ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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終章



 大陸暦一三〇四年・晩夏――


 少女は、夜の帳が下りた広場で笛を奏でていた。
 白金で造られた横笛を、白く細い指が器用に操っている。
 紡がれる音色は哀しく――鎮魂曲を想わせた。
 秋を間近に控え、冷たくなった夜風が、時折、頭の高い位置で一つに束ねた髪を揺らした。冴えた夜空に輝く月の光が、その色を鮮やかに照らし出す。血か炎を連想させる紅蓮の朱糸だった。
 双眸は、海の底のように深い蒼色をしていた。
 その輝く瞳は、遠くに馳せられている。
 広場の中央には、永遠に溶けることのない氷の柩が、やはり月光を浴びて幻想的に輝いていた。
 その中に眠る人物は、少女が物心ついた時から変わらぬ美貌を保っている。
 久遠の刻を微睡み続けなければならないのだ。
 今も昔も、そして未来永劫――
 少女は挑むような眼差しを氷の柩に注いだ。
 不意に、瞳の中で悲哀の輝きが揺れる。
 少女はそれを隠すように瞼を閉ざし、一心に笛を奏で続けた……。


     *


 少年は、流れる笛の音に誘われるようにして、夜の広場へと足を踏み入れた。
 故郷を捨て、旅に出てから既に二ヶ月以上の時が流れていた。
 目指す大地――カシミア国キール領に辿り着いたのが、一ヶ月ほど前。
 それから旧王都マデンリアに到着するまで、更に倍の月日を要してしまった。徒歩の旅は、思いの外に困難で辛酸なものだった。
 マデンリアに着いたものの目的地の所在が明確ではなく、少年は夜の街を当ても彷徨ったいた。
 そして、笛の音を聴きつけたのだ。
 少年の心に郷愁を呼び起こす、不思議な旋律だった。
 少年は、笛の奏者を探そうと辺りに視線を巡らせた。だが、見える範囲内に人の影はない。
 その代わり、広場の中央に巨大な氷を発見した。
 氷の中では何者かが眠っている。
 ――柩だろうか?
 少年は引き寄せられるようにして氷に歩み寄り、それを見上げた。
「――――!?」
 柩の中で眠る青年の顔を目にした瞬間、凄まじい驚愕に囚われた。
 自然と鼓動が速くなる。
 青年の顔の造形は、恐ろしいほど少年とよく似ていたのだ。
 少年は、この世に生を享けてから十八年――実の両親ではなく養父母に育てられてきた。
 その養父母も二ヶ月前に生命を落とし、今はいない……。養父母の遺言ともなった『ロレーヌへ行きなさい。そこに、おまえの《運命》が待っている』という言葉に導かれ、この地へやってきた。
 この地に、実の両親が眠っているのだという。
 少年は慌てて墓碑に視線を移した。
 キール第二王子ギルバード・アイラ――そう刻印されている。
 両親とは別の人物だった。
 養父母から自身の出生の秘密を聞いていなければ、目の前の青年を父親だと想い込んだかもしれない。
 それほどまでに少年と青年は酷似していた。
 また、その刻まれた名により、柩の中の青年が自分に深く縁のある人物だということが知れた。
 不意に、胸が締めつけられるように苦しくなった。
 涙が零れ落ちる。
 養父母の言葉通り、ロレーヌにやってきた。
 ロレーヌの大地は、カシミアという一つの国に統合されたらしい。
 二十年前の大戦の傷痕があらゆるところに見て取れるほど、膿み、荒涼としている。荒んだ大地だった。
 この地に君臨する魔王――カシミア国王ラパスが元凶だ、と旅で出逢う人々は口を揃えて言った。
 カシミア王ラパス。
 その男こそ、実の両親と養父母を死に追い遣った張本人だ。
 少年はラパスの首を獲ることを決意し、ロレーヌの大地に臨んだばかりだった。
「キールの――アイラ王子」
 ロレーヌへ赴き、初めて対面した肉親だった。
 柩で眠る青年に、まだ見ぬ母の影を見た――
 涙が止めどなく溢れ出す。
 フッ、と笛の音が消えた。


