ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 陽が完全に沈む前に、ユイはマンションへと辿り着いた。
 煉瓦造りの五階建ての小綺麗なマンション。
 三階にある1LDKに、ユイは恋人の透と一緒に住んでいた。
「ただいま」
 玄関ドアを開け、気怠げな動作で靴を脱ぎ捨てる。
 真夏の熱気にあてられたせいか、身体が妙に疲れていた。
 商店街で買い物をした白いビニール袋を片手に、リビングへと足を向ける。
 ドアを開けた瞬間、エアコンの心地好い冷気がユイの身体を通り抜けていった。
「おかえり」
 透が首だけをねじ曲げてユイをn見つめ、破顔する。
 透は、少し長めの髪を後ろで一つに束ね、Tシャツに短パンという簡素な姿でソファに寝転がっていた。
『ユイの彼氏、カッコイイね』と友人や同僚から羨ましがられる恋人の爽やかな笑顔を目にして、ユイも釣られるように微笑んだ。
「早かったのね、透」
 後ろ手でドアを閉め、ユイは透の傍らへ異動した。
「夏休みだからね。今日は、大学の図書室に本を借りに行っただけ」
 透は嬉しげに告げて、腕を伸ばした。ユイを引き寄せて、軽くキスする。
 鷹野透。ユイより一つ年上――今年で二十一歳になる痩身の青年。新宿区にあるW大学の文学部に籍を措いている現役大学生だ。
 二人の出逢いは去年の秋――透たちの主催する合コンにユイが参加したことが発端だった。
 会社にW大文学部の彼氏を持つ同僚がいて、ユイは人数合わせのために無理矢理参加させられたのである。
 乗り気ではなかったユイだが、会場で透に出逢い、一目惚れした。
 透の出身地がユイと同じ北海道であることが発覚してからは、面白いように会話が弾んだ。アルコールを呑んだ勢いも加わって、二人はその夜ホテルに直行し――付き合うことになった。
 交際を開始直後、透は自分のアパートを引き払い、ユイの部屋に転がり込んできた。そして、現在に至る。
 ありふれた出逢い、ありきたりの同棲生活だが、ユイは透と過ごす日常を大切にしていた。
 珍しく、自分から惚れた男だ。絶対に手放したくない。
 幸いなことに、透の方もユイと過ごす時間を楽しんでいるようだった。
 透と一緒にいると心が安らぐ。
 毎日顔を合わせ、特別喋ることもなく無言の時が続いても苦にならない。
 いつも透を愛しいと想う。
 東京のゴミゴミとした雑踏の中で、透と暮らすこの世界だけがユイにとって唯一のオアシスだった。
「夏休み――懐かしい響きだわ。いいよね、学生さんは」
 ユイは唇を尖らせながら、軽く透を睨む。
 夏の暑い中、毎日会社までの道のりを三十分も歩き、朝から夕方まで職場に拘束される自分。それに対して透は、単位を落とさない程度に講義に出席すれば良い上に、夏休みは一ヶ月以上もある。
気ままな透と社会人である自分を比較すると、否が応にも不平の言葉が零れてしまう。自分の選択した人生を透に八つ当たりするのは、明らかな間違いだと解っていても……。
「大変だね、OLさんは」
 透はユイの心情を見透かしたようにニヤッと意地悪な笑みを浮かべ、再びユイにキスするのだ。
 決して、露骨にユイを非難しようとはしない。
 透は、出逢ったころからそういう優しい人間だった。
「――嫌ね、夏って!」
 ユイは急に自分の発言に羞恥を感じて、慌てて透から離れた。
「きっと、暑さのせいでイライラして、僻みっぽくなってるんだわ」
 透への嫌味を夏の暑さのせいにして、ユイはキッチンへと身を移した。
 透の忍び笑いが背中を追ってきたが、敢えて無視する。
 ユイは買い物袋の中身を片付けるために冷蔵庫の扉を開けた。
 刹那、
「――――!?」
 ユイは傍目にも解るほど思い切り顔をしかめた。
 一瞬遅れて、背筋がゾッと粟立つ。
 自然と目が大きく見開かれ、身体中が総毛立った。

 鼓動が速まる。
 眩暈がする。
 吐き気がする。
 頭が痛い。
 息が、出来ない――

 バタンッッ!!
 無意識にユイは冷蔵庫の扉を勢いよく叩き閉めていた――



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2009.07.12 / Top↑
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