ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

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 山梨和久。
 二十二歳。♂。
 某有名女性誌主催の『抱かれたい男』ランキング――ここ数年、常にベスト3にランクイン。
『キスしたい男』ランキング――二年連続ナンバーワン。
 主演ドラマは常に二〇パーセントを超える視聴率を誇り、発売されるCDはシングル・アルバム共にオリコン初登場一位を獲得し続けている。
 彼がイメージキャラクターを務める商品や企業はそれまでより業績が伸び、彼の名前が表紙に刻印されているだけで雑誌類は常よりも売上冊数が増える。
 現在、知名度・人気度・好感度・セクシー度ナンバーワンの男性芸能人。
 華麗に唄って、踊って、演じて、魅せる――スーパーアイドルだ。

 その押しも押されもせぬ超アイドルが、何故だか《WALTZ》の美形店員――ルイさんに恋をした。
 女子中高生からOLさんまで――幅広い層から熱烈な視線を浴びている超有名人なのに、何をどうしたらルイさん(♂)に惚れちゃうんですかっ!?
 恵まれた天賦の才と類い稀な美貌を持ちながら、何故に同性に惹かれるのか――?
 具体的な理由があるのなら、ちゃんと述べてほしいわね。
 いや、説明されても南海ならともかくあたしには理解不能だと思うので、敢えて訊きませんけれど……。 

 とにかく、あたしは今、どういう運命の悪戯なのか、スーパーアイドル山梨和久をライバル視しなければいけない状況に措かれているらしい。
 幻のケーキ《ラブ・パラダイス》をゲットするためには、山梨くんを出し抜き、閉店間際の《WALTZ》に駆け込まなきゃいけないのよ!
 万が一、山梨くんがあたしよりも先に《ラブ・パラダイス》を入手して、それが最後の一個になろうものなら――死んでも死にきれないわ!
「どけ、山梨っ! アイドルが乙女の恋路、邪魔してんじゃないわよっ!」
 あたしは人気がないのをいいことに、スーパーアイドル相手に声を荒げた。
 閉店までは、もう僅かしか時間は残されていない。
 あたしも必死だし、もちろん山梨くんだって捨て身の覚悟だろう。
「おまえこそ、オレが芸能人だからって勝手に呼び捨てにしてんじゃねーよっ! 今は完全にオフモードで、《ラブ・パラダイス》を欲する一市民なんだよ! さっさと手を離して、オレに道を譲れっ!」
 山梨くんが眼鏡の奥で双眸に鋭利な輝きを灯す。
 切羽詰まった焦燥感と緊張感が山梨くんの全身から滲み出していた。
 不意にあたしは、こんな風になるまでルイさんにゴッソリと心を奪われてしまった彼に対して少しだけ同情を覚えた。
 異性だろうが同性だろうが、人を想う気持ちに変わりはない。
 あたしが六楼さんを好きなように、山梨くんもルイさんに恋い焦がれているのだと思うと――こうして不毛な争いを繰り広げているのも虚しくなってきた。
 そもそも山梨くんとあたしが熾烈な闘いを演じる必要もない気がする。
 あたしたちの想い人は、それぞれ全くの別人なんだから……。
「ねえ、山梨くんなら、どんな女性でも口説けるし、口説かなくても向こうからわんさか美女が寄ってくるわよね? なのに、どうして――ルイさんなの?」
 気づくと、あたしは数秒前までは『訊いてやるもんか』と思っていたはずの疑問を口にしていた。
 アイドル山梨ではなく個人としての山梨和久に、ちょっとだけ興味を抱いたのだ。
「――あ?」
 山梨くんが動きを止め、秀麗な顔を僅かにしかめる。
「知らねーよ。一目惚れだった――ただ、それだけだ」
 照れ隠しなのか、山梨くんがぶっきらぼうに応じる。
「あと、ルイを見るとなんか無性にムラムラするんだから、しょーがないだろ」
「ちょっ、ちょっと! アイドルがムラムラとか言わないでよっ! あたしは純情可憐なごくフツーの女子高生なのよ!」
 あたしが口の端を戦慄かせて抗議すると、山梨くんは意地悪な笑みを閃かせた。
「自分で純情可憐とか言ってる時点で、充分フツーじゃないと思うけど? それに、今更あんた相手に爽やかアイドルな感じを取り繕っても――無意味だろ?」
「……ごもっともで。アイドルでも――ムラムラするのね」