     *


 少女は闖入者の存在に気づき、笛を奏でる手を止めた。
 鋭い視線を周囲に配る。
 氷の柩の前に立つ人影を確認した。
 見咎めた瞬間、少女は腰を上げ、笛を懐にしまった。
 腰に携えた二つの剣――レイピアを一本を鞘から抜き払い、敏捷に人影へと向かって接近する。
「――ここに何の用? カシミアの追っ手?」
 少女の厳しい声音に、人影が驚いたように振り向く。
 少女と歳の変わらぬ少年のようだった。
 その翡翠色の双眸は、少女の不意を衝くように涙に濡れていた。
「あなた、何故泣く……の――」
 問いかけようとして、少女は言葉を呑み込んだ。
 月光を受けて照らされる、その顔――戦慄を覚えるほど美しく整った顔立ち。
 だが、少女の度肝を抜いたのは、少年の美貌ではない。
 その顔が柩で眠る人物にひどく似ていたからだ。
「あなた、誰……?」
 掠れた呟きが、少女の喉の奥から洩れる。
 レイピアを持つ手が、微かに震えを帯びた。
「何者なの……? 答えなさい。どうして、あなた――父上と同じ顔をしているのよっ!?」
 叫びながら少女は地を蹴り、少年目がけてレイピアを繰り出していた。
 何も応えない少年に苛立ちを感じたせいもある。
 しかし、少女を焦燥させたのは、己れの速くなる鼓動のせいでもあった。
 少年の顔を目の当たりにした瞬間、全身を電流のようなものが走り抜けたのだ。
 雷に打たれたような衝撃だった。
 その原因が理解できず、不安を駆り立てられた。
「まっ、待って! 僕は君の敵じゃない!」
 少女の言動に、少年が弾かれたように目を瞠る。
 レイピアを避けるためにやむを得ずといった様子で、少年も剣を手に取った。
 カシャンッ! と、刃と刃が重なり合う。
 少女は再び恟然とした。
 攻撃を受け止められたことにも驚いたが、それ以上に少年の持つ剣に目が釘付けにされた。
 少年の持つ剣の刀身は、水晶のように透明だった。その上、神々しい青い燐光に包まれている。
「……まさか、その剣――!」
 少女は素早く剣の最強部に視線を馳せた。
『我、エルロラ、汝を祝福す』
 刀身にはそう銘が刻み込まれていた。
「伝説の英雄――ギルバード・アーナスが使った神剣ローラ……」
 呼吸が停止してしまうのではないかと思うほど、強烈な驚愕が少女を襲った。
 二十年ほど前に勃発したロレーヌ戦争。
 カシミア王ラパスに果敢に立ち向かったと伝えられる、神の寵児――ギルバード・アーナス・エルロラ。
 キールの王女であり、全知全能の神エルロラの恩恵を賜った伝説の人物。
 彼女がエルロラから授けられたのが、神の剣――水晶の如く輝き、青き冷光を放つ『ローラ』だった。
「僕は、君の敵じゃない」
 少年が剣を引いた。
 父に良く似た顔が、優しげに微笑む。
 その顔と輝く宝剣が、少年の正体を告げていた。疑うまでもない。
 神剣ローラを操ることができるのは、神に選ばれた者のみ。
 目前の少年は、ギルバード・アーナスの血を受け継いでいるとしか考えられなかった。
 それに、父と同じ顔。実際の父は、永遠に眠りから醒めることはない。動くことはない。父と同じ顔が笑っているのを見て、不思議な感じがした。
 少年の笑顔に、父が笑っているような幻を視た――
 少女は、不意に泣きたい衝動に駆られた。
 先刻、少年の顔を見て動揺を感じた理由が、今、はっきりと解った。
 血の――共鳴だ。
「僕の母は、ギルバード・アーナス。父は、ミロ・レイクールン……。僕は――ギルバード・ロレーヌ・レイクールンだよ」
 少年が剣を鞘に納め、静かな口調で告げる。
『ギルバード』と『レイクールン』――キールとイタール王家。二つの名を少年は冠している。
 その名こそ、永く行方が知れなかった、烈光の女神ギルバード・アーナスがロレーヌの大地に希望として残した皇子のものだった。

 ロレーヌの大地に、再び英雄が降臨する。

 少女は今、再来の瞬間に立ち会っているのだ。
「君は?」
 少年が小首を傾げながら問いかけてくる。
「……どうやら、あなたの従妹みたいよ」
 半ば茫然としたまま少女は応えた。
「できれば、名前を教えてほしいんだけど?」
 少年の顔に苦笑が浮かぶ。ごく自然に、少女の前に手が差し出された。
 少女は少年に向けていたレイピアを離し、それで氷の柩を示した。
 切っ先は、無数に散らばる真紅の花に当てられている。
 死者に捧げる花――紅蝶(フレイア)だ。
「フレイア――」
 差し出された少年の手を、少女はしっかりと握り返した。
「ギルバード・フレイアよ」
 
 邂逅――魂が触れ合う瞬間だった。



                          《了》



最後までお付き合い下さり、ありがとうございました♪
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2009.07.12 / Top↑
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