ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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第一夜 



 晴れた秋空の下、深い緑色の群れが行列を成していた。
 都内M市の外れに位置するこの地域では、毎日お目に掛かれる光景である。
 行列は、この先の目的地『私立聖華(せいか)学園』と銘を刻まれた大きな門に吸い込まれて行く。
 緑色の行列は、聖華学園の制服を着た生徒たちの群れ。
 蓬とオリーブの中間のような渋い緑色の制服は、何処にいても目立つ。
 そして、その群れの中で緑色ではないものは、一際目立つ――
 有馬美人(ありま よしひと)は、先ほどからずっと自分の隣に注がれている生徒たちの視線を感じて、落ち着かなかった。
 原因は明白だ。
 隣を悠然と歩いている親友――曽父江零治(そふえ れいじ)が、制服ではなく私服を身に付けているのである。
「零治、制服は?」
 美人は、黒のレザーパンツに長袖のシャツを着ただけの友人を横目で見ながら、不機嫌な声音で訊ねた。
「――なくした」
 そう即答する零治を、美人は冷ややかに睨みつけた。
 今まで聞き飽きるほど耳にしてきた言い訳だ。
「そんなコワイ顔するなって。せっかくの美貌が台無しだぜ、ビジン」
 零治は悪びれた様子もなく、綺麗な金髪に染めた髪を片手で掻き上げる。朝の陽光を受けて、左耳を彩る金輪のピアスが輝いた。
「なあ、怒るなよ。オレだって好きで制服着てないわけじゃないんだぜ」
「嘘だ。目立つから、僕の隣を歩かないでよ」
 美人は顔を覗き込んでくる零治を軽く睨んでから、ツンと顔を背けた。
「オイオイ、目立つのはおまえの女みたいな顔の方だろ? それに、朝はもっと爽やかに、にこやかにするのが礼儀だろ」
「零治は対象外」
 美人は眉をひそめ、突き放すように告げた。
「あっ、ひっでーなぁ……。オレは、こんなにビジンのことが好きなのによ」
 零治が唇を尖らせながら、美人の肩に腕を回してくる。
 即座に美人は無言でその手を払い除けた。
 直後――
「あらあら、朝から夫婦漫才?」
 クスクスという笑い声が背後から届けられた。

