し、先端を己が額に押し当てた。
 手慣れた動きで、額に刃先を滑らせる。
 軽く裂かれた額が、何かの紋様を描き出した。
 六芒星の中に五芒星が描かれた、不可思議な紋様。
「エルロラの――精霊文字かっ……!?」
 フェノナイゼの顔に驚きの色が浮かぶ。
 神を象徴する精霊文字。
 それを額に描くことを赦された人間は、その神の支配下にある精霊を召喚・使役できることを意味する。
 エルロラは、全知全能の神――即ち、エルロラの紋様を描くことのできる者は、属性に拘わらず全ての精霊を遣わすことが可能なのだ。
「血の契約に基づき――永き眠りから醒めよ」
 アイラは再びレイピアを構える。
 唇が呪文を生んだ。
「まさか、アイラ様が魔法を――!? シザハン様の言葉はこれを意味していましたの?」
 背後でファリファナの緊張した声があがる。
 だが、気にせずに、アイラはフェノナイゼに向かって跳躍した。
 二つのレイピアを大きく振り翳す。
「水の女神ヴィンディーネの赦しを得、我の前に出でよ。水の精霊――ウィルタ!」
 叫びと共に、二つのレイピアが青白く輝いた。
 眩く輝く水が刀身から迸る。
 二筋の水は激しく螺旋を描き、レイピアを取り巻いた。
 アイラは、逡巡せずに水の守護を得たレイピアをフェノナイゼ目がけて振り下ろした。
 風と水の精霊が、烈しくぶつかり合う。
「――くっ!」
 意想外の攻撃を食らって、フェノナイゼはたじろいだようだった。
「ウィルタ、風を裂け!」
 すかさずアイラは命を放った。
 即座に水の精霊が変体を遂げる。
 水は鋭い刃の形に姿を変え、風の防御壁を真っ二つに切断したのである。
 フェノナイゼを守護していた渦巻く風の楯が、あっという間に消散した。
 着地と同時に、アイラはレイピアを下から上へと華麗にはね上げた。
 水の流れが軌跡を変える。
 螺旋を描く二つ水は一つに合わさり、その激流は容赦なくフェノナイゼの腹部に激突した。
「ちっ……!」
 フェノナイゼの身体が凄まじい水の勢いに弾け飛ぶ。
 彼の身体が壁に衝突したところで、水の精霊は姿を消した。
「……確かに、大切なことを忘れてましたね」
 フェノナイゼが腹部を手で押さえ、ズルズルと床に座り込みながらアイラを見上げる。
 自嘲の笑みが、口許に深く刻み込まれていた。
「殿下が……長い間、それを駆使しないから、すっかり忘れてましたよ。殿下にも……王妃様の血が流れているってこと――」
 苦痛に耐えながら、フェノナイゼは言葉を吐露しているようだった。
 そんな彼を冷然と見つめ、アイラは右のレイピアを彼の心臓の上に翳した。
 レイピアを突き刺そうとした、その刹那――
「不様だな、フェノナイゼ」
 感情を伴わない男の声が回廊に響いた。



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2009.07.12 / Top↑
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