ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 何なんだ、あの怯えようは?
 鷹野透は、閑散とした学食でAランチを口に運びながらきつく眉根を寄せた。
 昨夜から恋人である楠本ユイの言動が気になって仕方がない。
 西瓜を目にした瞬間から、ユイは酷く『何か』に怯えるようになった。
『種が怖い』と震え、喚き、泣く――蒼白な顔の恋人。
 あんなに狼狽えるユイを、透は初めて目にした。
 まるで別人のようだ――
「たかが種じゃないか。種の何に畏怖してるのか、オレには全く理解できないね」
 ボソッと独りごちる。
 転瞬、
「独り言は怖いぞ、透」
 慣れ親しんだ声が頭上から降ってきた。
 同時に、目の前に同じAランチを乗せたトレーが静かに置かれる。
 透は慌てて物思いから脱し、目だけで声の主を見遣った。
「何だ、木戸か」
 自分の向かいに腰を下ろした人物を確認して、透は小さく息を吐いた。
 背の高い、ヒョロリとした痩身の青年は、透の親友――木戸雅人だった。
「いきなり声かけるなよ。ビックリするだろ」
 透は非難の眼差しを木戸に注ぎながら、野菜サラダのトマトにフォークを突き刺した。
「おまえの独り言の方が不気味だよ」
 木戸は薄く笑い、エビピラフをスプーンですくい上げる。
「――で、種って何のこと?」
 ピラフを一口食べ終えると、木戸は徐に質問を繰り出してきた。
「ユイがさ、ちょっと変なんだ。種に過敏な反応を示すんだよ。本人曰く《種恐怖症》だってさ」
 透は困惑気味に木戸を見つめ、幾分投げ遣りに告げた。
「種――恐怖症?」
 木戸がスッと双眸を眇める。思いがけず友人は興味を抱いたらしい。
 フレームレスの眼鏡の奥で、瞳が怜悧な輝きを発していた。
 木戸は微笑んでいることが多いが、いつも目だけは本気で笑っていない。
 透は長年のつき合いでそれを悟っている。
 木戸は、頼りなげな外見とは裏腹に芯が強く、鋭い洞察力を持ち合わせている、頭のキレる男なのだ。
 透は、この聡明な友人を殊の外気に入っていた。大学の中で、唯一本音で話の出来る信頼すべき人物だった。
 透は、躊躇わずに昨日のユイの奇異な言動について木戸に打ち明けた。
「マジで酷い怯えようなんだ。顔なんか真っ青で、冷や汗はダラダラだし……」
 透は苦虫を噛み潰したような顔で吐露する。
 ユイの恐怖に引き攣れた表情が脳裏から離れない。
「夢にまで種の群れが出てきてユイを襲った、って言うんだぜ? 幽霊にでも遭遇したみたいに凍り付いた顔でさ。なんか、見ちゃいけないものを見ちゃった、感じ……。オレ、どーしていいのか解んねぇ」
「へえ……ユイちゃんに、そんなアレルギーがあったとはねぇ」
 途方に暮れる透に、木戸が気の毒そうな視線を投げて寄越す。
「なあ、あいつ、ノイローゼかな?」
「う~ん……いや、だから一種のアレルギーなんじゃないか? ユイちゃん、子供の頃は確かにスイカやメロンを食べられた、って言ってたんだろ?」
 木戸が考えに耽るように顎に片手を添える。
「ああ。小学五年の時にイキナリ食べられなくなったんだってさ。見てるだけでも気持ち悪くなるくらい、ダメらしいよ」
「先天性じゃなくて後天性のアレルギーか。――じゃ、その直前に何か《種恐怖症》になるような衝撃的事件が起こったんだな。種に恐怖を抱かずにはいられなくなるような事件か……見当もつかないな」
「オレにも想像がつかない」
 木戸の真摯な眼差しを正面から受け止めながら、透は重い溜息をついた。
 どうしてなのか解らない――昨夜、ユイはそう述べていた。
 原因不明。
 微塵も思い出せない、と……。
「そもそもユイ本人が《種恐怖症》になった理由が思い起こせない、って言ってたからな」
「厄介だな」
 木戸の表情が微かに曇り、眼鏡の奥の双眸が暗い光を湛えた。
「とりあえず、ユイちゃんには頑張って契機になった出来事を思い出してもらうしかないよな。記憶が甦り、発端が何だったのか判明すれば、アレルギーへの対処方法も見つかるだろ。まあ、ユイちゃんの症状があんまり酷いようだったら、ちゃんと心療内科に診てもらえよ、透」
「…………」
「そんなに心配するなって」
 透は露骨に不安げな表情を浮かべていたのだろう。すぐに木戸から励ましの言葉が返ってきた。
「原因が判れば何とかなるさ。透まで暗くなるなよ。ユイちゃんを支えてやるのが、おまえの役目なんだから」
 慰めの言葉を付加して、木戸はコーヒーカップに手を伸ばした。
「ああ、そうだ。誰かにお裾分けしようと思ってさ、持ってきたんだ――スイカ。オレ一人じゃ食べきれないから、木戸にやるよ」
 不意に、透は大事なことを思い出し、隣の椅子に載せていた白いビニール袋を手に取った。
 中には、ユイの実家から送られてきた西瓜の四分の一が入っている。
 ユイが早急に処分してくれと懇願するので、少し切り分けて大学まで持ってきたのだ。折角実家から送られてきたものなので、捨てるのは流石に気が引けた……。
「ありがとう」
 木戸は嬉しそうに笑い、袋を受け取った。
 彼の手に袋が握られるのを見届けながら、
「ユイの過去、か……」
 透は独り言のように呟いた。
 突如として《種恐怖症》に陥ったユイ。
 小学校五年生。
 十一歳の時の出来事が胸に蟠っているらしい。
 ユイは今年二十一歳――
「ちょうど十年か」
 十年という歳月に妙な重みを感じて、透は我知らず身震いした。



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2009.07.12 / Top↑
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