 反射的に、二人同時に振り返る。
「げっ、薔薇子センセかよ……」
 零治があからさまに声のトーンを落とす。
 二人の視線の先には、黒いスーツに肢体を包んだ女性が立っていた。
 緩いウェーブのかかった長い髪。顔立ちのはっきりした派手な美人だ。
 彼女の名は、黒井薔薇子(くろい ばらこ)。
 その派手な外見からは想像できないが、歴とした聖華学園の数学教師である。
「おはよう、有馬くん、曽父江くん」
 忍び笑いを納め、薔薇子が言葉を紡ぐ。
「朝から仲がいいのね。羨ましいわ。――で、曽父江くん、有馬くんを口説けたの?」
「わざわざ訊くなんて人が悪いな。ビジンがオレの手を邪険に払い除けるところ、後ろから見てたんだろ?」
 零治が面白くなさそうに応える。
「あら、でも、口説かなくても相思相愛だからいいじゃないの」
「く、黒井先生! 変なこと言わないで下さいよ」
 薔薇子の言葉に、美人はすかさず抗議の声をあげた。
「あー、何だよ、ビジン。そんなこと言うのかよ? そっか、ビジンはオレのことスキじゃないんだな……」
 零治が演技ぶった言い方と表情で美人をじっと見つめてくる。
「い、いや、嫌いじゃないけど――」
「ホラ、薔薇子センセ、好きだってさ!」
「あらら、残念ね。私、有馬くんのこと口説きたかったのに」
「何、言ってるんですか!」
 薔薇子の言葉に美人は目を剥いた。
 驚きに動きを止めた美人の肩を、零治の手が力強く引き寄せる。
「それは、ホントに残念ですね、薔薇子センセ。もう売約済みです。なんてたって、オレとビジンは物心ついた時からの仲ですから」
 零治が切れ長の瞳を細め、挑むように薔薇子をじっと見据える。
「そうね。二人は幼なじみだったわね。……今のは冗談だから気にしないで」
 薔薇子はヒョイと肩を竦めると、急に興味を失ったようにスタスタと脇を擦り抜けていった。
「……イヤな女」
 薔薇子の後ろ姿を睨みながら零治がフンと鼻を鳴らし、毒突く。
「どうして、そんなに仲が悪いのかな……」
 美人は呆れ混じりに呟き、まだ自分の肩に添えられていた零治の手をさり気なく払った。
「しょうがないだろ。お互い嫌い合ってるんだから」
 投げ遣りに零治が応える。
 美人は大きく溜息を吐き出した。そこへ――
「おっはよう、有馬くん! 曽父江くん!」
 明るく弾んだ声が飛んでくる。
 軽快な足音が、美人と零治の隣でピタッと止まった。
 顎の線で切り揃えたボブカットの少女が、満面の笑みを送ってくる。
 同じクラスの五条真志保(ごじょう ましほ)だ。
「おはよう、五条さん」
「おまえはいつも元気だなぁ、真志保」
「早くしないと遅刻だよ、二人とも!」
 真志保は急き立てるような言葉を放つと、再び駆け始めた。
 数メートル進んだところで、突如としてその脚が止まる。
 思い出したように、彼女はこちらを振り返った。
「ねえ、有馬くん。超能力を使えるって噂――ホント?」
「えっ……?」
 真志保にじっと見つめられて、美人は立ち竦んだ。
 問われた内容に対して、どう返答してよいのか見当もつかなかった。
「ただの噂だろ。そんなもん信じるなよ。くっだらねえ」
 言葉に詰まった美人を見て、零治が助け船を出してくれる。
 真志保は少しの間、黙って零治を見つめていたが、やがて静かな笑みを口許に刻んだ。
「――そうね。根も葉もない噂ね」
 クルリと身を反転させ、また駆け出す。
 彼女の姿は、吸い込まれるようにして校門の内側へと消えた……。
 真志保が立ち去った後も、美人は無言を保ち続けていた。無意識に唇を噛み締める。
 真志保の質問に、心が動揺している。
 黙り込んだ美人を見て、零治が眉根を寄せた。
「ビジン――」
「有馬くん」
 何か言いかけた零治の言葉を、別の声が打ち消す。
 静穏な声音に、美人は我に返り、緩慢な動作で後ろへ首を巡らせた。
「……五条さん」
「妹が何か失礼なことを言ったかしら?」
 困ったような顔をして、真志保の双子の姉――五条珠詠(たまよ)が美人を見上げてくる。
 美人は、真志保と同じ顔を見返した。
 腰まである長い艶やかな黒髪と透き通るような白い肌に、目を惹きつけられる。
 美人は珠詠を見るたびに、不思議と《夜》を連想してしまう。
《夜》の美しさを持つ稀な少女――それが、美人の珠詠に対するイメージだ。
「いいえ。五条さんが気にするようなことは、何も言ってませんよ」
 美人は静かに首を振った。零治の呆れているような視線を感じたが構わなかった。
「それならいいんだけど。ごめんね……」
 申し訳なそうに珠詠が告げる。
「どうして謝るんです?」
「だって、真志保が……。悪気はないのよ。でも、もし有馬くんが本当に超能力者なら、私を――」
 そこまで言って、珠詠はふと唇を閉ざした。真摯な視線が美人に注がれる。
 何か言いたげな眼差しだ。
「ごめんなさい、有馬くん。気にしないで」
 不意に、珠詠は視線を逸らすと逃げるように走り去ってしまった。
「――あっ、五条さん!」
 美人は慌てて珠詠を呼び止めた。
 だが、彼女は振り向きもせずに人波に姿を眩ましてしまう。
「何なんだ、あの姉妹は……? 気にするなよ」
 零治が美人の肩を片手で軽く抱きながら耳元で囁く。
「おまえが《それ》が持ってるのは、おまえのせいじゃない。おまえは何も悪くない」
「……解ってる」
 美人は静かに頷いた。
 ――僕は、何も悪いことはしていない。
《それ》を持ち合わせているのは、偶然だ。
 確かに、自分には生まれつき不思議な能力が備わっている。
 手を使わずに物体を動かせたり、他人には視えないものが視えてしまったりする……。
 それらを《超能力》と呼ぶのなら、自分は正しく《超能力者》なのだろう。だが、自ら《それ》を望んだわけではない。好きでこんな奇妙な能力を持っているわけではない。
「五条さん、残念そうな顔をしてた」
 去り際の珠詠の表情が印象的だった。彼女は、ほんの一瞬だけだが落胆の色を表した。
 あれには、どんな意味があったのだろうか?
 考えても、答えは出てこない。
 美人は気分を切り換えるように首を振り、学園へと続く道を再び歩み始めた。


     *


 渋い緑色の群れは、続々と校門を潜り抜けている。
 美人もその中に紛れ込み、零治と並んで門を通過した。
 学園の敷地に足を踏み入れた瞬間、思いがけず足留めを喰らった。
 先を行っていたはずの黒井薔薇子の姿があったのだ。
 彼女は美人に視線を馳せると、ゆっくりと手を挙げた。

 刹那、凄まじい風が吹き抜ける。

 ふと気が付くと、辺りは一面の闇に覆われていた。

 暗闇なのに、薔薇子の姿だけがやけにはっきりと浮き上がっている。
 彼女は、ゆっくりと赤い唇に弧を描かせた。
 翳していた腕が横に降ろされ、その指先が何かを示す――聖華学園の白い校舎だ。
「もうすぐ扉が開く。扉が二つの世界を繋ぐ――この世と鏡月魔境(きょうげつまきょう)を」
 薔薇子の唇が予言めいた言葉を紡ぐ。
 意味は皆目解らない。
 美人が真意を問おうと口を開きかけた時、再び強風が襲った。
 その烈しさに瞼を閉ざす。
 次に目を開けた時には、視界はいつもと変わらぬ登校風景に戻っていた。
 薔薇子は何処にも見当たらない。

「なにボーッとしてんだよ、ビジン? 早く教室に入ろうぜ」
 何事もなかったかのように、零治が美人の肩を叩く。
 零治の眼差しは、急に立ち止まった美人を怪訝そうに見つめていた。
 その態度から、零治が先ほどの光景を目撃していないことを悟った。
 ――今のは何だったのだろう?
 自分にだけ視えた幻影なのだろうか……。
 何が何だか、さっぱり解らない。
 不意に頭痛を感じ、美人は眉をひそめた。

 嫌な胸騒ぎがする――



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2009.07.14 / Top↑
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