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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Sun
2009.07.12[20:08]
『――ハイ、楠本です』
 ツーコールで、懐かしい母の声が受話口から聞こえてきた。
 母・幸枝の変わらぬ声に、ユイは安寧を感じてホッと息を吐いた。
「あ、もしもし、お母さん? ユイだけど――」
『あら、ユイ? なしたの? メロン、届いた?』
 幸枝の声が娘からの電話だと知るなり、パッ明るく弾む。久々に耳にする娘の声に心底喜んでいるようだ。
「は? メロン? スイカでしょ? スイカならちゃんと届いたわよ」
『スイカなんて送ってないわよ。今年はメロンだけ。昨日送ったから、明日辺り届くと思うわよ』
「えっ、じゃあ――」

 ――あのスイカは何……?

 ユイはケータイ片手に冷蔵庫を見遣った。
 あの中には確かに西瓜が入っている。
 透は『ユイの実家から宅配便で届いた』とそうはっきり告げた。
 しかし、母の幸枝は全く身に覚えがないようだ。
 真偽を確かめようにも、送り状は透が段ボールと共に既に処分してしまっている。
 ――アレは何処からやって来たの?
 ケータイを握る掌がジワリ汗ばむ。
 訳が解らなかった。
 もしかしたら、母が知らないだけで父が西瓜を発送したのかもしれない。
「あのね、スイカ、昨日届いたんだけど? お父さんが送ってたりしない?」
『えー、ないと思うけど? お父さん、ここ一週間出張に出てるから家にはいないし……。ああ、雪也に送る分が間違ってそっちにいったのかもしれないわね。この時期は、たくさん発送するからどれを何処に送ったのか、一々覚えてられないのよねぇ』
 幸枝があっけらかんとした口調で告げる。
 雪也というのは、ユイの弟のことだ。弟も実家を離れた場所で大学生活を送っている。そちらに送る荷物と間違ったのだろう、と母は推測したようだ。
 確かに、夏真っ盛りの現在、親戚や知人・友人などに西瓜やメロンを贈る回数はかなり多い。中身を誤って送り状を貼ってしまうことくらいあるだろう。
『そんなことより、ユイ、元気なの?』
 幸枝は荷物の送り間違えなど、さして気にも留めていないようだ。
 さっさと荷物の話を切り上げ、『仕事はどう?』『彼氏は出来たの?』などお決まりの質問を連ね始めた。
 ユイは西瓜が配送されてきた理由に納得ができないまま、『うん』とか『ああ』とか気のない相槌を打ち続けた。
 何となく、あの西瓜は実家から送られてきたものではないような気がする。
 じゃあ、誰が送ったのか――と問われると、全く思い当たる節がないのだが……。
『ユイ、なしたのさ? さっきから黙りこくって……』
 ふと、幸枝の声に訝しむ色が混ざる。
 ユイは慌てて我に返り、冷蔵庫から視線を引き剥がした。
「あっ、ゴメン。ねえ、お母さん、訊きたいことがあるんだけど」
『何さ?』
「わたしが種嫌いになったのって、小五の時だよね? あの年の夏、わたしに何か変わったことが起こらなかった?」
『五年の時って……』
 幸枝は何かを思案するように口籠もってしまう。
 ケータイ越しにも母の首を捻る姿が見えた。
『あっ……ああ、もしかして夏休みのこと?』
 しばしの沈黙の後、記憶の検索を終了したらしい幸枝からそんな応えが返ってきた。
「夏休み――って、何よ?」
 ユイは何も思い出せなくて、眉根を寄せた。
『ほら、堀田さんのところの慎くんが亡くなったじゃない?』
「……ホリタ……シン……?」
 ユイは幸枝の言葉を復誦した。
 その名前の響きには、微かだが覚えがある。
 ホリタ シン――堀田慎。
 確か、小学校の同級生だったよう気が……。
「もしかして、シンちゃんのこと?」
『そうそう。あんた、慎くんと仲良かったのよ。いつも、アヤちゃんとコウちゃんと四人で遊び回ってたわよ』
「シンちゃんにアヤちゃんに……コウちゃん」
 ユイは独白のように呟いた。
『アヤちゃん』は、中学に上がるまで一番仲が良かった『高岡綾』だ。中学では一度も同じクラスにならなかったので、時間の経過と共に自然と疎遠になってしまった。
『コウちゃん』は近所に住んでいた『佐々木浩二』だ。現在、透と同じW大の工学部に在籍しているはずだ。浩二は小学五年の二学期から急にユイのことを避け始め、それ以降まともに会話を交わしたことはない……。
 彼の不自然な態度は、『十年前の夏休み』に起こった事件に深く関わりがあるのかもしれない。
「ねえ、お母さん――シンちゃんて、病気で亡くなったのよね!?」
 ユイは急に不安を掻き立てられ、強い語調で幸枝に訊ねていた。幸枝に肯定を強要するように。
『病気? えっ、ああ……あんた、あの時のこと全く覚えていないんだったわね』
 だが、幸枝からもたらされた情報は、ユイの期待に背くものだった。
「病気じゃないの!? したっけ、シンちゃんの死因は何なのさ? なして、わたし、その時のこと覚えてないのさ?」
 ユイは無意識にケータイをきつく握り締めていた。興奮のあまり長らく遣っていなかった田舎の言葉が口を吐いて出る。
『あんたとアヤちゃんとコウちゃんはね――』
 幸枝は、ユイの勢いに気圧されたように消極的な声色を漂わせる。
『慎くんの……遺体の第一発見者なのよ』
「わたしたちがっ……!?」
 ユイは驚愕に目を見開いた。
 そんな事実は、記憶の隅にも残ってはいない。
 やはり母の述べた通り『全く覚えていない』のだ、自分は……。
『そうよ。あんたはショックが大きかったのか、それから一週間高熱を出し続けてね――治った時には、何も覚えちゃいなかったわ。それからよ、あんたが異常に種を怖がるようになったのは』
「――――!」
 ――やっぱり!
 堀田慎の事件の後なのだ、自分の《種恐怖症》は。
 事件の後遺症なのだ。
「シンちゃん……シンちゃん、どうして死んじゃったの!?」
 ユイは堰を切るように詰問していた。
 何故、堀田慎は死んだのか?
 何故、自分は何も記憶しておらず、《種恐怖症》に陥ってしまったのか?
 何故、佐々木浩二は堀田慎がこの世を去った後、急に自分を忌避し始めたのか?
 いくつもの『何故』が脳内を駆け巡る。
『あんたが覚えてないなら、今更思い出す必要もないわよ。記憶から削除したってことは、思い出したくないってことでしょ』
 幸枝の声は歯切れ悪く、不吉な翳りを帯びていた。
「だって、お母さん、わたし――殺されるかもしれないのよっ!?」
 ユイはケータイに向かって錯乱気味に叫んでいた。
『何……言ってるの、ユイ?』
 幸枝が理解不能だというように反問してくる。
「わたし、殺されるかもしれないの! シンちゃんにっっ!!」
 自分でも驚くほど、切羽詰まった悲鳴が喉の奥から迸った。
 訪れる沈黙。
 ――クスクス……クスクス……。
 不意に、少年の笑い声が室内に谺した――



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