「当たり前だろ。オレ、二十代前半の健康な男子ですから。CM撮りのルイの悩ましい姿を思い出すと、もう夜も眠れないくらいメラメラ悶々と――」
「ギャッ! 何てこと口走るのよ! あたし、それ以上の言葉をアイドルの口から聞きたくないわっ! 南海やビッショウ様なら涎垂らして喜ぶんだろうけど……」
 あたしが慌てて山梨くんの言葉を遮ると、彼は不思議そうに首を捻った。
「ナミ? ビッショウサマ? 誰、ソレ?」
「山梨くんとルイさんがどうにかなることを、この世で誰よりも何よりも願っている最強の腐女子ペアよ」
 あたしは投げ遣りに応じた。
 今は南海やビッショウ様ついての詳細を語っている暇はないし、彼女たちの妄想力をアピールしたくもない。
「オレの――ファンってコト?」
 あたしの説明がイマイチ要領を得なかったのか、山梨くんがまた首を傾げる。
「うーん、山梨くんのファンではあるけれど……ちょっと違うかな? 何ていうか、ファンなんて可愛いモノじゃなくて、もっと迫力と破壊力がある感じかな? 驚異の二次元的な狂愛と妄執と情熱と欲望――ああ、アレよ、アレ! 魔王×王子に激萌え!」
 言い終えた直後、無意識に『×』とか使っちゃってる自分に気づき、あたしはしばし愕然とした。
 いつの間にか、あたしの裡にも浸透してるなんて油断も隙もありはしないわね。
 ……恐るべし腐女子パワー。
 南海と行動を共にするうちに免疫と耐性がついてしまったらしい……。
 まったく迷惑極まりない話だわ。
 あたしは『紅蓮の鏡月』なんていう、うっかりBL妄想ファンタジーの世界には一歩たりとも足を突っ込みたくないのよっ!
 しかも、何であたし、天下のスーパーアイドルとこんな話してるワケ!?
 大体、こんな話題に花を咲かせてる場合じゃないのよ。
 今のあたしは、結構逼迫した事態に直面しているのだから。
 あたしには《ラブ・パラダイス》を手に入れるという使命がある!
 本来の目的を思い出したところで、突如としてコートのポケットでケータイが派手な着信音を響かせた。

 そのメロディを聴いた瞬間、あたしと山梨くんはハッと顔を見合わせていた。
 真冬の発売なのに、真夏の太陽を思わせるギラギラとした激しいイントロ――
 聞き覚えのあるメロディを耳にして、あたしは焦燥に顔を強張らせた。
 こ、これは、まさか――いや、間違いなく、昨日先行配信になったばかりの着うた『ジョウネツーナ』だ!
 どうして、あたしのケータイから『ジョウネツーナ』が聞こえてくるのよっ!?
 なんてタイミングの悪さなの……。
 よりによって歌っている本人の前で鳴り響くなんて――最悪だわ!
「……何だよ? やっぱ、あんたもオレのファンなんじゃん」
 山梨くんが口許に意地悪な笑みを浮かべる。
「違うわよっ! いや、嫌いなワケじゃないけど――あたしは今、密かに山梨グッズ不買運動中なのよ! こんなことするのは、きっと南海ねっ!」
 あたしは鋭く言い訳を放つと、重い寿司折りを何とか片手だけで持ち、もう一方の手をコートのポケットに突っ込んだ。
 ケータイを掴み、もどかしげに取り出す。
『ジョウネツーナ』の軽快なメロディに合わせて、ケータイの液晶がキラキラと煌びやかに瞬いていた。
 あたしは手早くケータイをスライドさせると、相手が誰かも確かめずに、ソレを耳に押し当てた。
 ようやく『ジョウネツーナ』が聞こえなくなり、代わりに『もしもし』という愛らしい声が耳をくすぐる。
「ちょっと南海! あたしのケータイ、勝手にいじらないでよっ!」
『アハハ、気づいた? 超カッコイイでしょ、ジョナ!』
 受話口からは、予測通り南海の明るい声が流れてくる。
 そのあっけらかんとした対応に、あたしは面食らってしまった。着うたを無許可で変更したくせに、それを反省する気は毛頭ないらしい……。
 南海らしい――といえば南海らしい。
 けれど、今のあたしには笑って受け止める余裕がなかった。
「気づくに決まってるでしょ! 何なの、その《ジョナ》ってっ!?」
 苛立ち混じりに質問を繰り出す。
『もちろん、ジョウネツーナの略よ! 山梨ショック以降、《紅蓮の鏡月》ファンの間では、魔王が王子を押し倒すことを《ジョナってる》って呼ぶようになったのよ。フフッ、常識よ、コレ』
 南海が喜々として応える。
 ……そんな常識聞いたこともないわよ!
