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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.12[00:51]
 深夜、ファリファナは、ルーク・ベイと共に氷の柩が設えられた広場へと向かった。
 広場にカシミア兵の姿はない。
 自国の王子の墓を傷つける者などいないだろう――そう踏んで、敢えて警備を外しているのかもしれない。
 巨大な大理石の台座の上で、氷の柩は月光を受けて淡く輝いていた。
 台座の周りは、既に色採り採りの献花で埋め尽くされている。
「――ファラ……」
 ファリファナは右手を差し出した。
 すぐに火の精霊が姿を現し、周囲を明るく照らす。
「アイラ様……」
 柩の中を覗いた瞬間、胸中を愛しさと哀切が占拠した。
 永久氷結の中で眠るアイラの表情は、穏やかだった。
 瞼は閉ざされているが、その美貌は生前と微塵も変わらない。
 外傷は見当たらなかった。上半身は何も纏っておらず、白い肌が露出している。
 胸の中央には、ラパスの所有物である証――カシミア王家の紋章が刻み込まれたままだ……。その下で両の腕が交差されている。手には、故人の特徴を示すようにレイピアが握られていた。そして、柩となる氷――その中には死者への餞なのか紅蝶(フレイア)が散りばめられている。
「まるで、生きているみたいですわ……。話しかければ、言葉が返ってきそうで――」
 ファリファナは喉の奥に言葉を詰まらせた。有り得るはずのない妄想を抱いてしまう心が、妙に哀しかった。
「アイラ様」
 静かに眠るアイラを見上げる。
 何を言葉にしてよいのか解らなかった。
 言いたいことは山ほどあるが、どれも言葉にはならない。言葉にできぬほどの想いばかりだ。
「――お姉さん」
 不意に、隣でルークが強張った声をあげる。
 彼は台座を指差し、それを凝視していた。示す指は震えている。
 彼に倣い、台座に視線を転じてファリファナは恟然とした。
 台座には『キール第二王子ギルバード・アイラ』と銘が彫られている。その下に『一二六五年――』と刻印されていた。通常なら、生年と没年を表す数字だ。だが、アイラの墓碑には没年が欠けていた……。
「酷い……ですわ。酷いですわ、陛下!」
 その事実に気づいた刹那、アイラを失った悲しみよりも、アイラを晒し者にしたラパスへの怒りが一気に増大した。
 ――死んではいないのだ!
 アイラは生命を完全に奪われたわけではない。仮死状態にあるのだろう。
 ラパスは、生きたままアイラを葬ったのだ。
 魔術で造られた氷の柩は永遠に溶けない――シザハンがそう言っていた。
 アイラは生きたまま埋葬され――永遠にこのままなのだ。
 溶けることのない柩。
 生きたまま眠り続けるアイラ。
 ラパスの印を胸に刻み、死ねないまま――アイラは永久に晒され続けるのだ。
 生きているのに柩に入れられ、久遠に晒される。
 これ以上、残酷な処刑はない。
 生きているのに、ラパスは死者に捧げる紅蝶をアイラの周囲に散りばめたのだ。
 何という悪趣味。
 惨たらしい手向けだ。
「残酷ですわ……。惨いですわ、陛下っ!!」
 泣き叫びながら、ファリファナは力無く地面に膝を着いた。
「わたくし……陛下をお恨みしますわ!」
 むせび泣きながら握った拳を石畳に叩きつける。
「お姉さん」
 ルークが慌てて手を伸ばしてきたが、それを振り切って打ち続けた。皮膚が切れ、血が流出してもやめることができなかった。やり場のない怒りを、何かにぶつけずにはいられなかったのだ……。
 アイラは生きている――生きているのに!
「陛下が憎い――」
 高く拳を振り上げる。
「――痛っ……!」
 拳を振り下ろそうとした瞬間、突如として腹部に鈍い痛みを感じた。
 次いで、予期せぬ嘔吐感が込み上げてくる。
「うっ……!」
 強烈な痛みに耐え切れず、ファリファナは迫り上がってきたものを吐瀉した。
 食物の残骸は見当たらない。強い酸味が口内に広がっていた。
「お姉さん?」
 ルークが心配そうにファリファナの顔を覗き込んでくる。
 ファリファナはルークを一瞥してから、己れの腹部に視点を据えた。
「嘘……ですわ……?」
 呆けたような言葉が唇から滑り落ちた。
 腹部の痛みは治まっている。
 代わりに、胎内で自分ではない別の生き物が脈打っているような錯覚を覚えた。
 何かが、自分の裡で鼓動している。胎動している。生まれ、育っている――
「お姉さん、まさか――」
 ルークがハッとしたように目を見開く。
「……そう……みたいですわ」
 ファリファナは腹部にそっと手を添えた。応えるように、内側から振動が伝わってくる。
「――あなた、もう……わたくしのことが解るの?」
 ファリファナは、先ほどの嘔吐が妊娠悪阻であることを確信した。
 自分の中で、新しい生命が確かに息づいているのだ。
 驚愕と同時に、言い表しようのない喜びが胸に芽生えた。
 ゆっくりと立ち上がり、改めてアイラの眠る柩を見つめる。
「あなたのお父様よ――」
 腹部を擦りながら、優しく言葉をかける。
 その瞳に涙はなかった。
 強い光を湛えた眼差しが、アイラをしっかりと捉えている。
「ルーク・ベイ。この子に剣を教えて下さる?」
「――え? あっ……はい。アイラ様の御子なら、喜んで」
「ありがとう。この子は、きっと……強く育ちますわ」
 ファリファナはルークの返答に静かに頷き、腹部を優しく手でさすった。
「陛下に劣らぬほど強く――。そして、いつか陛下と対峙する……。わたくしには、その未来が視えますわ」
 アイラは自分に大切な宝物を授けてくれたのだ。
 愛すべき宝物を、ファリファナは護り通さなければならない。
 この大地が以前のように輝きを取り戻す、その日まで――
「アイラ様。わたくし、生きますわ」
 ファリファナは、決意を表明するように柩の中のアイラに向けて言葉を紡いだ。
「この子と共に生きますわ」
 ファリファナの顔に鮮やかな笑みが花開く。
 炎のような双眸は、溢れんばかりの生気に輝いていた。
 母の――凛然とした輝きを放つ、美しくて強い光だった。


                                 
     「終章」へ続く



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