ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 昏い光が周囲を照らし出している。
 延々と続くかのような平地に、ユイは一人ポツンと立っていた。
 キョロキョロと辺りを見回してみるが、自分の他には誰もいないし、何もない。
 仄昏い闇が立ち込めているだけだ……。
 妖異な世界に、闇と同じような光が射している。
 暗い光――黒い光。
 光のはずなのに少しも輝いてはいない、奇怪な光彩。
 ――これは、夢……ね……?
 とても現実の世界だとは考えられなかった。
 ユイは、この奇妙な世界を勝手に『夢の世界』と決めつけた。
 自分の裡の夢世界――ならば、何も畏れることはない。
 己に言い聞かせ、ユイは足を踏み出した。
 直後、
『――ユイ』
 背後から声をかけられた。
 ユイはビクッと身体を震わせて立ち止まる。
『ユイ』
 声が迫ってくる。
 驚愕に心臓が縮む思いをしたが、よくよく反芻してみると、それは自分がよく知っている青年の声だった。
 優しい恋人の透。
 ユイはホッと安堵の息を吐くと振り返った。
 闇の中に透の顔が白く浮かび上がっている。
「透……」
 微笑を湛える恋人を確認して、ユイは再度胸を撫で下ろした。
 だが、それはほんの束の間のこと――
『ユイ。ホラ、見てごらん』
 透は白い微笑みを浮かべたまま、両手をスッとユイの目前に差し出したのだ。
 彼の手の中にあるのは、赤い果肉をさらけ出した西瓜。
 艶々と濡れ光りする漆黒の種が、強烈に存在をアピールしている。
「――――!?」
 ユイは大きく息を呑んだ。
「と、とっ、とおっ……る……!?」
 あげようとした悲鳴は喉に逆流し、上手く言葉にならない。
『どうした?』
 仮面のような笑顔を貼り付けた透が、更にズイッと西瓜を前に押し出す。
 ゾワッ。
 幾多もの種たちが一斉に動いた。
 目の錯覚ではない。
 種は、自らの意思を持って果肉の中を泳ぐように蠢き始めたのだ。
 ……ドクンッ……ドクンッ!
 心臓が高鳴る。
 鼓動が速まる。
「い……やっ……! やめて、透っっ!!」
 額から冷たい汗を流し、全身の毛を波立たせながら、ユイは必死の思いで叫んだ。
『変な奴だな。うまいぜ。コレ』
 透が西瓜を口許へ持ってゆき、一気にかぶりつく。
 ムシャムシャと透は事も無げに種いっぱいの果肉を咀嚼する。
 唇の両端からだらしくなく赤い果汁が垂れ、小さな黒い種が溢れ出る。
 種は、這うようにして透の顔の上を自由自在に動き回っていた。
「――とお……る……」
 ユイは顔面が強張るのを禁じ得なかった。
 気持ちが悪い。
 ――吐き気がする。
 透は何故、あんなものを平気で食べているのだろうか?
 信じがたい出来事だ。
「や、やめてっ……! やめて、やめて、やめてぇぇぇぇぇっっっっっ!!」
 ユイは絶叫した。
 無意識に閉じた双眸から熱い液体が零れ落ちる。
 嫌悪と恐怖がユイの全てを支配していた。


『ユイちゃん』
 唐突に透の気配が消え、新たな声がユイの耳をくすぐった。
『どうしたの、ユイちゃん?』
 声は低い位置から聞こえてくる。
『ユイちゃん?』
 変声期前の――高めのボーイソプラノ。
 聞き覚えがあるようでないような、少年の声。
 ユイは勇気を振り絞り、恐る恐る瞼をこじ開けた。
『ユイちゃん』
 眼前に小学生くらいの男の子が立っていた。
 穏和な面立ちをした、華奢な少年。
 見覚えがあるような、ないような……。
 少年の顔へ視線を落とし、
「――ひっ!」
 ユイは小さな悲鳴をあげた。
 少年も透と同じように西瓜を手にしていたのだ。
『ユイちゃん、スイカ大好きでしょ』
 少年はあどけない笑顔をユイに向け、西瓜を差し出した。
「あっ……ちがっ……わたし、スイカなんて……大嫌い……!」
 ユイは後退りしながら震える声で抗議した。
『何、言ってるの? ユイちゃんはスイカが大好きだったんだよ』
 少年は黒い種がビッシリと詰まった西瓜を掲げ、ズイズイとユイに接近してくる。
 ユイは拒絶の意を込めて首を横に振っ ――大好きだったんだよ。
『だった』――過去形。
 それは一体、いつまでの過去のことなのか?
 ユイには微塵も見当がつかなかった。
『ユイちゃんは、スイカもボクのことも大好きだったんだ』
 少年が容赦なくユイに西瓜を突き出す。
「いやっ!」
 反射的にユイは少年の手を振り払っていた。
 少年の手から西瓜が弾け飛び、地面に激突する。
 グシャッと音を立ててひしゃげた西瓜から、ゾロゾロと黒い種たちが這い出してきた。
『ユイちゃん』
 少年が一歩ユイに近づくにつれ、種の群れも一緒になってついてくる。
「いやっ! こっちに来ないでっ! 大体、あなた、誰なのよっっっ!?」
 ユイは蒼白な顔で少年を凝視し、激しく誰何した。
『ユイちゃん……ボクのこと忘れちゃったの?』
 疑問をぶつけた瞬間、少年の顔がひどく哀しそうに――寂しそうに歪んだ。
「わ、わたし……あなたのことなんか、知らない」
『……ヒドイよ、ユイちゃん』
 少年が泣き出しそうな表情でユイを見上げる。
 つと、腕がユイへと伸ばされた。
 ユイは咄嗟に身を引こうとしたが、少年の行動の方が僅かに速かった。
 子供とは思えない力強い手が、ユイの手首をギュッと握り締める。
『ヒドイよ』
 繰り返される言葉。
『ボクの身体をこんなにしたのに、ボクのことを忘れちゃうなんて!』
 少年の顔から哀愁が消え失せ、代わりに怒りが具現される。
 ユイに――ユイだけに向けられた、計り知れぬ激昂。
 少年の双眸からボロボロと涙が溢れ出した。
 黒い涙だった。
 滂沱と化し、止めどなく流れ落ちる黒き涙。
 ――涙?
 いや、違う。
「いっ……いやぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
 ソレの正体を悟るなり、ユイは喉の奥から絶叫を迸らせていた。
 少年の瞳から流れているのは、決して涙などではない。
 厭わしき――黒き種だ。
 ユイが真実に気づいた刹那、少年の肌にプツプツと黒点が生み出された。
 瞬く間に、少年の全身が真っ黒い種で覆い尽くされる。
 人の形をした――種の化け物。
 しかも、一粒一粒が細かく震えるように蠢いている。
 ユイの首を掴む少年の手も例外ではない。
 おぞましい種の怪物が、ユイを呪縛している。
 ゾゾッ……ゾゾゾゾソッ……。
 種の群れは、物凄い速度でユイの腕を這い上がり、更に全身に広がろうとしている。
 種から発せられる明確な悪意と殺意を感じて、ユイは恟然と目を瞠った。
 原因不明のままに向けられた憎悪の念、そして生理的恐怖ゆえに身体が硬直する。
 ――どうして……わたしなの?
 答えを模索する余地はなかった。
 生を得た黒き種たちが、ユイの顔にまで侵攻してくる。
『ユイちゃん、ヒドイよ』
 全ての種たちが、少年の声で同時に恨み言を放つ。
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
 狂気に侵されたユイの悪夢は、唐突にブラックアウトした――



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2009.07.12 / Top↑
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