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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.12[11:32]
 氷天居城――氷輪城


 城の奥深く――氷天・彩雅の私室が派手な物音を立てて蹴り開けられたのは、午后のお茶の時間の出来事だった。
 ドカッッ!!
 と、扉が吹き飛ばさんばかりの勢いで開く。
「兄者ぁぁっっっ!!」
 その後を美しい脚――そして、本体が続いた。
「――兄者、兄者っ! 一体、何をしているのだっっ!?」
 室内に甲高い叫びが轟く。
 鬼気迫る表情で彩雅の部屋に乗り込んで来たのは、彼の双子の妹――水天・水鏡であった。
 彩雅は唐突に現れた妹に驚き、手にしていた茶器を思わず取り落としそうになった。辛うじて卓の上に茶器を戻し、唖然と妹を見遣る。
 偶然遊びに来ていた炎天・綺璃と雷天・瑠櫻も驚愕に目を瞠り、碧い髪と瞳の美しき闖入者を見つめた。
 扉の蹴破り方といい怒鳴り方といい、相当気分を害しているように見受けられる。
 兄想いの水鏡が、殴り込みのような勢いで彩雅の部屋にやってくるのは稀有なことなのだ。
「兄者っ! こんな処で優雅に茶を啜っている場合かっっ!?」
 水鏡が物凄い眼力で一度を睨めつける。
 どうやら、綺璃と瑠櫻を集めて暢気にお茶会を開いている彩雅を見て、更に腹を立てたらしい。鬼のような形相で彩雅に詰め寄ってくる。
「ど……どうかしたのか、水鏡?」 
 彩雅は、妹の顔色を窺うように怖ず怖ずと問いかけた。
 水鏡が荒れている原因に皆目見当もつかなかったのだ。
「どうした――じゃないっ! 今日は、何の日だと思っているのだっ!?」
 水鏡の眦がキッとつり上がる。
「……すまない。思い出せ――――」
「結婚記念日だっ!!」
 引きつった笑顔を浮かべた彩雅に、水鏡がビシッと言葉を投げつける。
「おまえと瑠櫻の――か?」
 彩雅は妹の剣幕に半ば辟易しながら、事の成り行きを静観している瑠櫻へと視線を走らせた。
 瑠櫻が無言でブンブンと首を横に振る。
 同時に、
「私と瑠櫻がいつ結婚したっ!!」
 水鏡の怒声が響き渡る。
 彩雅は再び苦笑いを閃かせた。今日は、自分の言動の何もかもが妹の不興を買ってしまうらしい……。
「何だ、てっきり内密に式でも挙げたのかと……。求婚されて、もう百年も経ってるんだから、いい加減一緒になったらどうな――」
「まだ、せぬっっ! 兄者が伴侶を見つけるまでは、断じて結婚しないと誓ったからなっ!」
「いや……それでは、当分先になる――というか、無理かもしれないし……。私のことは放っておいて、早く式を――」
「しないと云ったら、しないっ! 瑠櫻など、いくらでも待たせておけばいいのだ! それが嫌なら、早く嫁を娶れ、兄者っっ!」
 怒り心頭の水鏡は、彩雅の言葉を悉く遮り、高圧的な視線を向けてくる。
「うっわー、何か、物凄くヘコむんですけど、オレ……。頼むから、さっさとお嫁さん見つけてくれない、彩雅ちゃん」
 瑠櫻が口許を引きつらせながら、彩雅を横目で軽く睨む。
「何ならさ、オレ、嫁候補テキトーに何人か見繕ってくるからさ」
「何が『テキトーに』だ! 適当な女を兄者にあてがう気か、貴様っ!? それ以前に、おまえの目は腐ってるからダメだ。兄者に変な女を紹介するな。却下だ、却下っっ!」
 水鏡が拳で軽く瑠櫻の頭を小突く。
 ――彩雅ちゃんが結婚できないのは、水鏡の余計なお節介のせいだと激しく思いますけど、おにーさんはっ!
 瑠櫻は胸中で毒突き、肩を聳やかした。
 隣で綺璃が密やかに溜息を吐いている。
 おそらく、瑠櫻と同じ結論に思い至ったのだろう。
「っと、今はそうじゃなくてだな――すっかり忘れているようだが、今日は父上と母上の結婚記念日だ、兄者!」
「――あっ……!」
 水鏡に指摘されて、初めて彩雅は重大な事実を思い出した。
 年に一度、この日だけは必ず両親に顔を見せることにしていたのだが、今年はすっかり失念していた。
「ま、まあ……過ぎてしまったことは、どうしようもないし……明日にでも顔を出せばいいかな――」
 彩雅が決まり悪く呟くと、すかさず水鏡から冷ややかな視線を浴びせられた。
「確かに、過ぎてしまったことは仕方がないな、兄者。だが、兄者が来なかったおかげで、私は散々母上に泣きつかれたんだぞっ! 彩雅ちゃんが顔を見せないのも、妃を娶らないのも――全部、母の育て方が悪かったのね、と……。そりゃあもう、くどいほどの号泣っぷりだっ!」
 水鏡がツンと顔を逸らす。
 機嫌が悪いのは、母に延々と愚痴を聞かされたからであるらしい……。
「……彩雅――ちゃん? まったく、あの人は、本当に先代氷天だったのか? 結局、父上と母上は、自分たちが一緒に暮らしたくて引退したんじゃないか……。いつまで経っても子供なんだから――」
 彩雅は呆れ混じりに呟いた。
 彩雅と水鏡の母は先の氷天であり、父は先の水天なのだ。氷輪城と水滸城――離れ離れに暮らすのが嫌で、両親は力も衰えていないのに、さっさと彩雅たちに七天の位を継承させたのである。
「あっ、子供で思い出した! 私たちに弟か妹が出来るらしいぞ、兄者!」
「――えっ? 今更……」
「兄者が世継ぎを作らないからだ、と母上がまたくどくどと――」
「いや、兄弟が出来るなら、ますます私が無理に結婚しなくてもいいような気がしてきたけど……」
「――だな。また、双子らしい」
「本当懲りない人たちだな」
 彩雅と水鏡が同時に苦笑を零す。
 そこへ、綺璃と瑠櫻がわざとらしい溜息とともに割り込んできた。
「いい加減、二人だけの世界に浸るのは止めてくれませんかね?」
 綺璃が鬱陶しそうに片手で紅い髪を掻き上げる。
「まったくだね。これだから一卵性の双子は自己愛が強くて困る」
 瑠櫻が軽く嫌味を放つと、同じ顔した兄妹は同時に彼を振り返った。
「悪かったな」
 ピタリと重なり合う双子の声を聴いて、瑠櫻は肩を聳やかした。
「ホント、息ピッタリだよね、君たち……。ところで――鞍馬天はどうしている?」
 瑠櫻は素早く話題を転換させる。
 未来の妻とその兄を怒らせると、後が怖い。さっさと話を切り替えた方が得策だ。
「ああ……。相変わらず内弁慶でね。でも――良い妻だ」
「なるほど。綺璃は、鞍馬天に首ったけ、というわけだ」
 彩雅がからかうような視線を綺璃へ送る。
 綺璃は口の端に弧を描かせた。
「そりゃあ、最愛の女性だからな」
「のろけなど聞くのではなかったよ」
「お望みなら、毎日聞かせてやってもいいんだぞ、彩雅」
「それは――鄭重にお断りするよ」
 綺璃の意地悪げな言葉を、彩雅は微笑を浮かべてサラリと躱す。
「ったく、からかい甲斐がないな、おまえは。くそ真面目で底意地が悪くて――つまらん。そんなんだから、女にモテないんだぞ。おまえ――そろそろ好きな女の一人や二人見つけろよ」
 綺璃が面白くなさそうに舌打ちを鳴らす。
「それも――遠慮しておくことにするよ」
 再び、彩雅が優麗な笑みを湛える。
 それに対して、綺璃がまた何か口を開きかけたので、
「ハイハイ、そこまでね。水面下で火花を散らすようなこと止めてくれませんかね、お二人さん」
 瑠櫻はすかさず間に入った。
 ――ったく、仲が良いくせに、時々嫌味合戦始めるんだから、しょーがない。仲裁に入るオレの身にもなってほしいよね……。
 胸中でボヤきながら、瑠櫻は面倒臭げに片手をヒラヒラと振った。