『紅蓮の鏡月』に纏わる常識をリアル世界にまで持ち込まないでほしいわ。混乱するから。
『この曲ね、よく聴くと魔王の心情っていうか、王子への滾る欲望をガッツリ表現してるのよ! エロいのよ! 山梨くんのセクシーな吐息も入ってるし!』
「うわっ、そんな腐れ豆知識、知りたくもないわよ! どーでもいーけど、南海――他人の着うた変えないでよ、もうっ!」
『ゴメンゴメン。折角だから、沙羅にもジョナ萌えしてもらおうと思って――』
 相変わらず悪びれもせず、南海は楽しげに声を弾ませている。
「萌えないわよ! あたし、今、急いでるから切るわよ! 《ラブ・パラダイス》をゲットするんだからっ!」
『え、ヤダッ! まだ《WALTZ》に行ってなかったの? あと二分で閉店だけど、大丈夫なのっ!?』
 南海の声音が急に高くなる。
 まさか、あたしが閉店ギリギリになるまで《WALTZ》を訪れていないとは、塵ほども想像していなかったのだろう。
 あたしの《ラブ・パラダイス》に懸ける夢と情熱を知っているだけに、南海の驚きは大きかったようだ。
 ……あたしだって、こんなに状況に陥るとはちっとも思ってなかったわよ。
「大丈夫だと信じたいわね。それじゃあ、あたし――」
 行くわね――と言いかけて、あたしは驚愕に目を剥いた。
 やけに大人しいなと思ったら、山梨くんのヤツ、あたしが電話に気を取られてるのをいいことに、一人でさっさと《WALTZ》へ向かってるじゃないっ!?
 信じられない!
 この期に及んで抜け駆けなんて――絶対にさせないわよ!
「ちょっと待ちなさいよ、山梨っ!」
『えっ、山梨くんっ!? キャアッッッ! そこに山梨くんがいるのっ!?』
 あたしの怒りの叫びに、南海の悲鳴じみた歓声が覆い被さる。
 流石、美形ハンター。
 凄いわね。ケータイからでもあたしより大きな叫びをあげられるなんて――やっぱり南海は只者じゃない。
「フザけんなよ! 待つわけないだろっ!」
《WALTZ》の前に辿り着いた山梨くんが振り返り、整った顔に冷淡な笑みを刻む。
 直後、あたしの視界から山梨くんの姿が忽然と消えた。


 その光景を、あたしは生涯忘れないだろう。
 全国的スーパーアイドル山梨和久が、宙を舞っている。
 舞っている――というか、仰向けに吹き飛んでいる。
 有り得ないはずの出来事が、あたしの眼前では展開されていた。
「っるせーんだよっ!」
 ほんの数秒前、怒声と共に《WALTZ》のドアが開き、黒い影が颯爽と姿を現した。
 そうかと思うと、黒き影は情け容赦なく山梨くんに足払いを喰らわせたのよ。
 その鮮やかな足払いをまともに受けてしまい、山梨くんの軽い身体は雪道目がけて落下した。
 舞っているように見えたのは、あまりにも衝撃的すぎる場面だったからだろう。
 ただの目撃者であるあたしでさえスーパースロー映像のように見えたんだから、当の本人は一秒が十分にも感じられたに違いない。
 雪に覆われた歩行者天国に尻もちをついた情けない姿で、山梨くんは見事な足捌きを披露した人物を唖然と見上げていた。
「チッ、腐ってもアイドルだな。顔から落ちれば良かったのに」
 漆黒のロングコートを纏った人物が、さり気なく酷い言葉を吐き捨てる。
 山梨くんを見下ろす横顔は、女性と見紛うほどの綺麗に整っていた。
「――ル、ルイ?」
「あっ、ルイさんだ……」
『キャーッ! 今の声、紛れもなくルイさんよね! ルイさーんっ!』
 山梨くん、あたし、そして南海の声を受けて、コートの青年――ルイさんは秀麗な顔を僅かにしかめた。
 う、美しい!
