ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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第二夜



 早朝の冷ややかで森閑とした空気が、零治の身体を取り巻いていた。
「――ん? あ…れ……? げっ! 寝ちまったのか?」
 零治は朝の冷気で目を醒ますと、慌てて腕時計に視線を投げた。
 時刻は午前五時五二分。
 寝ずに美人の傍にいようと思っていたが、ついウトウトと二時間ほど眠ってしまったらしい。
 咄嗟にベッドを振り返る。
 美人が二時間前と変わらず微かな寝息を立てている。
 それを確認すると、零治は大きく息を吐き出した。もちろん安堵のためだ。
 美人に異変は感じられない。
 零治は寝不足の面持ちのまま、身体を反転させてベッドの脇に身を寄せた。
 美人の人形めいた白い寝顔が視界に入る。
「……ん……」
 伏せられた瞼がピクリと動き、長いまつ毛が微かに揺れる。
「――あっ……ああっ……痛っ!」
 美人は、寝返りを打とうとしたらしく身体を横に転がそうとした。
 だが、急に身体をのけ反らせて苦痛を訴えるのだ。
「ビジンッ!?」
 零治は反射的に美人の身体を両手に抱き寄せる。美人の白い顔に小さな汗の粒が幾つも浮かんでいた。
「ビジン? ――ビジン!」
 美人の身体を軽く揺さぶる。
 瞼が小刻みに震え、ゆっくりと開かれる。
 潤んだ瞳が数秒宙を彷徨い、最後に零治の顔に焦点を定めた。
「……零……治……?」
 瞳に映るものを『大切な親友』だと認識すると、美人は安堵したような吐息を洩らした。
「大丈夫か? うなされてたぞ」
 零治は、腕の中の美人に気遣わしげな声をかける。
 美人の細い腕が、零治のシャツの袖をギュッと握り締めた。
「夢を見てた……誰かの腕が僕を呪縛するんだ――誰かが僕を何処かへ連れていこうとする。抵抗しようとしても、身体が動かなくて……」
「夢だろ」
「解ってる――だけど、感触があった。冷たい手が、僕の首に触れる。髪に、頬に、唇に――僕の全てを確かめようとするように動くんだ。誰の手かは解らない。でも、僕を攫っていこうとしていたのだけは、確かだ」
 美人はその手の感触を思い出しているのか、美しい柳眉を軽く寄せている。
 ――あいつだ……!
 零治は、瞬間的に昨夜の不可思議な《影》のことを思い出していた。
 あの時は口元がチラリと見えただけだが、不思議と美人の夢に出てきた手と同じモノだという確信があった。
 だが、敢えてそれを美人に告げる気はない。告げれば、更に美人が思考の迷路にはまり込んでいくのは目に見えている。わざわざそんなことをするほど、零治も馬鹿ではない。
「気にしすぎだ。おまえは悪い夢を見たんだ」
 宥めるように、零治は美人の細い身体を抱き寄せる。
 すかさず美人の腕が首に絡まってきた。
「零治……」
 耳元で、美人の不安を含んだ声が呟く。
「僕は変じゃない? 最近、可笑しくない?」
「変じゃない。『気にするな』って言ってるだろ。ちょっと疲れてるだけだ」
「そうかな……?」
「大丈夫だって。オレが保証する。何で、そんなに脅えるんだよ? ――オレの言うことが信じられないのか」
 零治は、必要以上に脅え、不安を募らせる美人を更に強く抱き締める。
「……零治の言う通りかもしれないね。昨日から妙なこと続きで疲れてるんだ」
 美人も零治の肩に額を押しつける。
 傍目から見れば二人の友情は、度を越えているのだろう。だが、当の本人たちにしてみればこれが当然で、他人から非難されることの方が納得できないのである。
 互いに依存度が高過ぎるのだ、美人も零治も。
 それが幼い頃より《日常》となっているので、現在でも進行形で続行されている。
