ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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7.紅蝶乱舞



 大陸暦一二八七年・初春――


 その日、カシミア国キール領――旧王都マデンリアの中心部は、人々でごった返し、騒然としていた。
 早朝からカシミア兵が慌ただしく活動し始めたのである。
 カシミア兵は、マデンリアで最も大きな広場に黒布で覆った巨大な荷物を運び込んだ。
 その不吉な黒い布が取り払われた時、群がる民に戦慄と動揺が走り抜けた。
 驚愕に場は静まり返り、次いで人々の泣き叫ぶ声が一帯に集中した。
 カシミア兵は、そんなキールの民を嘲笑うように《それ》を広場の中央に据えたのである。

 朝の陽光を浴びて、眩く輝く銀の髪――
 冷たい氷の中で眠る美貌。

 アリトラの白亜宮襲撃から、約二ヶ月。
 愛する王子――ギルバード・アイラの姿が、確かにそこに在った。


     *


「あの騒ぎは何ですの、ルーク・ベイ?」
 エルロラ大神殿の一室から窓外を覗いていたファリファナは、広場の群集の異様さに気づき、数度瞬きを繰り返した。
 祖国カシミアを脱出して、早二ヶ月が過ぎ去ろうとしている。
 ルーク・ベイ、シザハンと共にマデンリアに逃げ延びたファリファナは、シザハンの好意で神殿に匿われていた。
 どの国にも属しない神殿は、身を隠蔽するには最適な場所だ。殊にマデンリアのエルロラ大神殿は、大陸における神殿の最高峰。ラパスといえども、容易に手出しはできない。
 叛乱終結後、アイラについては正式な布告がなされなかった。
 ――生きているかもしれない。
 一縷の望みを胸に秘め、ファリファナは来る日も来る日も愛する人の訪れを待っていた。
 今日も一日外を眺め、アイラの姿を待つつもりでいた。そのために窓から外を覗くと、広場に多くの人が集結しているのが見えたのだ。
 高い丘の上に建つ神殿からは、広場がよく見える。
 集まった人々は一様に嘆き、哀しみ、泣いているようだった。
 只ならぬ不穏な気配に、ファリファナは眉を顰める。
 ルーク・ベイがファリファナの隣に立ち、広場に目を向けた。
「さあ、何でしょうね? 中央に何か飾られているようですけど――」
 ルークも解せない様子で首を捻っている。
 二人は無言で広場の光景に見入っていた。
 ほどなくして、
「――ルーク・ベイ!」
 バタン! と、性急に扉が開かれる音が室内に響いた。
 二人同時に背後を振り返る。
 シザハンが駆け寄ってくるところだった。その顔は蒼ざめている。物静かなシザハンが、これほど取り乱しているのは稀有なことだ。
「ファリファナ姫もご一緒でしたか」
 ファリファナの姿を確認して、シザハンが戸惑ったように立ち止まる。表情は硬い。
「……広場をご覧になりましたか?」
 押し殺した声がシザハンの唇から洩れた。
「ええ。見ましたわ……。凄い人ですわね」
 ファリファナは事態が把握できずにルークと顔を見合わせる。
「お気づきになられていないのですね」
 暗い翳りがシザハンの顔を彩る。
「何かありましたの、シザハン様?」
 ファリファナは胡乱げにシザハンを見返した。
 シザハンの暗鬱な表情が、逼迫した事態が起こったことを物語っている。
「今……遣いの者が、広場の中央に設えられたものを確認してきました」
 歯切れ悪く、シザハンが言う。躊躇いがちな眼差しが、ファリファナに注がれた。
 瞬時、ファリファナは理解した。
 ファリファナにとって、何か良からぬ――いや、最悪の事態が起こってしまったのだ。
「シザハン様、どうか先を仰って下さい。――覚悟はできていますわ」
 ファリファナは、気を抜けば失ってしまいそうな意識を奮い立たせるように大きく息を呑み込んだ。改めて、シザハンを見据える。
「では、姫もルーク・ベイも心してお聞き下さい。広場の中央には、魔法で造られたと思われる永久氷結の――氷の柩が置かれています」
 ファリファナは明かされた事実に愕然と目を瞠った。
 氷の柩――死者が運ばれてきたのだ。
 ラパスにとってキールの王都に晒すほど価値のある……。
 今すぐにでも、両手で耳を塞いでしまいたい気分だった。
 だが、それは赦されない。ファリファナには真実に耳を傾け、受け止めねばならぬ責務がある。柩で眠りに就いているだろう、その人物の妻として。
「眠っておられるのは、アイラ殿下です――」
 シザハンが苦毒を飲み干したような表情で告げる。
 二度目の衝撃に、ファリファナの胸は楔を打ち込まれたように鋭い痛みを発した。
 ――アイラ様が……亡くなった。
 紅い双眸が更に大きく見開かれる。
 徐々に目頭が熱くなった。
 何も考えられない――考えたくない。
 アイラが死んだ。
 もう、愛する人はこの世にはいないのだ。
「……アイラ様――」
 ファリファナは愕然とその場に崩れ落ちた。
「アイラ様……アイラ様! 嘘ですわ……嫌ですわ、アイラ様っ!!」
 両手を床に突っぱね、ファリファナは絶叫した。
「お姉さん――」
 震える肩を、ルーク・ベイが優しく抱いてくれる。
 哀しいのは――悔しいのは、皆一緒だ。
 解ってはいるが、魂の震えは理性で抑えつけられるほど生易しいものではなかった。
「嘘ですわっ! だって、アイラ様は約束して下さいましたものっ!」
 今すぐには認められない。
「アイラ様は、約束を反故にするような方ではありませんわ。必ず、わたくしを迎えに来て下さると約束しましたもの……。ねえ、そうでしょう、ルーク・ベイ?」
 ファリファナは同意を求めるように、ルークを見上げた。頷いてくれるなら、誰でもいい。誰かに縋りたかった。
「お姉さん……。お姉さんが泣くと、アイラ様が哀しむよ――」
 ルークが痛ましげに目を細める。両手がファリファナの髪を慈しむように撫でてくれた。
「……わたくし……取り乱してしまいましたわね。本当は、解っていますのに――」
 ファリファナはきつく唇を引き結んだ。
 どう足掻いても、現実は変わらないのだ。
 全て受け容れると決心したのに、逃避してしまった自分をファリファナは恥じた。
「アイラ様に……お逢いしたいですわ」
 己れの目でアイラと対峙したい。
 そして、認めなければないない。
「ええ。今は人目につきます……。夜になったら、逢いに行きましょう」
 ルークの言葉に、ファリファナは無言で首肯した。
 真紅の双眸から零れる雫は、魂が哭く――血の涙の代わりだった……。



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2009.07.12 / Top↑
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