ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
     *


 M市の郊外――聖華学園から徒歩十五分ほどのところに有馬家は建てられていた。
《家》というよりも《屋敷》と表現した方が的確かもしれない。
 正面から見ると、塀が二百メートル以上も続いている。塀の向こう側は、高く荘厳な木々に覆われ、家屋などチラとも見ることはできない。何しろ門を潜り抜けると見事な日本庭園が百メートルほども続き、その奥に母屋が存在しているのだ。外から見えなくて当然――有馬家は巨大な日本屋敷なのである。
 有馬家はM市屈指の旧家として有名だった。
 その資産は何百億円とも何兆円とも言われている。
 有馬美人は、屋敷の長い廊下をお盆にコーヒーを二つ乗せて歩いていた。
「――零治」
 自室の戸を開けながら友人の名前を呼ぶ。
「おっ、わりぃな、ビジン」
 部屋に入り、テーブルの上にコーヒを置くと、すかさず零治がカップを手に取り口づける。
 美人もカップを手にしながらベッドの上に腰かけた。
 外観は立派な和式の家といえども内部は何度も改装されており、所々洋式の部分もある。美人の部屋も洋風に改装されていた。
 時刻は、午後十一時三十分。
 零治が美人の家に転がり込んできて約一時間になる。
 零治の家は、有馬家の正面に存在していた。
 有馬家とは対照的なレンガ造りのモダンな建造物だが、曽父江家も《家》という表現が似つかわしくない。《ツァーリ・テンプル》という十階建ての高級マンションなのである。
 零治は、そのマンションの一室で一人暮らしをしていた。
 零治の父親は不動産会社を経営している。豪奢なマンションは全て曽父江家の所有物なのである。四人のいる男兄弟全員が別々の号室で暮らしているという、奇特な家族でもあった。
 同じマンション内にある実家には殆ど帰らない零治だが、どういう訳か向かいの有馬家には時折フラッと遊びに来る。美人もそれを『嫌だ』とは感じないので、零治の好きなようにさせていた。
 今夜も零治は気儘にやって来た。
 現在、彼はコーヒー片手に近くのコンビニで買ってきたマンガに目を落としている。
 美人は、そんな零治の横顔を静かに見つめていた。
 普段、学校で毎日のように逢っている。家に遊びに来たからといって、二人の間に特別な会話が成立するわけではない。ただ、一緒にいて何気ない時間をボーッと過ごしている。二人ともそうすることが好きだし、どういう訳か精神的充足感を得られるのである。だから、彼らはごく普通の《二人でいる時間》を大切にしていた。
 美人はカップに唇を当てたまま、零治の端整な顔を見つめ続ける。
 切れ長の瞳とスッと通った鼻梁が美しい。
 いつもの見慣れた横顔をじっと眺めていると、不意に視界で金の波が揺れた。
「――何だよ?」
 不思議そうな声が耳を通過する。
 ハッと我に返ると、零治が自慢の金髪を掻き上げながらこっちを見ていた。
「そんなに熱心に見つめられたら、マンガに集中できないだろ」
 零治はからかうような口調で告げる。
 美人は思わずドキッとしてしまった。
「えっ? いや……綺麗だなぁ、と思って」
 動揺を隠せずに頬を朱に染める。
 不覚にも、零治本人の前で素直に讃辞を述べてしまった。
 美人の狼狽振りを目にして、零治が意地悪げにニヤッと笑う。
「へえ……ビジン、昔からオレの髪、好きだもんな。――綺麗だろ?」
 言いながら、零治は金の髪を指で梳かしつつ美人に近寄る。
 零治は純日本人なのだが黄金色がよく似合う。自分でも重々それを理解しているから、彼はここ数年『ゴージャスな金髪に金輪のピアス』というスタイルを崩さず今に至っている。そうすることで、彼は豪奢な印象を常に他人に与え続けているのだ。
 零治の派手な容姿と傲慢な態度は、不思議と人を惹きつける効力があった。
 勿論、美人も例外ではない。
 だから、美人は零治にどんな我儘を言われ続けてきても、ずっと彼の傍を離れずにいるのだ。
 そして、それを零治はとてもよく把握している。
 自分が美人の傍を離れられずにいるのと同様に、美人も自分の傍を離れることができないのだ、と。
 そうして彼らは長年、まるで何かのゲームをしているかのように、じゃれ合いながら駆け引きじみたことをしてきた。これからも続くであろう甘美な遊戯だ。
 零治はベッドの上に身を移すと、そっと美人の頬に手を添えてニッコリ微笑む。
「――でも、ビジンの方がずっと綺麗だ」
 恥ずかし気もなく零治は口にする。
 言われた美人の方がよっぽど恥ずかしい。
 冗談だと解っていても、こんな至近距離で告げられると羞恥が芽生える。とてもじゃないけれど零治の顔など直視できない。
 反射的に美人は零治から顔を逸らす――
「――――?」
 そうしようと思った刹那、眼前に信じられないような光景が突如現われ、美人は大きく目を見開いた。
《それ》は、零治の肩の向こう側に何の前触れもなしに浮かび上がった。

 ……黒い、黒い、澱んだ海。

 鉛色の重々しい海原。
 水面が静かに波を起こしている。
 時折銀色の光を放つ、奇怪な海が存在していた。
 まるで、ドロドロとした水銀の海のようだ。
 見つめていると、吸い込まれそうな錯覚に陥る。
 何もかも飲み込んでしまいそうな昏い海だ。

 ――泥海。

 鉛色の海を目にした瞬間、美人は心の中で呟いていた。無意識の内に、だ。



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.07.16 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。