ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 綺麗な人だった。
 人間界から天界へと昇ることが許され、初めて出逢った天神はとても美しい姿形をしていた。
 何故だか濡れていた髪は、黄金に柑橘の雫を垂らしたような不思議な色合いをしていた。乾いて陽の光を浴びれば、さぞかし神々しく輝くことだろう。
 そして、自分に向けられた黄昏色の瞳――
 高潔かつ清冽な光を宿していた。
 初対面のはずなのに、妙に懐かしく感じた。
 天神の瞳に見つめられた途端、心臓が跳ね上がった。
 神秘の瞳を向けられて、極度の緊張に見舞われたのだろう。


 彼は、つい今し方出逢ったばかりの天神を脳裏に描き、微かに頬を紅潮させた。
 どこの天神様かは解らぬが、神々の中でも高位の存在なのだろう。
 鮮麗な光輝を放っていた。

 天神と遭遇したことで、ようやく天界へやってきた実感が湧いてきた。
 神人として人間界に生まれ落ちてから数十年――やっとのことで枢密院の許可が下り、天界へ昇ることを許されたのである。
 戻って来たのだ、懐かしの天界へ。
 生まれ変わる以前のことは朧に覚えている。
 自分は決して善き天神ではなかったようだ……。
 その贖罪のために枢密院から下された指令は、天界で最も危険な場所である《妖魔の森》の監視だった。

 彼は、風の如き速さで馬を疾駆させた。
 ただ、ひたらすらにある場所だけを求めて。

 白馬の脚が止まったのは、寂れた古城の入口だった。
 彼は馬を降り、しげしげとその城を見上げた。
 ――昔のままだ……。
 外観は記憶に残されている通りだった。
 彼は迷うことなく門を通り抜け、城内へと続く巨大な扉を開けた。
 郷愁の籠もった眼差しを城内に巡らせながら、回廊を進む。
 見回した限り、さほど荒れている様子はない。だが、永き間、誰も使用していないのは明白だ。
 ここは、先の乱で敗れた神の居城であったのだから……。

 彼は注意深く通路の奥へと足を向けた。
 住人などいるはずがないのに、辺りに人の気配を探してしまう自分に対して、苦笑いが込み上げてくる。
 誰もいるはずがない。
 そう結論を出しかけた時
 ――ポロンッ……。
 思いがけず、竪琴の音が耳に飛び込んできたのである。
 聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。
 ――ポロン、ポロンッ……。
 小気味よい竪琴の音が、しっかりと彼の耳に届けられた。
 ――誰かいるのだろうか?
 彼は、誘われるようにして竪琴の音色を追った。
 何かに突き動かされるように通路を早足で進み、ある一つの部屋の前で立ち止まる。
 その部屋だけ、微かに扉が開かれていた。
 扉の隙間――その向こう側に広がる光景。
 彼は想像すらしていなかった。
 いや、幾度かは想像した――夢見た。
 しかし、その度に己のその甘い考えと期待を打ち消してきたのだ。
 もしかしたら――いいや、そんなことは有り得ない、と。
 その有り得るはずのない夢が、現実として彼の眼前に姿を晒している。

 彼に背を向ける形で竪琴を弄んでいる、一人の青年――

 青年は彼の存在には気づいていないのか、竪琴に向かって重い溜息を洩らした。
「……いつになったら、帰って来てくれるのでしょうね?」

 青年の声を聴いた刹那、彼は双眸から溢れ出してくる涙を抑えることが出来なかった。

 変わらぬ声。
 変わらぬ優しさ。
 変わらぬ彼への信愛の念――

 気懸かりでならなかった大切な者が、今も尚、この場所に留まっていようとは……。

 待っていてくれたのだ。
 百年もの永き刻を、たった一人で。

 彼のために一人この城に残り、ずっと彼の帰りを信じていてくれたのだ。

 我が子同然に慈しみ育てた青年――愛しさに胸が締めつけられる。

 忘れ去ろうとしていた愛情が、心の奥底から甦ってきた。
 彼は、静かに室内へと足を踏み入れた。
「――誰かいるのですか?」
 彼の気配に勘づき、青年が振り返る。
 そして、驚愕に目を瞠り、全ての動きを停止させた。
 僅か一瞬、刻が止まった。
「ただいま――」
 彼は、躊躇わずに茫然と立ち竦んでいる青年を抱き締めた。

 青年の頬をつと涙が伝った。
 泣きながら青年は微笑んだ。
 青年の全ての想いを表したような限りなく優しい笑顔が、彼を穏やかに迎え入れた。
「お帰りなさい、紫姫魅様」


 刻が、緩やかに動き始めた――



                            《了》



最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございます♪
予定よりかなり長引いた連載ですが、無事に終えられることができました。
皆様からの激励の拍手・コメントのおかげです! 心より感謝いたします!

次の連載は……山村ファンタジーの予定です(笑)


 にほんブログ村 小説ブログへ  
→ BACK

ブログパーツ
スポンサーサイト
2009.07.12 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。