 久し振りにご尊顔を拝見したけれど――いつもながら美麗すぎるわ!
 少し長めのサラサラの黒髪。
 大きな二重の澄んだ双眸。
 透き通るように白い肌。
 完璧な弧を描く桜色の唇。
 彫りの深い顔立ちは何処か異国めいていて、神秘的だ。
 豪胆なルイさんも山梨ショックのせいで流石に精神的ダメージを受けたのか、以前より少し痩せたような気がする。それがまたアンニュイな感じを醸し出していて、ルイさんの色気を増幅させていた。
 なのに――
「店の前でゴチャゴチャうるせーんだよ、山梨っ! つーか、アイドルがケーキ屋なんて来るんじゃねーよッ! 帰れ!」
 素晴らしく艶麗な顔立ちをしているのに、ルイさんの口から飛び出してくるのは相変わらず乱暴な言葉ばかりだった……。
「ルイ――」
 ルイさんを見つめる山梨くんの双眸に、切なげな光が走る。
「おまえに逢いに来た」
 無駄にセクシーな声が嘘偽りのない言葉を紡ぐ。
 その瞬間、何故だかあたしは恥ずかしさを覚えて、頬を赤らめてしまった。
 ……な、何、コレ?
 何だかとても変な気分。
 だって、この二人――男同士だけれど、見た目は恐ろしく整っているのよ!
 山梨くんに真顔で――しかも、あの魅惑のセクシーボイスで『逢いにきた』なんて囁かれたら、南海じゃなくても鼻血を噴き出して失神するわよ。
 でも、相手はルイさんだ。
 あたしはちょっとだけ山梨くんを気の毒に思った。
 ホントにアイドルパワーが丸っきり通じない相手だもんなぁ、ルイさん……。
 ルイさんは氷よりも冷ややかな眼差しで山梨くんを睥睨している。
「ルイに逢いに来た」
 もう一度山梨くんが切々と訴える。
 ルイさんはやっぱり無反応だ。
『ちょっ、ちょっと沙羅、何が起こってるのよ!? 今、魔王の台詞が聞こえた気がするんだけど、気のせいっ!?』
 ケータイからは南海の興奮しまくった声が流出している。
「気のせいよ」
『いいえ、気のせいじゃないわ! おまえに逢いに来た――は、《紅蓮の鏡月》二巻二四三ページ、王子の寝所に忍び込んできた魔王の第一声なのよ!』
「や、でも、気のせいだから。アレ、魔王とかじゃなくて山梨くんだから」
 あたしは今すぐにでも電話切りたい衝動を抑え、眼前の珍妙な状況を眺めていた。
「ルイ――おまえのことが好きなんだ」
 山梨くんがひどく真摯な声音で告げる。
 ――うわっ、ホントに何コレッ?
 あたし、この場にいない方がいいんじゃないのっ!?
