ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 アルコールの心地好い酩酊感に心を満たした人々の嬌笑が、波のように耳に寄せては返す。
 鷹野透は『マンハッタン』と『スプモーニ』を載せたトレーを片手に、喧騒で埋め尽くされたホールを颯爽と歩いていた。
 客席に注文の品を届け、踵を返したところで、
「透――」
 耳慣れた声に呼び止められた。
『おや?』と声のした方に首を向けると、軽く片手を挙げた木戸雅人が微笑みを浮かべて立っていた。
 彼の斜め後ろには、透の見知らぬ青年が居心地悪そうに控えている。
「何だよ、木戸。今日は忙しいから相手してやれないし、奢ってもやらないぞ」
 透は友人に向かって意地悪な笑顔を向けた。
 木戸は透のバイト先にフラッと現れては、無銭飲食をしてゆく。当然、その分は透のバイト代から天引きされていた。
「いや、今日は最初からそのつもりはないよ。透に逢わせたい奴がいてね。――工学部の佐々木浩二クン。小・中とユイちゃんの同級生だよ」
「ユイの?」
 木戸に紹介されて、透は隣の青年に視線を移した。
 如何にも北海道出身らしい色白の肌をした、痩身の青年だ。
 彼――佐々木浩二は、透と目が合うと気難しげに会釈した。
「ホラ、おまえ、ユイちゃんの《種恐怖症》のことで悩んでただろ? 工学部の奴にユイちゃんの同級生がいるって聞いてさ、頼んで一緒に来てもらったんだよ。《種恐怖症》になった契機、何か解るかもしれないだろ」
「ああ……ありがとう」
 木戸に礼を述べながらも、透は困惑の眼差しを佐々木に注いでいた。
《種恐怖症》と木戸が音に成した瞬間、佐々木の身体が怯えを示すようにビクッと大きく震えたからだ。顔色も心なしか青ざめて見える。

 ――まるで、ユイの症状を見ているようだ。

「楠本の……ユイちゃんの《種恐怖症》は病気なんかじゃない」
 透の視線を避けるように俯きながら、佐々木が喘ぎにも似た声を発する。
「アレは――呪いなんだ」
「――――?」
 佐々木の突飛な発言に、透と木戸は思わず顔を見合わせていた。
《呪い》などという単語は、自分たちの住む世界とは無縁のものだ。
 この世に、そんな超常現象など存在しない。
 木戸はどう思っているのか知らないが、少なくとも透はそう考えている。
「アレが、病気じゃなくて呪いだって?」
 言葉の響きを忌むように、透は険しい顔つきで佐々木に問いかけていた。
 佐々木が真顔で頷く。
「ユイちゃんは――いや、僕も同罪かな……?」
 後悔と自責の相俟った双眸で、佐々木は初めて正面から透を見返してきた。
 その瞳に宿る決意は、彼が語ることは全て真実だと訴えている。
「僕らは十年前、人を一人殺してるんだ。だから、呪われている」
「ちょっ、ちょっと待て! それを信じろ、って言うのかよっ!?」
 透は語気を荒げて佐々木を睨めつけた。
 周囲の客たちが『何事か?』と非難の眼差しを浴びせてくる。
「オレは……そんな馬鹿げた話、信じないぞ」
 今度は意識して声を潜めた。
 周囲の好奇の眼差しもすぐに逸れる。
「それでも信じてもらうしかないよ」
 佐々木が自嘲気味に口の端をつり上げる。双眼は、恐ろしく切実で切羽詰まった光を宿していた。
「――解った。あと三十分くらいで休憩に入れるから、その時に詳しく教えてくれ」
 透は壁時計に視線を投げ、己の休憩時間を確認した。
 覚悟を決めた面持ちを佐々木へ向けると、彼はまた渋面で頷く。
 ユイの過去に何が起こったのか?
 知りたい好奇心と知ってしまった後の恐怖が、透の胸中で忙しなく交錯している。
 だが、自分は知らなければならないのだろう。
 西瓜を切って、ユイの恐怖心に火を点けたのは、他ならぬ透なのだ。
 ユイの全てを受け容れるために、自分は彼女の過去を知る必要がある。
 透は、木戸と佐々木をホール隅の空いている席に案内すると、仕事に戻るために身を翻した。
 その背に、佐々木の懐古の念が織り交ぜられた囁きが届けられる。
「僕らは十年前の夏、あってはならない過ちを犯したんだ――」



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2009.07.12 / Top↑
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