ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 少女は、暗い校舎の中を独りで歩いていた。
 冬も間近に迫った夜のことだ。
 月の明かりに照らされて仄かに明るい群青色の闇が、少女と校舎を包み込んでいた。
 窓の向こうに見える体育館には、部活動を行っている生徒がいるのかまだ煌々とした明かりが灯されている。だが、少女が歩いている廊下には、ポツンと点在している非常口案内の緑色の光と、窓から忍び寄る月光以外に明かりというものはなかった。
 そんな中を少女は臆する様子もなく歩いている。普通なら廊下に響き渡るはずの足音は、どういうわけか全く聞こえなかった……。
 少女は長い黒髪を靡かせながら、まっしぐらに廊下を突き進む。
 行き止まりまで来て、少女はようやく足を止めた。
 目の前にはやけに古めかしい扉がひとつ――
《第一音楽室》とプレートの掲げられたその扉は、長き間使用されていなかった。
 理由は明らかにされていないが、いつも厳重に施錠されているのだ。通常の教室には小窓がついているものだが、この扉に限っては『窓』という中を覗く手段も用いられてはいない。
 少女は扉の取っ手に手をかけ、引っ張ってみた。
 当然のことだが、鍵がかけられている扉はビクともしない。
 不意に、少女はクスッと笑った。
 何が可笑しいのか、白い顔に笑みを浮かべて扉を見つめる。
 すると、不思議なことに扉に異変が起こった。今まで動かなかった扉が、カチャリと音を立てて開いたのだ。彼女の意のままに扉は徐々に口を開けてゆく。
 尋常な人間では成し得ない業――その証拠に、少女の瞳は紅く光っていた。
 妖しくも美しいルビー色の双眸が開かれた入口をじっと見据えている。
 扉の奥にある暗闇から生暖かい風が伝ってきた。
 どんよりとした風を肌に感じて、少女は嬉しげに微笑んだ。
 血を塗ったような唇が弓なりにつり上がる。
 澱んだ空気が心地よかった。
 懐かしい故郷の匂いだ。
 少女は、もう少しこの風に浸っていようと瞼を閉ざした。
 闇から出ずる風が少女を取り巻く。うっとりするほどの気持ちよさだ。
 しかし、そんな安息の時間はそう長くは続かなかった。
 背後で足音が響いたのだ。
 少女はハッと我に返り、後ろを振り返った。廊下の暗がりを何者かが歩いてくる。
 少女は慌てて扉を閉めた。
 扉は音も立てずに静かに口を閉ざす。
 彼女の瞳も、もう紅く光ってはいなかった。
 何事もなかったかのように、少女は近づいてくる人物を迎えた。

「――おや、こんな時間にどうしたんですか?」
 眼鏡をかけた長身の男が、穏やかに訊ねてくる。
 少女は胸中でホッと安堵の息をついた。男はこの学校の保健医だ。
「忘れ物を取りに来たんです」
「そうですか。でも、女の子がこんな時間に一人で歩いちゃいけませんよ。私も教室まで一緒に行きますね」
 保健医は少女の有無を問わず、彼女の手を引いた。そして、二階へと続く階段を登り始めてしまうのだ。
 少女は、名残惜しげに扉を顧みた。
 あの扉から離れることが辛く、哀しかった……。
 だが、保健医が一緒では扉に戻ることも、扉を開けることもできない。
 ――まあ、いい。急がなくとも扉は開く。
 扉が完全に開くのは、三日後だ。
 それまでは我慢しよう。
 直に扉は開かれる。
 扉が愛すべき故郷へと繋がるのだ。


 もうすぐ還れる。
 あの懐かしい世界へ――



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2009.07.13 / Top↑
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