「あれ、もしかして寝てないの?」
 しばらく零治に凭れていた美人だが、ふと自分が気を失ってしまった後『零治は一睡もしなかったのではないか?』と懸念し、顔を上げた。
 見かけによらず心配性の零治のことだ、きっと自分を気遣ってずっと付き添っていたに相違ない。
「あっ、いや……寝たよ――二時間ぐらい」
 零治は咄嗟に『寝た』と断言しようと思ったが、美人の真摯な眼差しを見ると嘘がつけなくなって、思わず本当のことを洩らしてしまった。
「たったの二時間? まだ六時前だから、あと一時間くらい眠れるよ」
 美人は綺麗な弧を描く眉をひそめる。
 ベッドの脇にある目覚し時計に視線を配ると、まだ起きるには少し早い時間だった。
 美人は、零治から身を離すとベッドの隅へ移動する。雪のように白い手でパンパンと空いたスペースを叩くのだ。『ここに寝たらいいよ』と目が無言で語っていた。
 零治は、従順に美人が示した場所へ身を横たえる。
 たとえ一時間でも睡眠をとりたかった。寝不足のせいか軽い頭痛を感じる。
「零治、額が赤いよ?」
 零治に続いて毛布に潜り込もうとした美人は、友人の金髪から垣間見える額が仄かに赤味がかっていることに気づいた。
「あっ、おでこ?」
 零治は反射的に片手で前髪を掻き上げてた。
 そこには、直径三センチほどの痣のような物が浮き上がっていた。
「うん。これくらいの大きさ」 
 美人は人差し指と親指で輪を作って見せる。
「へえ……? ――あっ、さっきまで居眠りしてたからな、オレ。その間に、どっかにぶつけたのかもしれない」
「そうだね。零治はおっちょこちょいだから」
 美人はクスクス笑いながら言葉を紡ぐ。
「お・ま・え・なぁ! たまには『そんなことないよ』くらい言えないのか」
 素直に肯定する美人に対して、零治は拗ねたように唇を尖らせる。少しはフォローしてくれてもよさそうなのに、敢えて深みに落とす美人が恨めしかった。
「だって、事実でしょう」
 美人は面白そうに笑いながら、顔までスッポリ毛布に隠してしまう。
 零治は唇が引き吊るのを懸命に堪えた。
 確かに事実なのだから、反論の余地がない。
 一瞬屈辱に耐えた後、零治は勢いよく毛布の中に入った。
「人間湯たんぽっ!」
 嬉しげに叫んで、隣の美人を思い切り抱き締める――と言うよりも羽交い締めにした。秋といえども早朝は寒い。美人の体温を盗んでしまおうという魂胆だ。
「ちょっ、ちょっと、零治! 離してっ!」
 美人は、突如として抱き着いてきた零治を容赦無く蹴りつける。だが、零治の力の方が勝っているので、どうにもならなかった。
「おまえ、湯たんぽどころか氷だぜ。信じられん奴だな。寝てたのに、何でこんなに冷たいんだよ?」
 零治は、美人の身体が想像以上にひんやりとしていて微かに身震いをした。元々体温が低い美人だ。驚きはしないが、現実として冷たいものは冷たい。
「だったら、離れてよ!」
 非難たっぷりに美人は言葉を放つ。勝手に絡みついてきて、そのうえ文句をぶつけてくるなんて心外だ。
「い・や・だ!」
 零治は藻掻く美人を尚更きつく抱き締める。
「どうして?」
「え? ただの嫌がらせ」
 ケタケタ笑いながら零治は告げる。
 美人の困り顔を見るのは正直楽しい。大人しく行為を中止するほど、零治は純朴な人間ではなかった……。
 結局、《嫌がらせ》と《拒絶》の押し問答が延々と続き、二人は貴重な一時間を無駄にする破目になった――


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2009.07.16 / Top↑
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