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ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です
Mon
2009.07.13[23:28]

 序



 空が近い夜だった。
 艶やかな漆黒の天鵞絨(ビロード)に、シトリントパーズを散りばめたような夜空。
 ――いつもより空が低い。
 ふと空を見上げて、真弓は思った。
 空が手に届きそうなほど身近に感じられる。
 真弓は、鞄を持たない右手を宙へ向かって伸ばしてみた。
 当然のことながら夜空は高く、触れることなどできはしない。
「……まるで曽父江(そふえ)くんみたいね」
 呟きと共に溜息が洩れた。
 夜空は、決して手に入らないものの象徴だ。
 自然と脳裏に一人の少年の姿が浮かぶ。
 二日前、真弓はありったけの勇気を振り絞って同級生の少年に告白した。
 そして、敢え無く玉砕したのだ。
 ――彼にフラれた。
 その事実が、真弓の気分をひどく昏いものとしている。ファストフードのアルバイトを終えて帰路につく足取りが重いのも、それが要因だ。
 大好きな彼。
 その彼に全く必要とされていない自分……。
 考えると、更に心が重々しく、惨めになってゆく。
 真弓はもう一度大きく息を吐き出した。

 ……ピタン……ピタン。

 不意に、背後で物音がする。
 真弓は驚きに身体を震わせ、背後を顧みた。
 だが、何も異変は感じられない。
 ――気のせいよ。
 少しだけ歩調を速める。

 ……ピタン……ピタン。

 また音が聞こえた。
 気味が悪い。
 今度は振り返らずに駆け出す。
 しかし――

 ……ピタン……ピタン、ピタン、ペタン。

 奇妙な音は、しっかりと後をついてくる。
「――誰っ!?」
 恐怖に駆られて、真弓は走りながら闇雲に叫んだ。
 だが、応えはない。

 ……ズッ……ズズッ。

 音が微妙に変化する。途端、
 ヒュッ!
 何かが頬を掠めた。
「なっ、何?」
 真弓は反射的に頬に手を添えていた。
 ねっとりとした液体の感触に唖然とする。
 生臭い香りが鼻を刺激した――血液だ。
 ヒュッ!
 続け様に、また何かが飛んでくる。《それ》は、驚くほど素早く手足に巻きついた。
 ぬめりのある柔らかいものが全身を絡め取る。
 巨大なミミズに身体を撫でられているような奇妙な感覚が、真弓の裡に芽生えた。
「いやっ!」
 生理的嫌悪に真弓は悲鳴をあげた。
 手で振り解こうとするが、相手の力は強く、動きは機敏だった。いとも容易く両手を捻られ、動きを封じられる。

 ……ズズ……ズズズズッ……。

 何かが地面を這いずるようにして近付いてくる。
 真弓は恐怖を堪えて、足許の二、三メートル先を見遣った。
 暗闇の中に潜む《それ》を見極めようとして目を凝らす。
 直後、真弓は慄然と息を呑んだ。
 見たこともない、巨大なミミズの化け物が地を這っていた。
 化け物からは、太い触手のようなものが幾多も伸びて蠢いている。真弓に絡みついているのは、その一部らしかった。
 毛糸玉のような化け物の中心部に緑色に光る眼のようなものを確認し、真弓は一気に恐怖を募らせた。
 背筋にゾッと悪寒が走る。
 ――この世のものではない。
 本能がそう告げた。
「あ……ああっ……」
 恐怖に顔を引きつらせ、叫びをあげようと口を開く。
 刹那、粘液だらけの触手が口腔に突っ込んできた。
 それは、容赦なく伸び続け、喉を通過して胃に達する。
 トン、トン……。
 身体の内側から触手が胃壁を突っつく。
「うっ……ううっ……」
 呼吸が困難になり、叫びはくぐもる。
 真弓は苦しさと不快さに大きく目を見開いた。
 襲い来る恐怖に涙が零れ落ちる。
 ツンツン……と胃の中を触手が蠢く。
 転瞬、腹部に凄まじい激痛が生じた。
 痛みに叫びすらあげられない真弓の視界で、不気味な触手がユラユラと揺らめく。
 己れの腹部を突き破って出てきたのだ、と察した瞬間、急激に意識が遠のいた。
 ボキボキ、メリッ……と、身体が嫌な音を発し、骨が折られ、四肢が引きちぎられる。
 それ以上は耐えきれず、真弓は意識を放棄した。

 最期の瞬間、脳裏に浮かんだのは大好きな彼の笑顔だった――


     *


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