ファンタジー&ジュヴナイルを中心とした自作小説です

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
    *


 手が震える。
 朝からずっとだ。
 五条珠詠は、茫然と自分の掌を見下ろした。
 眠りから醒め、朝刊の記事に目を向けた時から、それは始まった。
 同じ学年の赤城文彦が謎の怪死を遂げた――
 その事件は深く胸を抉った。
 何故だか解らない。
 文彦とは全く接触などない。
 それなのに文彦の《死》を知った時、珠詠はひどく動揺した。頭がクラクラし、そのまま倒れるかと思ったほどだ。
 どうして、こんなにもショックを受けたのだろうか?
 考えているうちに手が震え出した。
 まるで『そのことは考えるな』と警告を発しているように。
 登校し、ホームルームが始まっても震えは止まらなかった。
 珠詠は、机の下で体温を無くした手を擦り合わせた。
 時折、右手で左手を掴んだりしてみるのだが、何の効果も成さない。
 下唇を歯で噛み締めながら、じっと耐える。
「――珠詠……珠詠!」
 予期せずして、自分と同じ声が聞こえた。
 珠詠はビクッと体を震わせてから声の主を見遣った。
 確認するまでもないが、双子の妹――真志保である。
「どうしたの、ボーッとして?」
 真志保は首を傾げながら溌剌とした口調で尋ねてくる。サラサラしたボブの髪が肩に落ちた。
「ううん。何でもないの……。真志保こそ、どうしたの?」
 心配そうに自分の顔を覗き込んでくる妹に、珠詠は力無げに微笑んだ。
 真志保がここにいるということは、ホームルームが終わって休み時間に突入したことを示している。何か伝えたくて、自分の元に赴いてきたのだろう。
「うん。今日、一緒に帰ろうと思って」
「いいけど――」
 頷きながらも、珠詠は密かに妹の申し出を訝しんでいた。
 真志保がそんなことを言うなんて珍しい。二人ともクラスが違うので、互いに個々の友人がいる。だから、登下校はいつも別々なのだ。一緒になることは滅多にない。
「ホラ、最近変なことばっかりじゃない。二人で一緒に帰った方がいいわ」
 真志保は、珠詠の言葉の含みを察して素早く補足する。
 学園の生徒――しかも同じ三年の者が、連日謎の死に遭遇している。何時危険が我が身に降りかかってくるか解ったものではない。できるだけ一人で居たくなかったし、珠詠を一人にもさせたくなかった。
「そうね。でも私、友達と買い物の約束をしてるの」
 珠詠は申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。
「そっか……」
 真志保は溜め息に似た呟きを洩らした。だが、それは一秒もせずに隠されてしまう。
「じゃあ、仕方ないか。気をつけて帰ってね」
 それだけ言って、真志保は元気よく教室を飛び出して行ってしまった。
 ほぼ同時に、
 ピンポンパンポン……ピンポンパンポン……。
 と、教室内のスピーカーから《お知らせ》のチャイムが届いた。
『只今より緊急全校集会を行います。生徒の皆さんは速やかに廊下に整列して下さい』
 放送部員の声と思われるアナウンスが、二度繰り返される。
 全校集会では、不慮の事故で命を落とした木下真弓と赤城文彦へ黙祷を捧げる手筈になっている。
 ゾッと背中に悪寒が走るのを感じた。
 とてもそんな集会には出席できない。
 彼らの名前すら耳にしたくない。
 手が震える。
 ――ゴメンね、真志保。
 震える手を懸命に握りしめながら、珠詠は心の中で妹に謝罪した。
 真志保に嘘をついてしまった……。
 本当は『友達と買い物』なんて嘘なのだ。
 真志保に対して嘘をつくのは心苦しい。それでも、彼女には嘘をつかなければならない理由があった。放課後、独りになりたい理由が――
 全校集会なんて出たくない。
 塞ぎ込んだ気持ちを抱えて、珠詠は渋々廊下に出た。
 生徒で溢れかえり、廊下はガヤガヤと騒々しい。
 気分が晴れないせいか、視界もボヤけてくる。
 朧げな視野の中で、黄金色の物体が動いた。
 ――曽父江くん。
 隣のクラスの曽父江零治だ。
 彼の隣には当然の如く、女でも見惚れてしまうような黒髪の美少年が立っている。
 ――有馬くん……。
 自然と珠詠は、彼に視点を定めた。
 珠詠が人知れず想いを寄せている少年。
 旧家の御曹子。
 自分など相手にされないと解っていても、彼への想いを断ち切ることなどできなかった。
 ――有馬くん。
 縋るように、珠詠は彼だけを見つめ続ける。
 更に意識が低迷してきた。
 周りの雑音が一切途絶える。
 ガクガクガクガクッ。
 一際、手が異常なまでの震えを帯びる。
 珠詠の頭を鋭い痛みが襲った。
 ――助けて、有馬くん!
 心が悲鳴をあげた。
 刹那、彼がこっちを振り返ったような気がしたけれど、それ以上は何も解らなかった。
 視界が朱色に染められる。
 手の震えが止まらない。
 吐き気がする。

 ダ・レ・カ・タ・ス・ケ・テ――


     *



 にほんブログ村 小説ブログへ 
← NEXT
→ BACK
スポンサーサイト
2009.07.17 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。