ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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終章



 午後の陽射しが世界を眩く照らしている。
 光溢れる緑の森の中、戯れる人影が二つ――
 一つは、少年。
 もう一つは、少女のものだ。
 どちらの背にも純白の美しい翼が生えている。
 二人の周囲には色取り取りの小鳥たちが飛び交い、心地よい囀りを森中に響かせていた。
「――華蓮、早く! こっちだよ!」
 長い白金髪を微風に靡かせながら、少年は後ろを走る少女を振り返った。
 優しい面差しの少年は、息を切らせながら駆けてくる少女を確認して柔和に微笑んだ。
 少年の名を鳥羽(とば)と云う。
 広義の名称は《空天》――およそ百年ほど前に、亡き父王から空天の地位を受け継いだばかりの若き七天である。
「ちょっと待ってよ、鳥羽っ!」
 鳥羽に追いついた少女が、唇を尖らせながら抗議する。
 彼女の名は――華蓮(かれん)。
 鳥羽と同じく七天が一人であり、同時期に地天を継承した少女であった。
「少しくらい待ってくれてもいいでしょう! わたし、走るの苦手なんだからっ! そんなに急いで、何処に連れて行く気なのよ?」
 華蓮は唇を尖らせ、ジロリと鳥羽を見上げる。
 そんな華蓮に、鳥羽はニッコリと微笑んだ。
「父上の処――君の父親が誰なのか、ようやく判ったんだよ」
「――えっ!?」
 華蓮の双眸が驚愕に見開かれる。
 彼女は、今まで己の父親が誰なのか知らずに育ってきたのだ。
 城の者に訊ねても、皆『解りません』と首を振るだけなのである。傍付きの者たちが知っていて知らぬ振りをしていることは、何となく察していた。だが、誰もが堅く口を閉ざし、華蓮の問いには答えてはくれなかったのである。
 訊くだけ無駄――ということを悟って以来、父については詮索しないことにしていた。最近では気にもならなくなっていたところだ。
 それだけに、今の鳥羽の発言は華蓮の胸を激しく衝き上げた。
「……どういうことなの?」
「とにかく着いておいで」
 鳥羽は華蓮の問いかけを無視し、立ち尽くしている彼女の手を取ると再び走り始めた。


 森の奥深くまで来て、鳥羽はようやく足を止めた。
 どうやら、ここが目的地らしい。
 一本の巨木の根元に、輝く水晶の柱が立っていた。
 八角柱の水晶は、頭上から降り注ぐ木洩れ日に照らされ、幻想的に輝いている。
 鳥羽は微かに瞳を細め、水晶へと歩み寄った。華蓮の足も自然と鳥羽の後を追う。
「綺麗だけれど、哀しい感じがするわ。何だか――墓標みたい」
 華蓮は、こんな森の奥に水晶碑が建てられているのを怪訝に思い、率直な感想を述べた。
「そう……墓標――なんだよ」
 水晶に片手を当てた鳥羽が寂しげに呟き、華蓮を顧みる。
「彩雅様が造ってくれたんだ」
 ここは、かつての乱の際、先の空天と地天――即ち鳥羽の父親と華蓮の母親が生命を失った場所なのだ。
 後日、氷天・彩雅が二人を偲んで、この地に墓標代わりに水晶を奉ったのである。
 その話は、噂として華蓮の耳にも入っていた。
 しかし、側近頭の薙を始め、皆が口を揃えて『この森には入るな』ときつく戒めるので、華蓮は一度もここへ来たことはなかったのだ。
 まさか、城の近くにあるこの森が、母の最期の地だとは思ってもいなかった……。
「あっ……じゃあ、ここが――わたしのお母様と鳥羽のお父様が亡くなった場所なのね?」
 華蓮はしげしげと水晶を見つめた。
 唇から確かめるまでもない問いかけが滑り落ちる。他に何と云ってよいのか、解らなかった。適切な言葉が見つからない……。
 華蓮はその場にしゃがみ込み、恐る恐る手を伸ばして水晶に触れてみた。
「ここに……ここで……お母様は――」
 遠い日に見た母の姿が脳裏に甦ってくる。
 華蓮は愛おしげに水晶に頬を擦り寄せた。
 刹那、

