ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 午前零時を過ぎた平日の繁華街は、妙に閑散としていた。
 金曜や土曜、祭日の前夜ならこれとは逆に賑わっていたのだろうが、とにかく今宵は街を出歩く人間が少なかった。
 それが、赤城文彦にとって人生最大の不運へと繋がった。
「チクショー! タクシー、捕まんねーな」
 文彦は、繁華街の中心部から少し外れたJR駅前でタクシーを待っていた。しかし、目前の公道を走り抜けていくのは、どれも客を乗せたタクシーばかりである。《空車》の赤いランプに、出会うことはなかった。
 文彦は、駅近辺にある恋人宅で遊び耽っていた。時計の針が十二時を過ぎたのに気づき、慌てて恋人の家を後にした。『もう電車も地下鉄もないわよ』と心配する恋人に『駅前でタクシー拾うからいいよ!』と軽口を叩いて出てきたのだが、どうもうまくタクシーが捕まらない。
「繁華街まで行った方が早いな」
 このままで埒が開かない。文彦はタイミングよく青に変わった横断歩道を渡り、繁華街の方へ足を急がせた。飲み屋界隈なら、スナックやクラブが閉店する頃を見計らったタクシーが沢山待ち構えているだろう、と判断したからだ。

 確かに、文彦の判断は正しかった。
 ただ、彼は運が悪かっただけだ。
 偶然、たった一人で街の《歩行者天国》を歩いていただけ……。

 ――クスクス……クスクス。
 という、女の忍び笑いが文彦の耳に届いたのは、両手を模した噴水の前を通り過ぎようとした時だった。
「――――?」
 文彦は、驚いて足を止めてしまった。
 行き交う人が全くいなかったので、驚きは必然的に倍増される。
 心臓がドキッと跳ねるのを無理矢理押さえつけながら、笑い声のした方向に首を捻った。
 そして、ホッとする。
 噴水の縁に少女が一人腰かけていて、じっと文彦のことを見つめていたのだ。
 彼女は、文彦と同じ学校の制服を身につけている。文彦の通う学校――聖華学園の渋い深緑色の制服は、何処にいても目立つ。
「なんだ、脅かすなよ」
 安堵のあまり胸を撫で下ろす。
「一人? 私、暇なの。遊んでくれない?」
 少女は立ち上がると、腰まで届きそうな漆黒の髪をサラリと手で払った。
 間近で見るとかなりの美人だ。
 髪と同じく双眸も漆黒。肌は透けるように白く、唇は艶やかな紅色をしている。
 ――同じ学年だったかな?
 文彦は、少女の顔に見覚えはあるが、彼女の名前やクラスまでは詳細に思い出すことはできなかった。
 生徒数が多いので、余ほど目立つ人物でない限り『全校生徒に名前を覚えられている』なんてことは有り得ない。
「悪いけど、これから帰るんだ」
 文彦は端的に断った。恋人宅からの帰路だというのに、他の女となんか遊んでいられない。
 文彦は少女の脇を通り過ぎようとした。しかし、彼女は驚くほど素早く文彦の腕を捕らえる。
「ねえ、私、帰りたくないの」
 少女は文彦の手を自分の胸まで持ってきて、そっと押しつける。
 その柔らかい感触に文彦はたじろいだ。
「私の部屋に来ない?」
 少女は、魅惑的な微笑みを艶然と浮かべながら文彦を誘う。
 その微笑みだけで、文彦の理性は見事に打ち砕かれた。
 チラリと脳裏に恋人の無邪気な笑顔が浮かんだが、ものの一瞬で消え去った。
 少女の妖しい美しさに魅せられ、誘惑を断ることができなかったのである。
「フフッ……気持ち良くしてあげる」
 少女はゆっくりと唇を重ねてきた。
 舌が文彦の中に侵入してきて、彼の舌を絡めとる。
 ――誘ってきたのはそっちだ。オレは悪くない。
 文彦はそう割り切って考えることに決め、自ら少女の唇に吸いついた。
 少女の膝が文彦の太股を撫でるように上ってきて、そのまま股間を軽く刺激する。
 文彦は躰が脱力するのを辛うじて防ぎながら、少女の形の良い尻に手を回した。
 彼は気づかない。
 自分が罠にはまったことに。
 街行く人間が少なかったばかりに、たまたま彼が標的に選ばれたのだ。
 そんなことなど露知らず、文彦は無我夢中で少女の躰を撫で回していた。
 文彦と口づけを交わす少女の両眼が、徐々に赤みを帯びてくる。
 少女はかぶりつくように文彦の舌を吸った。
 ――グシュ!
 嫌な音がした。
 口の中にしょっぱい血の味が広がる。
 文彦は、茫然と目の前で微笑む少女を見つめた。
 ペロリと差し出された少女の舌に、別の舌が絡み取られている。
 疑う余地もなく、それはつい先ほどまで少女とディープキスをしていた自分の舌。
 刹那、文彦は口内に激痛を感じた。
「……う……う……あああああぁぁぁぁっ!!」
 言葉にならない悲鳴が迸る。
 文彦は、少女を凝視したままその場に尻もちをついた。
 少女は冷ややかな瞳で文彦を見下ろし、彼の舌を口に入れるとゴクンと呑み込んだのだ。
 ――殺される!
 文彦は恐怖に顔を引きつらせた。
 彼は、ようやく自分が魔性の贄に選ばれたことを悟った。
 だが、時既に遅し――
 少女の赤光を放つ強力な眼力が、文彦を呪縛した。
 少女の長い髪が宙を舞う。
 その一本一本が意思を持っているかのように蠢き、文彦を標的として迫っていた。
 ヒュン、ヒュンと髪の毛が飛ぶように襲ってくる。
 それは鋼鉄の刃のように硬く、文彦の躰を容赦なく嬲った。
 少女のクスクスという喜悦の笑いが耳に届く。

 およそ五分後、文彦は一生タクシーに乗ることの叶わぬ身となった―――



     「第二夜」へ続く



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2009.07.16 / Top↑
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