 どう考えてもコレ……マジ告白よね。
 小雪の舞い散る夜の街でイケメンが二人、見つめ合って告白タイムだなんて――おかしいわよ。
 何か間違っているような気がするわ。
 なのに、あたしは不思議とその場から動けずにいた。
 ルイさんに想いを吐露する山梨くんの姿が真剣そのものだったからかもしれない……。
「何度言われても、オレは――興味ねーな」
 ルイさんがようやく返事をする。彼の美貌は完璧な無表情を保っていた。
 ああ……またちょっとだけ山梨くんが可哀想になってきたわ。
 山梨くんの本気が伝わってくるだけに――いたたまれない気分に陥る。
 あそこにいる山梨くんがあたしでルイさんが六楼さんだと仮定すると、緊張と絶望のあまりに悲鳴をあげてしまいそうだ。
「そう言われると思ってたけどさ……。何度断られても――オレのおまえへの想いは変わらない。ルイが好きだ」
 山梨くんとルイさんの視線が絡まり合う。
 二人を取り巻く空気がまたピンと張り詰めた。
『ギャアァァッッ! 沙羅、お願い! 一生のお願いだから、実況してよっ! 今、もしかして、そこでリアル《紅蓮の鏡月》が展開されてるんじゃないのっ!?』
 南海のハイテンションな声だけが場違いにもケータイから流れ続けている。
 ……そうか。山梨くんが実写版『紅蓮の鏡月』で魔王を演じるなら、目の前で繰り広げられている得体の知れないコレは――リアルなジョナになるワケね。
 確かに貴重かもしれない。
 けれど、如何に稀少価値があるといえども、イケナイ妄想のために《一生のお願い》を発動させるなんて、南海はやっぱり変わってる。
『紅蓮の鏡月』に対する溢れんばかりの愛と熱意はひしひしと伝わってきた。でも、あたしには実況をする気など更々ない。
 とにかく、南海とビッショウ様がこの場にいなくて良かったと心の底から思う。
 あの二人がココにいたら、この寒空の下、ルイさんと山梨くんは延々とスケッチの餌食にさせられてるわね、きっと……。
「オレのルイへの想いは、日に日に募るばかりだ。正直――もうどうしたらいいのか解らない。どうしたら、ルイがオレを振り返ってくれるのかとか、オレに興味を抱いてくれるのかとか、笑ってくれるのかとか――そんなことばかり考えてる。けど、考えれば考えるほど答えが見つからない……。だから、《ラブ・パラダイス》に最後の望みをかけてるんだよ、オレは」
 はらはらと小雪が舞う中、山梨くんの切実な訴えが静かに響く。
 ルイさんを見つめる山梨くんの瞳は、限りなく優しく、言葉では表現できないような強い想いに満ち溢れている。あたしと張り合っている時の凄まじい眼力からは想像もつなかないほど、穏やかな眼差しだった。
 ルイが好きだ。
 今の山梨くんの胸中はその熱い感情だけで埋め尽くされているのだろう。
 あたしは、六楼さんを想う自分の心境と重ね合わせてしまい――更に切なくなった。
 さっきまで啀み合っていた山梨くんの言葉なのに、胸が締めつけられるような痛みを発している。
『好き』という感情が巧く伝わらないのは、他人事でももどかしく――そして痛ましい。
「……だからって、女子高生と張り合ってんじゃねーよ」
 ルイさんがようやく重い口を開く。
「沙羅ちゃんが可哀想だろーが」
「いえ、どっちかというと……山梨くんの方が可哀想に思えてきましたけど……」
 咄嗟にあたしはそう口走っていた。
 けれど、あたしの声は独り言のようなか細さだったせいか、ルイさんの耳にも山梨くんの耳にも入らなかったようだ。
 二人はまた真っ正面から見つめ合っている。
 頗る美形同士なだけに、傍観者であるはずのあたしの方が恥ずかしくなってくるわ。
「女子高生蹴散らしてでも、《ラブ・パラダイス》を――ルイを手に入れたいんだよ。どうしようなく好きなんだ、ルイ――」
「……何度も繰り返すなよ。鬱陶しーな」
 ルイさんの口から重々しい溜息が吐き出される。
「ああ、面倒くせーっ!」」
 細く長い指がイライラと髪を掻いた。
「オレ、面倒くせーのスッゲーキライなんだよ。とにかく、今日は帰れ! とっとと帰りやがれ、山梨!」
 ルイさんの美しい双眸に怒りの火が灯る。
 ……ルイさんって、擦れ違う人が振り返るほどの超絶美形なのに口は悪いし、大雑把なくせに妙なところだけ性格が捻くれているし――物凄い短気なのよね……。
「ルイ――」
「ああっ!? うっせーんだよっ。少し黙っとけ、山梨っ!」
 山梨くんが何か言いかけた瞬間、ルイさんのこめかみに恐ろしいほどくっきりと青筋が浮かび上がった。
 遂に怒りの沸点に達したらしい。
 ルイさんは凄まじい勢いで山梨くんに歩み寄ると、彼のコートの襟首を両手掴んだ。
 グイッとコートごと乱暴に山梨くんを引き寄せる。
 そして、そのまま顔を近づけて――キスしたのよっ!!