 瑠櫻に間に入られ、彩雅も綺璃もそれ以上は無益な言葉の遣り取りを続行しなかった。
 二人同時に茶器に手を伸ばし、無言で口をつける。
「あっ、そういえば――風天の後継者がようやく決まったらしいぞ」
 奇妙な沈黙を気まずく感じたのか、水鏡が早口で新たな話題を提供する。
「《菖蒲》と書いて《あやめ》と呼ぶらしい」
「ふーん、普通に読めばショウブ――だね。やっぱり、風の一族にとって翔舞の存在は大きかったんだね」
 瑠櫻が一人納得したような頷く。
「そうらしいな。一族中『翔舞の再来』だと大喜びしているそうだ」
 そう告げる水鏡の顔も何処か嬉しそうだった。
 百年もの間、空席だった《風天》の位置が埋まるのは、七天にとっても喜ばしい出来事だ。
「へえ、翔舞の再来ってことは――さぞかし美しい少女なのだろうな」
 翔舞の姿を脳裏に思い描いているのか、綺璃が遠くに視線を馳せながら呟く。
 彼の言葉を耳にして、水鏡はさも可笑しげにプッと吹き出した。
「あ、綺璃――楽しい想像をしているところ悪いが、菖蒲は男だぞ!」
「な、何っっ!?」
 綺璃がハッと我に返る。彼は一瞬にして妄想の世界から現実へと引き戻されたようだ。
「男なのに、《あやめ》なんて名前つけるなよっ!!」
「いや、他人のことは言えないのではないか。《あやり》だって、充分女性で通用すると思うけれど?」
 喚く綺璃の傍らで、彩雅は笑いを堪えながら口を開く。
 途端、綺璃が恨めしげな眼差しを彩雅へと向けた。
「兄者、綺璃、いい加減にしろよ」
 不毛な嫌味の応酬が始まる前に、水鏡は素早く釘を刺した。
 放っておくと、いつまでも下らない会話を繰り広げるのだ。そんなところは、昔から――そう、子供の頃から何ら変わっていない……。
「まっ、とにかく、これで七天の座も全て埋まったわけだし――私は単純に嬉しいぞ!」
 水鏡は、彩雅と綺璃を牽制するように必要以上に声を弾ませ、明るい笑顔を浮かべた。
「あとは……紫毘の城主だけだな――」
 ふと、瑠櫻がポツリと独りごちる。
 その哀しげな声音に、皆は自然と動きを止め、押し黙った。


