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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.12[00:23]
「陛下!」
 ファリファナの叫びが、事態の急変を報せた。
 振り下ろしかけたレイピアの動きが、ピタリと止まる。
「ラパス……」
 アイラは、険しい表情で先刻自分たちが辿ってきた方角を見遣った。
 長い回廊の端に、二つの黒い影が佇んでいる。ラパスとルシティナだ。
 アイラはレイピアの刃先をフェノナイゼに向けたまま、遠くのラパスを鋭く睨めつけた。
 ラパスとルシティナは、悠然と歩み寄ってくる。
 憎きラパスが、間近に迫っている。
 ――願ってもない好機到来だ。
 捜す手間が省けた。
 いくら憎悪しても足りない相手が、向こうからやって来たのだ。
 この機を見過ごしてはならない。次など有り得ないのだ。
 剣を握るのは、これが最後。自分には、もう時が残されていない――
 アイラの心は、ラパスの姿を目に入れた瞬間、既に決まっていた。
 あの忌まわしき魔王を、ロレーヌの未来に残すわけにはいかないのだ。
 アイラはフェノナイゼを軽く一瞥した。彼は苦しげに肩で息をしている。しばらくは動けないだろう。
 フェノナイゼから目を外し、背後を顧みる。ファリファナと視線が合った。
「ファリファナ――」

