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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.12[12:25]
 夏は、嫌いだ。


 ――夏はキライ。
 楠本ユイは、夕暮れの雑踏の中を歩きながら胸中で繰り返した。
 八月中旬――東京は夏真っ盛り。
 しかも、今日は最高気温三十六度を超える真夏日だった。
 生まれも育ちも北海道のユイには、かなりキツイ。
 ユイの故郷――北海道B市は、夏は三十度を超え、冬はマイナス三十度を超すという、気温差の激しい土地だ。
 暑い夏には慣れている。
 だが、東京は、ユイの知っている夏とは違う。
 北の大地のカラッとした暑さとは異なり、湿気が多く、蒸し暑い……。
「やっぱ違うよねぇ。ジメジメしていて気持ち悪い……」
 ユイは二年間通り慣れた商店街を進みながら、Tシャツの胸元をパタパタと手で扇いだ。
 当然、それくらいでは不快な暑気を払拭することなどできない。
 しつこく纏わりつく陰湿な熱気に、ユイは不機嫌そうに眉根を寄せた。
 地元の高校を卒業してすぐ、ユイは東京都中野区にある銀行に勤務した。
 豪雪地帯である田舎を脱出して、晴れて独り暮らし。
 公私ともに首尾は上々。不満はない。
 仕事も思いの外に順調だし、恋人の透とも巧くいっている。
 決して極上の幸せではないが、ひどく不幸でもない毎日。
 周りの人たちに比べて見劣りのしない平凡な日常。

 なのに――
 夏は憂鬱だ。

 何もかもが嫌になってくる。
 投げ出したくなってくる。

 異様なまでの暑さだけが原因ではない。
 ユイの過去には何か『夏』に纏わる嫌悪すべき出来事があったのだ。
 ユイにとっては、とてつもなく衝撃的で、憎悪すべき事柄が……。
 ユイ自身は、その『何か』を克明に思い出すことが出来ずにいるのだが――
 思い出せそうで、思い出せない。
 そんなもどかしさがユイの心にもやを落とし、《夏嫌い》に拍車をかけていた。
「わたし、夏生まれなのに、何で夏がキライなのかなぁ?」
 仄暗くなってきた空を仰ぎ見ながら、ユイは独白する。
 自問の言葉は、虚しく人混みに吸い込まれた――



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