ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 コポッ……。
 コポ、コポ、コポッ……。
 楠本ユイは、コーヒーメーカーの中で揺れる琥珀色の液体をぼんやりと眺めていた。
 職場の給湯室で、アイスコーヒーの作り置き作業をしている最中である。
 ――昨日の夢……何だったんだろう?
 大好きなブルーマウンテンの芳香が漂う中、ユイは昨夜の夢を反芻していた。
 仕事中も脳裏から離れてくれない映像――
 見覚えのない少年。
 虫のように蠢き回る、西瓜の種。
 そして、西瓜を好きだったという自分……。
 何もかもが不条理で不可思議。
 ――あの子、わたしを知っていた。何故だろう?
 着々と増してゆくコーヒーを見つめながら、ユイは軽く眉根を寄せた。
 何度思い出そうとしても、記憶の中の《過去》に少年の姿を見出すことは出来ない。
「どうしたの、しかめっ面なんかしちゃって?」
 意識を過去に飛ばしていると、不意に正面から声がかかった。
「――あっ! なんだ……恵か」
 唐突に現実に引き戻され、ユイは数度目をしばたたいた。
 目の前には、制服姿の女性が立っている。同僚の桜庭恵だ。
 ユイは軽く安堵の息を吐いた。
 恵とは、同期な上に同じ窓口担当ということもあり、行内では一番仲がよい。
「何でもないよ。コーヒーを落とすのに、ちょっと時間がかかっちゃって……。ボーッとしてただけ」
「そう。――もうすぐ終わりそうね」
 恵がコーヒーメーカに視線を落とし、進行具合を確認する。
「うん。後は粗熱を取って、冷蔵庫で冷やしたらお終い。お役ご免だわ」
「そっか、じゃあ、ナイス・タイミングね! お得意様からメロンをいただいたのよ。課長がみんなで食べなさい、って」
 恵が『夕張メロン』と記された白い箱を見せ、嬉しそうに微笑む。
『メロン』という言葉を見聞きしただけで、ユイの肌は早くもゾクリと粟立った。
「切るの手伝ってよ、ユイ」
 そんなユイの心情を知らずに、恵が明るく告げる。
「あっ、ゴメン……。わたし、メロンは――」
 ユイは申し訳なさを感じながらも、言葉を濁すことで恵に訴えた。
 恵が怪訝そうにユイに視線を馳せる。一瞬後、彼女は何かに思い当たったらしく、軽く瞠目した。
「ああ、そっか……。ユイ、メロン嫌いだったもんね。ゴメンゴメン。うっかりしてたわ」
 恵は素早く謝罪し、白い箱をシンク脇の調理台に乗せる。
「あたし、コーヒーの方も一緒にやっておくから、先に戻ってなよ」
 恵が箱の蓋を開け、中からマスクメロンを取り出す。
 甘い薫りが鼻先を掠め、ユイは思わず顔をしかめてしまった。匂いから連想してしまうのは、やはり密集したオレンジの種だ。
「うん、でも――」
「いいの。コーヒーもメロンもあたしに任せておきなさいって。だって、見るだけで吐き気がするんでしょ? 《種恐怖症》も楽じゃないわね」
 恵が用意したまな板の上にメロンをセットし、包丁をあてがう。
 ここは恵の言葉に甘えることに決め、ユイは微笑みで感謝の意を表すと、大人しく給湯室を後にした。
 あれ以上の光景は正視に耐えない。
 包丁で真っ二つに切った瞬間、中からおぞましい種の群れが顔を覗かせるなんて、想像しただけでも鳥肌が立つ。
 種は――嫌い。
 ――わたしの裡の恐怖を呼び醒ますから。
 ユイは脳裏で描いたメロンの種子に寒気を覚え、両の二の腕を代わる代わる掌でさすった。
 ――わたしが《種恐怖症》に陥ったのは、小五の時。……あの子も、それくらいの歳に見えた。
『ユイちゃん、ボクのこと忘れちゃったの?』
 哀しげにそう問いかけた少年の顔が、思考の波間に浮かんでは消える――
 女の子のように愛くるしい顔をした、優しげな少年。
 ――わたし、あの子のことホントに知らないの?
 ユイは困惑気味に自問した。
 だが、いくら考えても答えは『解らない』としか導き出されない。
 小学生の時、当然のことだがユイは北海道B市に住んでいた。
 とすると、やはりあの少年とは地元の小学校で逢っていることになる。
 小学五年の時、自分に――自分を取り巻く環境に、何が起こったのだろうか?
 その頃の思い出はあやふやで、正直あまり鮮明に記憶に残されてはいない。
 十年という歳月の経過と共に色褪せ、薄れつつあるのだ。
 ――当時のことを思い出せば、必然的にあの子のことも解るはずよ。
 ユイは物思いに耽りながら一人頷いた。
 ――今日、帰ったら、お母さんに電話で訊いてみよう。
 畏れていては――謎を謎のまま放置しておくのは、得策ではないように思われた。
 自分には、甦らせなければならない《記憶》が確かにあるのだ。
 ――でも、どうして……わたしは、そんな大事なことを忘れてしまったんだろう……?
 胸中に芽生えた疑問に頭を悩ませながら、ユイはバックオフィスへと向かった。
 自分のデスクに座ると、正面に巨大な窓が見える。
 ガラス越しの外界は、今日も恐ろしいほどよく晴れている。
 夏の熱気が陽炎を起こし、世界を奇妙に歪めていた――



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2009.07.12 / Top↑
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