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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.12[20:03]
 エアコンから吹き出す冷風が、今が真夏であることを束の間だが忘れさせてくれる。
 ユイは、リビングのソファで涼しい空気を浴びながらテレビを観ていた。
 画面には、人気バラエティ番組が映し出されている。
 いつもなら容易く笑いの渦に巻き込まれるユイだが、今夜は少しも笑えなかった。
 浮かない表情で画面を眺めていると、
「ユイ、飯。どうせ、まだ食ってないんだろ?」
 目前のテーブルに、トマトのたくさん載ったパスタサラダが差し出された。
 透の優しげな微笑みが、ユイの視界を占領する。
「――あっ……うん……」 
 ユイはソファから身を起こすと、気怠げに透を見上げた。
「ゴメンね、透。冷蔵庫、どうしても開けられなくて――」
 言いながらも、ユイの頭には不快なビジョンが浮かび上がっていた。無意識にグッと眉間に皺が寄る。
 冷蔵庫の中には、まだ西瓜が残されている。
 その姿を目にするのも穢らわしかった。
「気にするなって。オレもたまには料理しないいと腕が鈍るからさ」
 透はあくまでも優しい。ユイに対して余裕の笑顔さえ向けてみせるのだ。
「じゃ、オレ、バイト行ってくるな」
 透の手がテーブルに投げ出してあったバイクのキーを掴む。
 透は、午後九時から翌午前三時まで近くのバーでウェイターのアルバイトをしているのだ。
「うん。気をつけてね」
 ユイは頬の筋肉を僅かに動かして、辛うじて言葉を紡いだ。
 その精彩の欠けた声音に気づいたのか、リビングのドアに手をかけた透が不安そうに振り返った。
「ユイ、おまえさ……あんまり酷かったら、一度病院へ行った方がいいぞ。もちろん、オレも一緒に行くけど」
「病……院……?」
 告げられた瞬間、ユイは透の真意を掴みあぐねた。
 だが、彼の言葉を反芻すると徐々にそれが何を示唆しているのか理解し、表情を曇らせた。
 透は、ユイの《種恐怖症》を気遣い、『心療内科で診てもらった方がいい』と告げているのだ。
 純粋のユイの身を案じているだけで、彼に悪意はない。
 それは知悉している。
 だが、ユイは『心療内科』という響きに戸惑いを覚えずにはいられなかった。
 自分が抱えている種への生理的嫌悪は、他人からしてみるとそんなに異質で理解し難いものなのだろうか?
「種に対する強烈なトラウマがあるんじゃないか、って木戸が言ってた。過去に種に関する嫌な出来事があって、そうなったんじゃないのか? 催眠療法とかで、昔、何があったのか判明すれば、克服する手段も見つかるかもしれないしさ」
「……うん」
 ユイは曖昧に頷いた。
 そんなことは、透に指摘されなくても解っている。
 自分には、十年前にあの少年と種に纏わる『何事か』があったはずなのだ。
 それを思い出せずに、強い焦燥と苛立ちを感じているのは、他でもない自分だ。
 焦りは、恐怖へと移行する。
「ねえ、透。もし……もしもわたしが死んだら、どうする?」
 ふと、ユイは怯えと不安を透へぶつけてみた。
「その時は――オレもユイの後を追って死ぬよ」
 透が引き返してきて、ユイの頬を手で撫でる。
「……バカね」
「だって、バカだもん、オレ。でも――嘘じゃない。約束する。ユイ一人を死なせるなんてことは、絶対にしない」
 透がゆっくりと唇を重ねてくる。
 彼の想いがひしひしと伝わってくるような、優しいキスだった。
「ありがとう、透。病院の件は頭にいれておくわ。――そろそろ行かないと、バイトに遅れるわよ」
 ユイは、透という恋人の存在を有り難く感じながら、彼に微笑みを向けた。
「おうっ。じゃ、ホントに行ってくるわ!」
 透は簡素に挨拶すると、軽やかな身のこなしでリビングを出て行ってしまう。
 透が玄関から飛び出す物音を聞きながら、ユイはテーブルへと視線を戻した。
 彩りのよいパスタサラダが、ユイに食べられるのを待っている。
 数秒それを見つめ、ユイは唐突に視線を逸らした。
 ――食欲がない。
 ひどく緩慢な動作でテーブルに手を伸ばすと、ユイはフォークの代わりにケータイ電話を取った。
 自然に指がアドレス帳から実家のナンバーを選出し、コールしていた――



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