ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「――イ……ユイ?」
 意識の遙か上層部で、自分を呼ぶ声が聞こえる。
「ユイ?」
 今度はもっとはっきりと――力強く。
 ユイは水中を浮上するような感覚の中で、呼び声に応えようと必死に意識の覚醒に努めた。
「ユイ? ――ユイ!」
 身体が――本体が軽く揺さぶられている。
 しかし、水面はまで見えない。
「ユイ、目を醒ませよ!」
 ペチペチと数度頬が叩かれたようだ。
 微かな痛みを感じる。
 その刺激が妙心地好かった。
 意識の水面が見える。
 ユイは躊躇わずに水面を突き破り、そこから顔を出した。


「ユイッ!」
「――ん……」
 ユイは、声に導かれるようにして瞼を押し上げた。
 朧な視界に、愛する透の顔が見える。
「透……?」
 恋人の心配そうな表情を確認して、ユイはハッと我に返った。
 急激に意識が覚醒する。
「透!」
 ユイは、頬に添えられた透の手をやにわに掴んだ。
 何かから逃れるように、透に縋りつく。
「大丈夫か? おまえ、酷くうなされてたぞ?」
 透の両手がユイを包み込むように抱き締めてくれる。
 透の温もりが、ユイを現実へと引き戻した。
 しっかりと自分を抱き留めてくる透の存在に安息を感じた。
 あの、おぞましい種の襲撃は全て夢だったのだ。
「夢を……見ていたの」
 透の胸に顔を埋めながら、ユイは弱々しく呟いた。
「思い出すのも嫌な――悪夢よ」
 喋りながらもユイは寒気を覚えて、ブルッと身体を震わせた。
 全身が冷や汗で濡れている事実に、初めて気がついた。
「そっか。怖い目に遭ったんだな。でも、もう大丈夫だ。オレが傍にいる」
 透の手がユイの髪を撫で、優しく頭を引き寄せる。
「わたし……」
 ユイはゆっくりと透を見上げた。
 透が『何?』というように軽く首を傾げる。
「わたし、種に……種が――」
 ユイは説明しようとしたが適切な言葉を探せずに、結局口籠もってしまった。
「――種?」
 透の眉間に皺が寄る。
「ああ。スイカを見ちゃったから、夢にまでそれが現れたんだろ? おまえ、ホントに《種恐怖症》なんだな」
 透は、納得したような、何処かホッとしたような口調で述べた。
 ユイの悪夢を『大したことではない』と判断したのだろう。
「そんな不安そうな顔するなって。ただの夢だろ? それに、種は何もしないさ」
「……そう……かな? でも、種は……わたし、きっと……種に――」
 ユイはフッと表情を翳らせた。
 得体の知れない恐怖と戦慄が、まだ全身に纏わりついている。
「何だよ? 心配性だな」
 透は屈託なく微笑む。
 その心強い笑顔を見ていると、先に続く言葉が言えなくなってしまった。
 ――わたしは、いつか種に殺される。
 ユイは、喉元まで出かけた言葉を強引に呑み込み、唇を噛み締めた。
 夢の中の種は、紛うことなき殺意を持っていた。
 ユイに対する恨み、妬み、憎しみ、怒り――あらゆる負の感情を孕み、種は襲いかかってきたのだ。
 ――どうして、わたしなの?
 ユイは、知らず知らずのうちに夢に出現した少年に胸中で問いかけていた。
 種から発せられた怨嗟と殺気は、そのまま少年の心情を反映したものだろう。
 ――わたしは……種に殺される。
 何の根拠も確証もなかったが、ユイは漠然とそう思った。
「わたし……少しだけ思い出したの」 
 ユイは、透を見つめながら掠れる声で呟いた。
「何を?」
 透が不思議そうにユイを見返してくる。
「わたし、昔は食べられたのよね――スイカ。凄く好きだった……」
 そう。夢の中で少年が告白したように、自分は子供の頃、西瓜が大好きだったのだ。
 夢を見て、思い出した。
「でもね、ある日……突然食べられなくなったの。どうしてなのか、解らないけれど――」
 ユイは緩慢に言葉を紡いだ。
 記憶を掘り出そうとすると、頭に鈍痛が生じる。
 自分の裡のもう一人の自分が『思い出すな』と、警告しているようだった。
 ――あの子、わたしのことを知っていた。わたしは覚えてないのに……誰なの?
 少年の儚げな顔が脳裏に甦る。
 何故だか、少年のことを考えると胸がキリキリと痛んだ。
 またしても別の自分が『封印した過去の蓋を開けるな』と注意を促す。
「わたし……大好きだったはずのスイカが食べられなくなったの。小学校五年の時に――」
 ユイは茫然自失の体で唇から言葉を吐き出した。
 十歳の時、自分を大きく変えてしまうような『何か』があったことは間違いない。
 好物の西瓜が食べられなくなり、《種恐怖症》に陥る原因となった『何か』が。
 その時、同時に心に楔を打ち込まれ、背に十字架を負ったはずだ……。
 だが、依然として記憶は蘇生されない。
 生涯忘れてはならぬはずのことを、自分はすっかり消却しているのだ。
 だからこそ、少年はユイを憎んでいる。
『何か』を忘却の彼方へ押し遣ってしまった自分を、少年は絶対に赦さないだろう。
 ――わたしは殺される。
 全身が冷たくなってゆくのを感じながら、ユイは正体不明の殺意に怯えた。
 謎めいた少年のことは、何一つ――塵ほども思い出せない。



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2009.07.12 / Top↑
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