 あたしは予測もしていなかった事態に見舞われ、度肝を抜かれた。
「ギャッ!」
 短い悲鳴が喉の奥から迸る。
『どうしたの、沙羅っ!?』
 ケータイ電話の向こう側で南海が敏感に反応する。
『今の悲鳴は何なの? 何があったの? 大丈夫なの、沙羅っ!?』
「キスしてる……」
『――は!?』
「や、や、山梨くんとルイさんが……の、濃密なキスシーンを――」
 あたしはそれだけを言葉にするのが精一杯だった。
 これから好きな人に告白しに行こうって時に、刺激的すぎるわよ。
 一瞬、脳裏から六楼さんの姿が弾き出されてしまった。
 あたしは張り裂けんばかりに大きく瞠った双眸で、ルイさんと山梨くんの口づけを凝視していた。
 だって、ルイさんはさっさと唇を離したのに、山梨くんってば、ちゃっかりルイさんの首を強引に掴み寄せて――またキスしてるんだもんっ!
 しかも、気のせいかもしけれないけど――物凄く長くて濃いんですけど……。
 バ、バカじゃないの、山梨ィィッッ!
 誰かに見つかったどうする気なのよっ!?
『山梨くんとルイさんのキスシーン!?』
 こちらで実行されていることを悟ったらしく、南海が悲鳴じみた甲高い声を発する。
『魔王と王子が濃厚な口づけを交わしてるのねっ! ああ……なんて甘美で素敵な響きなのかしら! どうか、山梨くんがそのままルイさんをリアルにジョナりますように――』
 南海の陶酔しきった声。
 次いで、ケータイからは奇怪な水音が流れきた。
 ……鼻血噴いたわね、南海。
 あたしは問答無用でケータイの通話を切ってやった。
 すっかり妄想世界にトリップしてしまった南海には何を言っても耳に入らないだろ。
 何より、これ以上の実況なんて、あたしには絶対ムリ!
 ってゆーか、もう《WALTZ》の閉店時間過ぎたんじゃないっ!?
 あたしがハッと現実に立ち返るのと、
「しつけーんだよっ、山梨っ!」
 ルイさんが山梨くんの頭を平手で叩くのが同時だった。
 多分、思い切り殴られただろうに、ルイさんに向けられた山梨くんの顔は物凄く幸せそうだ。瞳が熱を孕んだように濡れた輝きを放っている。
「てめー、調子に乗ってると――」
「ル、ルイさんっ! お取り込み中、申し訳ありません!」
 あたしは勇気を振り絞ってルイさんに声をかけた。じゃないと、いつまで経ってもあたしの存在、忘れられたままっポイんだもん。
 山梨くんに第二撃目を喰らわせようとしていたルイさんが、寸でのところで手を止める。
「あー、悪い、沙羅ちゃん……」
 我に返ったらしいルイさんが、ゆるりとあしたの方へ首を向ける。
「あの――あたし、《WALTZ》に行ってもいいですかっ!」
 よく考えればルイさんの許可を得る必要なんてないのだけれど、無意識にあたしはルイさんにそんな言葉を投げていた。
 あまりにも山梨くんが必死すぎて、いたたまれなくなったのも一因していると思う。
「そうそう。そのために出てきたんだよな、オレ。とりあえず、コレはオレが処分しとくから――行ってこいよ、沙羅ちゃん」
 絞め落とすような勢いで山梨くんの襟首を掴んだまま、ルイさんが微笑を湛える。
 処分って――山梨くんに何をする気ですか、ルイさん……?
「イサヤには借りがあるからな。今夜くらい邪魔者は引き受けてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
 何をどうやって引き受けるのかとっても気になったけれど――そこは敢えて訊かないことに決めた。あたしが分け入ってはいけない妖しい森の匂いがするから……。
 南海だったら根掘り葉掘り問い質すのだろうけど、生憎あたしには興味のない世界だ。
「あ、ソレ、《蝦夷舞鮨》のオリだろ? 一個ちょーだい。それで、沙羅ちゃんとオレの間には貸し借りナシな」
 ルイさんがあたしの手にある寿司折りを目敏く発見して、指差す。
 あたしは躊躇うことなく、寿司折りをルイさんに贈呈することに決めた。
 お寿司と引き替えに六楼さんと《ラブ・パラダイス》を一緒に食べられるのなら、安いものだ。
 ――って、大将からのプレゼントだから、あたしの懐は全く痛くないんですけれど……。
 ありがとう、大将!
