ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 貴籐水柯の自宅は、聖華学園から徒歩十分ほどの距離――M市中心部から僅かに逸れた位置に存在していた。
 通りに面した二階建ての洋風家屋。
 一階の表半分は蒔柯が営む書店、裏半分には貴籐家の玄関、家族の共有空間であるリビングやキッチンなどが配されている。
 二階には家族の私室と客室を有していた。
 学園から帰宅した水柯は、自室の机に向かって空虚な刻を何時間も過ごしていた。
「はぁ……」
 口から洩れるのは重苦しい溜息ばかりである。
 脳裏には幼なじみの姿がこびりついている。
 自分の不用意な発言で、大好きな樹里の心を抉ってしまった事実がたまらなく辛い。
「わたしって、樹里を傷つけることに関しては天才的な能力を発揮するのかしら」
 昔から、いつだってそうだった。
 水柯の率直な言動は、時として傷つきやすい樹里の心を土足で踏みにじり、追い詰めてしまう。
 そんなことをしたいわけではないのに、結果として彼に傷を与えてしまうのだ。
 これまでも何度か樹里を本気で怒らせてしまい、二人の間に深い亀裂を生じさせたことがある。
 その裂傷を治療し、快復させるには並々ならぬ努力と誠意が必要であるのことを過去の出来事から学んでいたはずなのに……。
「意外と学習能力ないのね、わたし。ああ、あの時、充くんがいてくれればなぁ」
 水柯は机に頬杖をつき、その上に置かれた携帯電話へと視線を落とした。
 樹里に電話しようとして、何度も手に持っては机上に戻したものである。
 幾度か園田充の携帯ナンバーをディスプレイに表示しては、かけるのを躊躇ってもいた。
 正直、水柯は充の女癖の悪さに不快感を持っている。
 だが、彼の軽率を装った行為や軽口の影に隠された、樹里に対する本気の態度だけは高く評価していた。
 園田充は、己れの本心を不真面目な態度の中に包み隠してしまうことを得意とする人物である――と、水柯は判断を下している。
 他人に自分の心を悟られるが極端に嫌なのだろうが、樹里に相対している時だけはその本音が垣間見えることがあるのだ。
 それだけ充が樹里を特別に想っているということだ。
 同時に、彼は直杉とともに樹里と対等に接することのできる稀少な人物でもあった。
「やっぱり充くんに相談しようかな」
 水柯は携帯電話に手を伸ばしかけ、それに触れる直前にピタリと動きを停止させた。
「ダメダメ。デートだって言ってたじゃない。邪魔しちゃ悪いわ。それに樹里、充くんの部屋に転がり込んでるかもしれないし」
 充は聖華学園に近い場所にあるマンションで一人暮らしをしているのだ。
 その理由を水柯は知らないが、合い鍵を持っている樹里が時折そこへ遊びに行っているのは知っていた。
 水柯はまた溜息を吐き出しながら立ち上がり、カーテンを閉めるために窓際へ移動した。
 否が応でも隣接する豪華な洋館が視界に飛び込んでくる。田端樹里の住む家だ。
「樹里、家にいるんだ」
 田端家の照明は灯っている。
 この時間、隣家に在宅しているのは樹里だけだ。
 水柯はカーテンに手をかけたまま、しばし隣家を眺めた。
 直接謝罪に行けばいいのだろうが、今の水柯にはその勇気がなかった。
 今日幾度目になるか解らない溜息をついた時、突如としてヴェルディの『椿姫』が鳴り響いた。
 携帯電話の着信音だ。



 
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2009.05.27 / Top↑
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