ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
 ――樹里かもしれない!
 咄嗟にそう思い、水柯は机へと駆け戻った。
 ディスプレイに表示される着信番号と名前を確認しもせずに、早速通話ボタンを押す。
「もっ、もしもし、樹里!」
 甲高い声で応じると、電話の向こう側で一瞬奇妙な沈黙があった。
『……田端じゃなくて悪かったわね。残念ながら、あたしよ。ア・イ・ザ・ワでーす』
 憮然とした声が受話口から流れてくる。
 友人――相沢夕香の声だった。
「何だ、夕香か」
 相手を確かめずに電話に出た自分が悪いのだが、ついつい落胆の声が零れてしまう。
『あんたの王子様じゃなくてホンットに申し訳ないけど、それはあたしのせいじゃないからね。――で、どうよ。順調に進んでる?』
「は? 何のこと?」
 唐突に夕香が口調を改めたので、水柯は電話片手に小首を傾げた。
 彼女の質問の意図が全く解せなかった。
『何って――マンガよ、マンガ。同好会の会誌、明日が〆切じゃない』
「あっ! 忘れてた……」
 水柯は愕然と目を見開いた。
 夕香は水柯と同じマンガ同好会に所属しているのだ。
 同好会では年四回、会員のマンガを載せた会誌を発行することになっている。
 明日は『秋の号』の原稿〆切日なのだ。
 放課後、全員の原稿が回収され、印刷会社に入稿することが既に決定されている。
 〆切破りをしたら、会長にどんな大目玉を食らうことか……。
 考えて、水柯はゾッとした。
 会長に叱られるのも怖いが、それ以上に自分の作品が会誌に載せてもらえないことの方が怖い。
 より多くの人に自分のマンガを読んでもらうには、会誌に掲載させてもらうのも一つの手段なのだ。
 そのチャンスを逃すなんて愚行の極みだ。
『忘れてた? ってことは、まだ仕上げに取りかかってないわけね……』
「こ、これから頑張るわよ。徹夜してでも仕上げるわ。〆切と徹夜が怖くて、漫画家が務まるもんですか! んじゃ、わたし、早速作業に励むから――またね、夕香」
『まっ、健闘を祈るわ。それじゃあね』
「うん。電話してくれて、ありがとう」
 心からの感謝を述べて、水柯は電話を切った。
 樹里のことに意識を奪われていて、マンガのことをすっかり失念していた。
 夕香が連絡をくれなければ、気づくのにもっと時間を要しただろう。
 水柯は、今回の会誌に十六ページの短編を載せることになっている。
 既にペン入れとベタ塗りは終了している。
 後は背景を処理し、スクリーントーンを貼り、パソコンで作成した台詞を切り貼りするだけだ。
 水柯は机上のデジタル時計に視線を馳せた。
 時刻は午後七時二十五分を示している。
「よし。間に合うわ」
 己れを鼓舞するように力強く頷き、水柯は通学用の鞄を手に取った。
 そんなに焦る必要もない、と多少の余裕を持ちながら鞄を開ける。
 刹那――
「――――!」
 水柯は我が目を疑った。
 ショックのあまり全身からサーッと血の気が引いてゆく。
「うっ……嘘でしょ!」
 悲鳴に近い叫びをあげながら、慌てて鞄の中身を机にぶちまける。
 その中に、原稿を入れたブルーのクリアケースはなかった。
「学校に忘れてきたの? し、信じられない。わたしのバカ。バカバカ、大バカ!」
 水柯は己れの失態を激しく罵った。
 自分の頬を片手で叩きながら、散らばった鞄の中身を凝視する。
 だがやはり、プラスティック製のクリアケースは見当たらない。
「今日は部活がなかったから、忘れてきたとすれば教室ね」
 唇をわなわなと震わせながら、水柯は自分の不甲斐なさを呪った。
 〆切直前なのに原稿を忘れてくるなんて醜態もいいとろだ。
 漫画家志望者としてあるまじき失敗だ。
「フフ……フフフフ。仕方ないわね」
 水柯は真っ白になりかけた精神を必死に現実に繋ぎ止め、不気味な笑みを浮かべた。
 こうなったら、漫画家志望者の意地とプライドにかけて原稿を取りに行くしかない。
「そう、しょうがないのよ。非常事態だもん」
 水柯は空になった鞄に財布と携帯電話を放り込んだ。
 身を屈めて机の下に常備してある懐中電灯を取り出すと、それも鞄に詰め込む。
 鞄を肩からたすき掛けにして垂らし、最後に机の抽斗を開けた。
 そこには、銀色に輝く鍵が二本潜んでいた。
「ママ、ゴメンね。悪いことに使うわけじゃないから許して」
 水柯は鍵に向かって両手を合わせてから、キーホルダーに填められた鍵を掴み取った。
 二つの鍵は聖華学園新旧両校舎のマスターキーなのだ。
 退学する際に、蒔柯が記念品として貰ってきたのだという。
『生徒会長の特権ね』と、蒔柯は笑いながら鍵を見せてくれたことがある。
 その時、水柯は『つまり盗んできたのね』と母の行動を苦々しく思った。
 だが後日、何か使い道があるかもしれないと思い直し、母に内緒で合い鍵を造っておいたのである。
 まさか、それを本当に活用する時が訪れるとは想像もしていなかったが……。
「鍵をつけ替えたって話は聞かないし、多分まだ使えるわよね。よーし、万事オッケー。――いざ出陣!」
 鍵を鞄に忍ばせると、水柯は決意に瞳を燃え上がらせて勢いよく身を翻した。




← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.05.27 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。