 ――愛している。

 言葉には成さずに、唇の動きだけで最愛の人に告げる。
「アイラ……様……?」
 ファリファナの真紅の瞳が恟然と見開かれた。
 声には出さなくとも、アイラの意志は通じたのだろう。聡明な彼女は、同時にその裏に秘められた意味をも悟ったに違いない。
「ルーク、ファリファナを頼む」
 無言で抗議するようなファリファナの烈しい視線を避けるように、アイラは彼女の傍らにいるルークに眼差しを移した。
 アイラの決心は変わらない。肉体の腐蝕は、もうどうにもならないのだ。朽ち果てる前にラパスを斃さなければならない。
 気懸かりなのは、死にゆく自分を愛してくれたファリファナの存在だ。
 自分を愛したがゆえに、彼女はラパスの信頼を失い、逆賊の汚名をきせられるだろう。
 祖国では生きられない。彼女には、新しい世界が必要だ。彼女は自分とは違う。まだ生きなければならない――生きてほしい。そう、切実に想う。
「……アイラ様?」
 ルークの気遣わしげな眼差しがアイラに向けられる。
「一足先に、ファリファナに私の故郷を見せてあげてほしい」
「アイラ様。僕も残ります」
「それは、ならぬ。ファリファナをシザハン大神官のもとへ無事に連れて行け。ルーク、これは――命令だ」
 厳然とした口調でアイラは宣告する。何人をも屈服させる、王族独特の威圧感が全身から発せられていた。
 一瞬、ルークはその気迫にたじろいだようだ。弾かれたように目を見開いた後、ファリファナを見、再びアイラに視線を戻す。
「アイラ様の御意に――」
 深く頭を垂れ、ルークは了解を示した。
「お姉さん、行きましょう」
 茫然と立ち竦んでいるファリファナの手首を、ルークの手が取る。
 唐突に夢から醒めた時のように、ファリファナの身体が震えた。
「い、嫌ですわっ! わたくしもアイラ様と共に残りますわ!」
 炎のような目がアイラだけを見つめる。
「……私にはラパスを斃す義務がある。あの男を――魔王を闇に還さない限り、ロレーヌの未来に光はない。ルークと共に行きなさい、ファリファナ」
「わたくしは……わたくしは、アイラ様のお傍にいますわっ!」
 ファリファナの双眸が濡れた輝きを放つ。
「お姉さん! 僕らがいても、アイラ様の邪魔になるだけだよ」
 アイラに走り寄ろうとするファリファナの身体を、ルークが強く引き止めた。
「解ってますわ! 解っていますけれど……それでも、わたくしは嫌ですわっ!」
 駄々をこねる子供のように、ファリファナはバンッと床を踏み叩いた。
 その瞳からは涙の粒が零れ落ちている……。
「私も離れるのは嫌だよ、ファリファナ。――大丈夫だ。ラパスを斃したら、すぐに後を追う。キールで逢おう」
 アイラはレイピアの柄を痛いほど握り締め、微笑んだ。
 本当なら、今すぐ駆け寄って彼女の細い肩を抱いてあげたい。だが、それは赦されないのだ。
「嫌……ですわ。嫌ですわ、アイラ様っ!」
 心の底からの叫びが、アイラの胸に鋭利な杭を打ち込む。
 離れたくないのは、互いに同じだ。
 だが、アイラは己れの感情に敢えて軛をかけた。
 いずれ訪れる別離の瞬間が、少し早まっただけだ。自分には確実な死が待ち受けているが、彼女はそうではない。
 彼女には未来がある――だから、この選択は間違っていないのだ。
 アイラは自身に強く言い聞かせた。
 ルークの腕の中で藻掻くファリファナをしっかりと見つめたまま、アイラは片手を胸に下がる首飾りへと伸ばした。きつく掴み、力任せに引き千切る。
「ルーク、アーナスによろしく」
 外した首飾りを、アイラはルークへと放り投げた。愛する妹ギルバード・アーナスの黄金の髪が入っている。――もう、アイラには必要のない物だった……。
「はい。アイラ様――」
 ルークが神妙な顔で首飾りを受け取る。
「アイラ様……」
 ルークの腕に掴まれながらも暴れていたファリファナが、愕然としたように大人しくなる。
 アイラの行為に、並々ならぬ覚悟を見出したのかもしれない。
 アーナスの遺品を手放し、ルークに託す。
 即ち、アイラ自身は『アーナスが永眠するキールには戻れないかもしれない』ということだった。
「ラパスが来る前に、行け」
「はい。アイラ様、キールで再会しましょう。――さっ、行くよ、お姉さん」
 ルークが微笑む。ラパスたちが進行してるのとは逆の方向へ身体を翻し、彼はファリファナの手を引いた。
「……大丈夫ですわ、ルーク・ベイ。一人で走れます」
 ファリファナが明確な口調で告げる。軽い自失状態から、完全に抜け出したようだった。瞳には強い光が湛えられている。
「アイラ様――」
 強靭な眼差しがアイラに据えられる。
「キールでお持ちしてますわ。必ず――わたくしを迎えに来て下さいますわよね?」
「春には必ず迎えに行く。約束だ、ファリファナ」
 アイラは躊躇わずに言葉を返した。
 ファリファナの瞳に再び涙が輝いた。それを必死に留めようというように、彼女は微笑んだ。
「約束ですわよ、アイラ様――」
 アイラは、美しい微笑みを脳裏に刻み付けるように、じっとファリファナを見つめた。
 ファリファナの全身が『愛してる』と強く訴えている……。
「行きますわよ、ルーク・ベイ」
 ファリファナが素早くドレスの裾を翻し、アイラを拒むように背を向ける。
 ルークに一声かけると、彼女は何かを振り切るように回廊を駆け始めた。
「――姫っ!」
 ルシティナの焦燥の叫びが回廊に響く。
「よい、ルシティナ。放っておけ。いずれは逆賊として討たれる身だ。束の間の自由を味合わせてやれ」
 飛び出そうとしたルシティナを、ラパスが制した。
 回廊を駆けるルークとファリファナの姿が遠ざかる。
 ファリファナが振り向くことは一度としてなかった。
 ――強い女性だ。
 改めて、アイラは実感する。
 全てにおいて、烈火の如く情熱的なファリファナ。
 これからの未来も、彼女はそうして生きてゆくだろう。
 ――愛し、愛されたことを、誇りに思う。
 小さくなるファリファナの姿を視野から締め出すように、アイラは身を反転させた。
 ラパスとルシティナは、すぐ傍まで迫っている。
 憎き魔王が目の前にいる。
「ご苦労だったな、フェノナイゼ」
 苦悶するフェノナイゼを一瞥し、ラパスはアイラに視線を馳せた。
 アイラは、相対したラパスの視線を真っ向から受け止めた。冷たい闇のような双眸がアイラに注がれている。
 ――今こそ、魔王の翼をもぐ時だ。
「ラパス」
 低く呟き、アイラはレイピアを構えた。
「……決死の覚悟か? 既に死に微睡む生命――わざわざ削ることもなかろうに」
 嘲るような冷笑がラパスの唇を彩る。
「私は死なない。ラパス――貴様を斃すまでは!」
 アイラの蒼い双眼に強い輝きが灯る。
 全身から鬼気が滲み出した。
 明らかな殺意をもって、アイラはラパスに臨もうとしていた。
「愚かだな……。ギルバード・アーナスと同じ瞳をしている。下らぬ運命とやらに翻弄され、自滅の道を辿る者の瞳だ――」
「黙れっ! 深淵の闇に堕ちるがいい!」
「余は、大陸を掌中に握るまでは死なぬ。余を阻もうとする者は誰であろうと――たとえ神であろうと赦さぬ」
 ラパスの冷笑が深みを増す。その手が腰の帯剣へと伸ばされた。
「陛下、俺が出ます――」
 主人が剣を手にしようとするのを見て、ルシティナがすかさず進言する。
 だが、ラパスはそれを認めなかった。
「アイラへの制裁は、余が下す。ルシティナもフェノナイゼも手を出すな」
 伸ばした手が魔剣ザハークの柄を握った。慣れた手つきでザハークが鞘から抜き出される。
 黒光りする禍々しい刀剣が、アイラの眼前で鈍い光を放った。
「おまえの両親と兄妹――そして、数多のキール人の生命を奪った剣だ。おまえも、これで葬ってやろう」
 ラパスがザハークを青眼に構える。
 愚弄以外の何ものでもない言葉を耳にした瞬間、アイラの中で抑え切れぬ怒りが爆発した。

 ――全てを擲ってでも、ラパスを殺す!

「ラパスッッッ!」
 激情の迸りと同時に、アイラは弾けるように床を蹴っていた。



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