 ア・イ・シ・テ・イ・ル

 水晶から心に染みいるような温かな波動が伝わってきたのだ。
 それは、確かに『愛している』と伝えてきた。
「今――何か言った?」
 華蓮は驚いて水晶から顔を離し、そのまま鳥羽を仰ぎ見た。
「いや、何も――」
 鳥羽がかぶりを振る。
「……変なの」
 釈然としないまま、華蓮は静かに立ち上がった。
 それから、思い出したように鳥羽に質問を繰り出す。
「――で、どうして、ここがわたしの父親に関係があるの?」
 鳥羽が自分をここへ連れてきた理由が解せなかった。
 母――蘭麗の墓標を見せるためにわざわざ引っ張ってきたほけではないだろう。それならば『君の父親が判った』などと前もって云わないはずだ。
 不思議がる華蓮に、鳥羽がまた綺麗な微笑を向けてくる。
「だから、私の父上は――華蓮の父親でもあったんだよ」
「――えっ!? な、何よ、それっ!? 鳥羽、あなた可笑しいわよっ!」
 真顔で答える鳥羽に、華蓮は呆気にとられ――次いで大爆笑した。
「冗談が好きね、鳥羽!」
 笑い声を立てながら、鳥羽の肩を軽く叩く。
「冗談なんかじゃないよ」
 鳥羽の表情がより一層深刻なものへと変化する。
「……う……そ……?」
 華蓮はすぐに笑いを引っ込めた。
 鳥羽が嘘を吐いていないことは、彼の生真面目な態度ですぐに解った。
「嘘でもないよ。華蓮には翼があるだろう? 地の一族なのに翼が生えてる――ってことは、父親は私と同じ空の一族だ。父上は、君の母上のことをとても愛していた。華蓮の父親は、僕の父上――先代空天・迦羅紗だよ。君の背中の翼が、何よりの証拠だ」
「迦羅紗様が父親……? それじゃあ――わたしと鳥羽は、兄妹っっ!?」
「そうだよ」
「わたし、鳥羽の妹なのっ!?」
「……そうだよ」
「わたしが……鳥羽の――妹?」
 不意に、華蓮は眉間に皺を寄せ、不服げに鳥羽を見上げた。
 愛らしい頬が不満たっぷりに大きく膨れ上がる。
「そうだよ――って、何度言わせる気なの?」
 鳥羽が苦笑を湛える。
「何もそんなに嫌そうな顔しなくてもいいんじゃないかい、華蓮? そんなに――私のことが嫌いなの?」
「違うわよっ!」
 鳥羽の言葉に、華蓮の顔がムッとしかめられる。
「全っ然、違うわよ、鳥羽っ! ――好きだからよっ!!」
 華蓮は決然と言葉を放った。
「わたし、鳥羽が好きっ! 子供の頃からずっと鳥羽のお嫁さんになるのが、夢だったのよ! なのに……今更、兄妹だなんて――困るわ。困るのよ……。ああ……どうして、お母様は迦羅紗様のことを好きになったのかしら?」
 一頻り叫んだ後、華蓮はガックリと肩を落とした。
 意中の相手が腹違いの兄だったなんて、今頃そんな事実を明かされても困るのだ。
 自分の恋心はもう――鳥羽のことを兄としては見ることが出来ない域にまで達している。すっかり異性として彼に惹かれてしまっているのだから。
 気落ちする華蓮の肩に、鳥羽の繊細な手がそっと置かれる。
「それは――華蓮が私のことを好きなのと、同じ理由じゃないかな?」
 優しい鳥羽の声音に、華蓮はゆっくりと面を上げた。
「彼らの血を引いているから、私たちは惹かれ合うんだよ、きっと」
 鳥羽の若葉色の双眸が、綺麗な弧を描く。穏やかな笑みが顔一面に広がった。
 釣られるように華蓮も微笑んだ。
「……天王様、怒るわよね?」
「それどころか――半殺しにされそうな気もするけど……。でも、それでもいいかな。最近、少しも笑わないんだ、あの人」
 ふっと鳥羽の表情が曇る。
 鳥羽が住まう鳳凰城は、天空城の真上に位置している。気軽に行き来が可能なので、天王に逢う回数は七天の誰よりも多かった。
「口数も極端に減った気がする――何だか、心が緩慢な死に向かってるみたいで、嫌なんだよね……。だから、私と華蓮のことで怒ったり殴ったり、説教してくれると嬉しいな」
「……被虐的ね。でも、そんなところも大好きよ」
 華蓮はもう一度笑みを浮かべると、鳥羽の胸に顔を埋めた。
 意気消沈している天王のことも気懸かりだが、今は――今だけは想いが通じ合った幸せを噛み締めていたい。
「愛しているよ、華蓮」
 鳥羽の腕がそっと華蓮を抱き寄せる。
「わたしもよ、鳥羽――」
 華蓮と鳥羽はぴたりと寄り添い、静かにお互いを抱き締め合った。

 ――リーン、リーン……。

 何処からともなく、美しい玲瓏が鳴り響いた――



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2009.07.12 / Top↑
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