 早速、大将の持たせてくれた寿司折りが効力を発揮しているようです。
 胸中で大将の好意と心意気に謝辞を述べながら、あたしはルイさんに寿司折りの一つを差し出した。
「物凄く重たいから、大将特製《特大ラヴ太巻き》でいいですか?」
「お、いーね。オレ、ココの太巻きスゲー好き。けど、《蝦夷舞鮨》の太巻きって、ただでさえ極太なのに、特大って――?」
 あたしの言葉に、ルイさんは一瞬だけ綺麗な眉をひそめた。
 ルイさんの困惑が《蝦夷舞鮨》でバイトしているあしたにはよく解る。
《蝦夷舞鮨》の太巻きは通常サイズで、直径十センチはあるのだ。それだけでもかなりのボリュームなので『特大』がどれくらいの大きさなのか見当も付かないのだろう。
 あたしも『特大』があるなんてさっき初めて知ったばかりなので、当然その姿を拝んだことはない。豪快な大将のことだから、さぞかし豪勢なネタをグルグルと巻いたのだろう。
「まっ、いっか……。どんな強敵でも丸かぶりする自信あるしな」
 ルイさんがさり気なく凄いコトを口走り、渋面を解く。
 どうやら、ルイさんはいつもウチの太巻きを丸かぶりしているらしい。
 あの量を一気に呑み込めるなんて――それはかなりのツワモノだわ!
 その身体の何処に胃袋がついているのか解らないほどの細さなのに、信じられない。
 あたしの内心の驚愕などもちろん知りもしないルイさんは、すぐにいつもの怒り顔に戻り、寿司折りを山梨くんへと手渡した。
「ホラ、土産だ。コレ持ってさっさと帰りやがれ、山梨」
 冷たい言葉を山梨くんに浴びせ、ルイさんは歩行者天国を駅の方へと向かってスタスタと歩き始めた。
「ちょっ――帰る気かよ、ルイッ!」
 山梨くんが慌てて立ち上がり、必死の形相でルイさんの後を追って行く。
「こんな中途半端で帰れるかよっ!? オレのコレ、一体どうすれば――」
「知らねーよ! しつけーのも面倒くせーのもキライなんだよっ!」
「解った。じゃ、ルイは何にもしなくていーからっ! 寝てるだけでいーからさ! 頼む、ホテ――」
「ああぁぁっ!? ブッ飛ばされてーのか、てめーっ!」
 山梨くんとルイさんの意味深な会話が、夜の歩行者天国に響く。
 ま、まあ、あたしには半分以上理解不能な会話だったけれどね……。
 南海やビッショウ様みたいに想像力が豊かだと、きっと別世界の妄想扉が容易く開いちゃうのよね、きっと。
 あんなにルイさんに冷たくあしらわれて、途中から気の毒にさえ感じたけれど――それでも山梨くんはルイさんを諦めない。
 諦めるどころか、更に恋心が燃え上がったみたいだ。
 何だかんだ言いつつ、ルイさんも本気で山梨くんを追い払おうとはしない。
 山梨くんの不屈の闘志が密かにルイさんにも伝わっているのかもしれない。
 決して諦めない山梨くんの姿に、あたしはちょっと勇気を分けて貰った気がした。
 あたしは去り行くルイさんと山梨くんに背を向け、《WALTZ》へと向かった。
 ガラス張りの店内は閉店を迎えて、常よりも照明が絞られている。
 中で店員さんたちが後片付けに勤しんでいる姿が垣間見えた。
 
 あたしは深呼吸をひとつすると、思い切って《WALTZ》のガラス戸を開けた――



     「13.リュウガサキ……さん?」へ続く 



長いですね……スミマセンッ(汗)
意外に山梨を書くのが好きみたいです、私(笑)

 

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2009.07.17 / Top↑
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