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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.12[12:38]
 ――どうして、スイカにはあんなにウジャウジャと種があるのだろう?
 言い表しようのない生理的嫌悪。
 他人には理解できないだろう――苦痛。
「群がる種は、大嫌い。見るだけで鳥肌が立って、頭痛がして――吐き気がする。スイカもメロンも……カボチャもダメ。ううん、群れる種だけじゃないわ。最近ではリンゴや梨の種でさえゾッとするのよ」
「……ユイの実家、農家だろ?」
 透は、珍しいものを見るような目つきでユイを見下ろしている。
 彼の問いに、ユイは小さく頷いた。
 北海道にある実家は農業を営んでいる。稲作がメインだが、西瓜もメロンも南瓜も生産していた。
 透は『どうして、農家の娘が自分の家で作っているものを嫌いなんだ?』と疑問に思ったのだろう。
「野菜や果物が嫌いなわけじゃないのよ。種がダメなの。群がる種と、黒い種が」
 ユイは、自分の主張を透に解ってほしくて頑なに繰り返した。
「ソレ、家族は知ってんだろ?」
「当たり前よ」
 ユイは再度首肯した。
 家族はユイの《種恐怖症》を知悉している。
 チラリ、と過去の嫌な映像が脳裏を掠めた。
 ユイが中学生だった頃、一つ年上の姉が『ユイ、これ、美味しいから食べてみなよ』と言いながら黒斑のある黄紅色の丸い果実を差し出したことがある。
 石榴だった。
 当時、実際に石榴を目にしたことのなかったユイは、姉の言葉を信じ、従順にその実を割った。
 中から出てきたのは、ルビィ色の無数の種だった。
 群がる種――種・種・種種種種種種種種!
 ユイは、悲鳴をあげながら石榴を放り投げた。
 怯えるユイを姉は笑って眺めていた。
 ユイの《種恐怖症》を知っていて、からかったのだ。
 その後、姉は『こんなに美味しいのに勿体ない』と事も無げに言い、石榴を囓っていた。
 身の毛のよだつような種の群れ。
 ユイには、どうしてもそれが虫に見えた。
 平然とそれを口にする姉が不気味な怪物に見えた――
「じゃ、何でわざわざスイカを送ってくるかなぁ?」
 透のボヤきに近い声。
 それが、嫌悪すべき思い出からユイを現実へと引き戻した。
 透の声は、不思議とユイの心を安らかにしてくれる。
「親心でしょ」
 幾分平静さを取り戻したユイは、軽く肩を聳やかしながら透の疑問に応じた。
「ウチの親、田舎を出て東京で独り暮らしをしている娘のことを心配してくれているの。いつも色んなものを送ってくれるわ」
「独り暮らし、ねぇ……」
 透が困ったように頬を指で掻く。
 ユイは、透と同棲していることを両親に報告してはいなかった。
 その事実に、ユイも透も多少の罪悪感を覚えているのだ。
 長く嘘をついているというのは思いの外に困難だし、何より相手に対して気が引けてしまう。
 ユイは、今度実家に帰った時には透のことをちゃんと両親に話すつもりでいた。
「わたしの《種恐怖症》のことは知ってるの。でも、一昨年も去年も『あんたは食べなくてもいいの。誰かにあげなさい』って送ってくるのよね。まっ、実際。その通りにしてるんだけど……。まさか、今年は透がスイカを切っちゃうなんて思いもしなかったわ」
 ユイは恨めしそうな視線を透に注いだ。
 透が一瞬たじろいだように頬を引きつらせ、次に大きく息を吐いた。
「……悪かった。《種恐怖症》のことは知らなかったけど、ユイ宛の荷物を勝手に解いちゃったのは、明らかにオレが悪い。ゴメンな、ユイ」
 透は心から申し訳なく思っているらしく、真摯な表情でユイを見つめ返してくる。
 ユイは一つ頷き、
「解ってるならいいのよ、透」
 ニッコリと笑みを浮かべた。
 意想外に西瓜のグロテスクな姿を目撃してしまった時の恐怖と苦痛は、既に払拭されつつある。
 嫌なことは早く忘れてしまうべきだ。
「とにかく、わたしはスイカ食べられないから、早いうちに透一人で何とかしてね。それじゃなきゃ、わたし、冷蔵庫にも近寄れないんだから」
「ハイハイ」
 冗談めかして告げたユイの頭を透の大きな手がポンポン叩く。
「ユイの親が心を込めて作ったスイカだもんな。切ったからには、ちゃんとたべなきゃな」
「ありがと、透」
 ユイは再び微笑んだ。
 釣られるように透も笑う。
「でも――」
 ふと、その透の笑顔が曇った。
「何で、種が虫に見えるんだ?」
 問いかけられて、ユイはほんの数秒言葉を失った。
『何故?』と訊かれても、返答に困る。
 それは、幼い頃に《拒絶事項》として本能に植え付けられたものなのだから。
 そう、子供時代からずっと――
 そこまで考えて、ユイは困惑した。

 幼い頃。
 子供時代。

 一体、それは、いつのことだったのだろうか?

 思い出せない。

「さあ、どうしてかしら――」
 ユイは釈然としない面持ちで首を捻った。



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