 かつて、天王の叛旗を翻した神――紫姫魅天。
 彼亡き後に紫毘城の玉座に即いた者は、誰一人として存在していなかった。
 大役を引き継ぎたいと申し出る者がいないわけではない。
 天王が頑なにそれを許さなかったのだ。
 紫姫魅以外の者が紫毘の城主となることを、天王は拒絶し続けている。
 今現在、紫毘城は封鎖され、立ち入ることを禁じられていた。
《妖魔の森》の警備は、七天が交代で行っている。
 それで天王の心痛が多少なりとも和らぐのなら――と、誰も紫毘に関しては天王の方針に口を挟まなかったのだ。
 紫姫魅の乱の直後から、天王は『神人の受け入れ』を開始した。
 反発する枢密院と幾たびも激しい討論を繰り返し――それでも、天王は己の意見を翻さなかった。穏和で争いを好まぬ天王が、これまで天界を裏で支配してきた枢密院に牙を剥いたのだ。
 結局、枢密院は天王の気迫と根気に折れ、七十年ほど前に神人の受け入れを容認した。
 以来、天王の望んだ通り、天界で生きることを決意した神人は迫害されることなくこの世界で暮らしている。
 なのに、天王の表情は晴れなかった。
 ここ数年で、急激に口数と笑顔が減った。
 黄昏色の双眸には、何かを諦観したような昏い翳りが射している。
 天王の心を慮るなど僭越行為だが、誰の目から見ても天王が何かを諦め、儚んでいることは明らかだった……。


「あれから、百年の刻が過ぎてしまったのだな……」
 彩雅が感慨深げに嘆息する。
「早いようで、遅い。いや、遅いようで、早いのか? 俺たちは変わらないのに、周りは目まぐるしく変化してゆく――」
 綺璃が過ぎ去った時を偲ぶように言葉を紡ぐ。
「ああ、刻というのはそういうものだよ」
 瑠櫻の密かや囁き。

 それからは誰も口を開かず、七天はしばし静謐な時に身を委ねた――



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