ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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「その日からシンちゃん、行方不明になったのよね? シンちゃんが死んだのって――《首吊り神社》でしょ!?」
 ユイは、口許を引きつらせながらケータイに向かって喚いた。
『思い出したのね、ユイちゃん。そうよ。シンちゃんが消えて一週間後、あたしたち怖いもの見たさでこっそり《首吊り神社》に探検に行ったのよ。大人たちが、しつこく《あそこへ行くな》って言うから……。言われれば言われるほど行ってみたくなるものなのよね、子供って。今、考えると……子供の好奇心って怖い』
「神社に行って――そして、わたしたちは見たのね? シンちゃんの遺体を?」
 ユイは全身から冷や汗を噴き出させていた。
 後ろから自分を抱き締める冷たい手の感触は――離れない。
 冷蔵庫にある西瓜は、実家から送られてきたものではい。
 得体の知れない力が、実家を装って西瓜をユイのもとへ運んできたのだ。
 いや、そもそもアレは西瓜などではないのかもしれない。
 アレは、堀田慎だ。
『そうよ。シンちゃん、今にも崩れ落ちそうな社の中で、首を吊って死んでいたわ……。夏の暑い中、一週間も放置されていたから身体が腐って――』
「やめてっ、アヤちゃんっ!!」
 思わずユイは叫んでいた。
 もうそれ以上言わなくても、全てを克明に思い出した。
 記憶が封印の扉を破って、禍々しく飛び出してきた。
 人形のように、天井からぶら下がっていた慎。
 肉体は熱気のせいで腐蝕し、溶けかかっていた。
 その変わり果てた肉体に、数多の蛆がたかっていたのだ。
 それ以外にも子供の知識では何だか解らぬ虫たちが、慎を喰らっていた。
 慎の身体の内外を我が物顔で蠢く虫。
 幼い肉体を食い尽くそうとしていた、恐ろしく、そして忌まわしい蟲。
 何処を見ても蟲。
 蟲だらけだった。
 慎の身体を侵し、覆い尽くしていた蟲……蟲……蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲、蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲――

「――うっ……!」
 突如として、ユイは胃の中のものを全て吐き出してしまいたい衝動に駆られた。
 遙かな昔に刻印された、種への恐怖。
 自業自得だ。
《種恐怖症》は、あの夏の日の慎を見た時から始まったのだ。
 慎の身体を埋め尽くしていた虫。
 虫たちが、群がる種にシンクロする。

 ――ああ、そうか。あれは……自分を戒めるための罰だったのか。

「うっ……ううっ……!」
 ユイは込み上げてきた嘔吐感を堪えるように両手で口を塞いだ。
 ――あの日の慎の姿を忘れないために……。
 記憶を失っても身体はしっかりと覚えていた。
 種への――慎に対する罪悪感と畏怖心を。
『ユイちゃん? ……大丈夫、ユイちゃん!?』
 アヤの不安げな声。
「……平……気……」
 ユイは、口を押さえていた手を床に移動し、身体を支えた。
「シンちゃんは、アヤちゃんとコウちゃんのところには……行かないわ。約束したのは、わたしだけだから。それに――シンちゃん、ここにいるもの!」
 大きく見開いた双眸から涙が零れ落ちた。
 ――わたしは、種に……シンちゃんに殺される。
 ユイの胸中では、過去の己に対する自責と今現在の状況に対する恐怖が渦を巻いていた。
『ユイちゃん……明日、何の日だか知ってる?』
 綾の震えを帯びた声が遠くに聞こえる。
「知らないわ」
『明日は……あたしたちが、シンちゃんを発見した日なのよ』
「――――!?」
 言葉の不吉さに、ユイは我知らず壁時計をキッと見据えた。
 時刻は、午後十一時五十七分を示している。
 もう、あと三分しか猶予は残されてはいなかった……。
『昔、おばーちゃんたちが口癖のように言っていた言い伝えを覚えてる? 《首吊り神社》で自殺した人の魂は、怨念となっていつまでもあそこを彷徨っているんだって。だから、あそこには行ってはいけないんだって。あそこに行くと、呪われちゃうから』
 綾の声は、自分が狙われないと知ったためか安堵の響きを孕んでいた。
「シンちゃんの幽霊は神社から離れられない、ってことよね? じゃあ、何でシンちゃんはここにいるのよっ!? どうして、東京まで――わたしのところに来たのよっっ!?」
『《首吊り神社》ね……先月、解体されたの。あれからも何人か自殺する人が――』
 ピッ!
 ユイは綾の言葉の途中でケータイの通話を切った。
 もう何も綾の口からは聞きたくなかった。

 カイタイ サレタ。

 慎の魂魄は、拠り所を失い――解放された。
 自由になった。
 だから、今頃、十年前の約束を果たしにやって来たのだ、ユイの元へ。
 故郷から運ばれてきた西瓜は、慎の怨念を運んできたのだ。
「……いやっ……いやよっ! 死ぬなんて、いやっっっっ!!」
 ユイはケータイを放り出し、両手で髪の毛を掻き毟った。
 ――ユイちゃん。
 優しい子供の声が耳元で囁く。
 ゾッとするほど冷たい手が、愛しげにユイに頬を撫でた。
「やめてよっ! あっちに行って!」
 無我夢中で手をはね除ける。
 スッ、と手の感触が消え失せた。
 しばしの静寂。
 ……カチッ。
 時計の長針と短針とが重なり合う、不吉な音。
 ユイの身体はバネで出来ているかのように大きく跳ね上がった。
 午前零時の報せ。
 ユイの中での《堀田慎の命日》の訪れ。

 ――ユイちゃん。

 いつの間にか、目の前に子供の足があった。



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2009.07.13 / Top↑
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